表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1760/1785

1747 想定外がもたらすものは

 グリューナス法王の表情は病み上がりとも思えぬほどスッキリしたものだった。

 顔色が少しマシになったお陰だろうか。

 劇的に変わったようにすら見える。


 俺の話を聞いている間に回復魔法がジワジワ効いていたみたいだな。

 ちょっとだけ安心した。

 あくまでマシになっただけであって本当は安心できるような状態ではないのだが。


 なんにせよ黙って話を聞いていたことで少し楽になったように見受けられるのは事実だ。

 スッキリした表情の方はそれだけでは説明が付けられないけれど。


 時間をかけて考えた結果ではあるはずだ。

 でなければ説明が付けられない。


 あの表情が己の中で話を消化できたからこそでなければ何だというのか。

 何も語る様子を見せないのは完全に結論を出すには至っていないからだとしても。


 納得しないままに取り繕った表情をしている訳ではない。

 それは【千両役者】スキルが保証してくれている。


 法王はちゃんと納得したからこそ俺の話を最後まで聞くつもりになったのだろう。

 最終的な結論を出すのは、それからということか。


 とはいえ、ここから先は熟慮を要するような話にはならない。

 俺が話してきたことを受け入れる決断ができるか否かだけである。


「ちょうどいい機会じゃないか」


 俺の言葉に法王は「機会」という言葉に反応し小首をかしげた。

 言葉には出してこないが、どういうことなのかと問うているのは明白である。


 どうやら、まだ掘り進めた話があるものと思っていたようだな。

 肩透かしにならなきゃ良いがね。


 いずれにせよ俺が黙っていたんじゃ分からない。


「理論は実践してこそ意味があると言ってるんだよ」


 言ってはみたものの法王はキョトンとするばかりだ。

 些か具体性に欠けていたか。

 法王にとっては想定外の話だったというのもあるだろう。


「周りの者たちに仕事を丸々任せてみるといいってことだよ」


 俺が言ったことはシンプルそのもの。

 しかしながら、今までの法王にとっては受け入れがたい重い提案だ。

 故に、どういう結論を出したのかを判別するのに向いている言葉だと言える。


「自分の体調管理は己自身にしかできない仕事だ」


 西方ではほぼそういうものだと思われている。

 そういう概念に等しいものを変えることは容易ではない。

 ミズホ国のように病院がある訳じゃないからね。


 治療が必要な病気や怪我ならばともかく、その後の体調管理だし。

 予後を管理するために入院するという発想など無いに等しいのが現実だ。


「他の仕事ならば周りの者たちに任せてしまうことができるんだからな」


 故に入院に等しい状況を作り出さなければならない。

 仕事をするなど以ての外。


 これを常識として受け入れられるかどうかが鍵となる。

 法王にとっては、かなり悩ましいと言わざるを得まい。


 故に悩み抜いた末に否の結論を出すだろうと考えていたのだが……


「はいっ」


 あっさりと法王は即答していた。

 果たして如何にと思う間もなかったほどだ。

 なおかつ、それは些か想定外の言葉でもあった。


 一瞬、聞き間違えたのかと思ったのは内緒である。

 思わず「え?」と聞き返してしまいそうになったほどだというのもな。


 さすがにこれほど明確な返事を聞き間違えるはずもないだろうに。

 聞き返すなど、みっともないったらありゃしないもんな。


 そんな訳で、どうにか踏みとどまれたことも当然のことながら秘めておかねばなるまい。

 秘することができれば余計なトラブルを起こさずに済む。

 そればかりか良い結果を享受できるのだ。


 世の中、何が幸いするか分からないものである。

 法王から了承の返事が得られるとは、まったくもって想定外と言わざるを得なかったし。

 頷くにしてもきっと渋々した感じになるだろうと思っていたからね。


 半ばやけ気味に言ってみたら瓢箪から駒となった。


「……………」


 返事に動揺してあれこれ考えてしまったせいで沈黙の間ができてしまったほどだ。

 おまけに──


「賢者様の仰るとおり体調管理に専念したいと思います」


 こんな言葉までグリューナス法王から聞くことができようとは……

 それほどまでに彼女の社畜的ワーカホリックな気質は根強いものだったからな。


 洗濯しても簡単には洗い落とせない頑固な汚れみたいなものである。

 どちらも染みついて完全には落とせない。

 オチがついてお後がよろしいようでとはならないのが現実の厄介なところだ。


 一方で俺の方の心構えは量を減らした安物洗剤がごとく。

 これで説得が成功するなんて誰が思うだろうか。


 元はといえば、やけくそになって適当に言い始めた言葉だったからな。

 少なくとも俺は思わなかった。


 故に聞き返しそうになったんだが。

 みっともないと思わなかったら踏みとどまれたかどうか怪しいところである。


 内心では結構ドタバタしていたほど泡を食わされたさ。

 【千両役者】スキルの助けを借りて何でもない風に装ったほどだ。


 相変わらずの豆腐メンタル。

 だが、それが悔しい。

 少しは成長できたかと思っていたのだが、まるで進歩なしなんだもんなぁ。


 こうなることを見越した上で返事を聞いていられたならと思ったさ。

 きっと格好良く返事を聞いていられただろうに。

 理想の自分にはほど遠い。


 いや、返事を聞くのに格好良いとかないんだろうけど。

 余裕を持ちたかったというか。


 そのあたりは【千両役者】スキルが仕事をしてくれている。

 周囲にはそう見えているはずだ。

 己にそういう自覚が持てないせいでギャップを気持ち悪いくらいに感じているけどな。


 やけくそになんて、なるもんじゃない。

 入魂していれば余裕が持てたのだろうかなどと考えてしまう。

 だが、過ぎた時間は戻って来ない。


 だからこそ悔しいのだ。

 引きずるまいと思っても簡単ではないのが悩ましい。


「そうしてくれ」


 それでも平静を装いながら話を進めるんだけどな。


「はいっ」


 法王のノリノリなテンションが復活してきた。

 どうにか納得させるしかないと考えていたので、これも予想外である。

 案ずるより産むが易しとはよく言ったものである。


「体調を万全に整えてお待ちしております」


 ここで「何を?」と聞くのは野暮というものだろう。

 法王は俺と話をするのを楽しみにしていたようだしな。


「ああ、心得た」


 俺に否やはない。

 根性で生き延びた法王へのご褒美みたいなものだ。

 それを言葉に出して言ったりはしないがな。


 法王がそれを耳にして暴走したら、せっかく成功した説得が水泡に帰しかねない。

 余計なことは言わないに限る。

 沈黙は金、雄弁は銀とも言うしな。


読んでくれてありがとう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

下記リンクをクリック(投票)していただけると嬉しいです。

(投票は1人1日1回まで有効)

小説家になろう 勝手にランキング
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ