1741 暇乞いはしたくても……
暇乞いしようにも、さりげなくフェードアウトするのはまず無理だ。
法王が自分は大丈夫だからと強気でアピールしてきて捕まるのが目に見えている。
[ハルトはにげだした]
[しかしまわりこまれてしまった]
なんてメッセージが見えてくるかのようだ。
こんな時は裏技を使うしかないだろう。
別に魔法で法王を無理に眠らせようって訳じゃない。
もっと不可抗力な手段を用意して法王を納得させた上で堂々と退出するさ。
多少、時間はかかるがね。
その間は話を続けるしかないのが難点である。
「とにかく、今回の件についてはお互いに納得したということでよろしいか?」
まずは先に確認しておく。
ここを有耶無耶にしてしまうと後で言った言わないと言い争うことになりかねない。
グリューナス法王はなあなあで終わらせることを好まないようだし。
几帳面すぎるのも考え物だと思うのだが。
そのことに意見しても、おそらくは変わるまい。
性格に基づいた主義主張だろうしな。
「お互いに利があるのでは納得するしかないようですね」
今度は苦笑する法王だ。
礼を言い言われる一方的な関係であれば、こういう結果にはならなかっただろう。
押し問答になったとしても決して退きはしなかったと思う。
だからこそなのかポーンのオッサンがポカンと口を開いて目を丸くさせていた。
サリュースは小声で「おやおや」と呟いている。
「では正式に文書を交わすのが良いでしょうね」
その言葉に今にも国交樹立のために動き出しそうな勢いを感じた。
俺としては、ただただ呆れるばかりだ。
この法王様はフットワークが軽すぎる。
ゲールウエザー王国のクラウドやエーベネラント王国のカーターに通ずるものがあるな。
ただし、彼らでも同じ状況下でここまではしないだろう。
だって法王は病み上がりの状態なんだぜ。
しかも現状は限界寸前のはずなんだが。
内心では、なんとしてでもという気迫に満ちあふれているに違いない。
気力と根性の人だとは思っていたが、ここまでとは思っていなかったさ。
それを考えると、あまりにも性急すぎとしか言い様がない。
善は急げとは言うけど、ここで法王に仕事をさせるのはよろしくないだろう。
ホント無茶しすぎだよ。
「そういうのは細かい部分の取り決めを行ってからにした方がいい」
もっともらしいことを言って時間を稼ぐ。
「ポーン枢機卿」
「はい」
「後で細かな取り決めの素案を渡すから確認しておいてほしい」
オッサンも忙しいけど、法王に倒れられるよりはよほどマシなはずである。
「かしこまりました」
どこか安堵するような表情で了承していた。
なんだかブラックな環境を受け入れる社畜的な雰囲気を感じるんですがね。
法王を気遣おうとすると他にシワ寄せが行くというのが、ままならないところだ。
「その素案は私が確認しましょう」
おまけに法王はワーカホリックぶりを発揮しようとするし。
こちらの配慮などお構いなしである。
「することは他にないのですから、少しでも皆の負担を減らさないと」
いや、周囲への配慮をしているつもりなのか。
ありがた迷惑という言葉を知らないのかと問い詰めたいところだ。
相手が病み上がりだから、それもできないんだけどね。
それよりもポーン枢機卿が法王の言葉にギョッとして固まってしまった方が問題だ。
しかしながら小さくブルブルと頭を振ってすぐに復帰してきた。
法王に何もさせないのはマズいと思ったみたいだな。
「で、では、承認をお願いします」
慌てた様子を見せつつも、そんな風に要請していた。
あれは確認はこちらでするから最終段階のものに目を通してねということだろう。
オッサンも気苦労が絶えないね。
「そんな簡単なことで良いのかしら?」
小首をかしげる法王。
「もちろんですっ」
ポーン枢機卿は焦りを見せながらも即座に答えていた。
「凄く助かりますっ」
泡を食いながら、そんな風に付けすオッサン。
手に取るように狼狽えているのが分かった。
嘘くさく聞こえてしまうということを考慮する余裕もないようだ。
「そうなの?」
一方で法王もそれを見抜くだけの余裕を失いつつあった。
既に顔色が悪くなりつつある。
リミットはすぐそこまで来ているのは間違いない。
不安そうに聞いていることもあって周囲には気づかれていないようではあるが。
本人のツラさは如何ばかりか。
気合いと根性をどれだけ込めているのやら。
こればかりは他人では分からないだろう。
それでも他人の心配をするエメラ・グリューナスである。
まさしくこのノーム法王国の法王に相応しい人物であると言えよう。
それだけにセーブしてもらわないと困るんだけどね。
倒れるだけならともかく無理がたたって死なれちゃかなわん。
今の状態を考えると、そうなる恐れは充分に考えられるのだ。
気合いと根性でカバーするのも程々にしてほしいものである。
言っても聞かないだろうけどね。
ほとんど病気と言ってもいいくらいの頑固者ぶりだ。
死ぬまで治らないと思うよ。
「そうですよっ」
オッサンは必死になって首を何度も縦に振っていた。
あまりに必死すぎて気圧されそうな勢いさえ感じるほどだ。
「それならば良いのだけど」
どうにか納得した様子を見せた法王に場にいる一同がホッと安堵した。
特にオッサン枢機卿などはへたり込んでしまうんじゃないかと思うほど脱力している。
それだけ法王のことを心配していたということなんだろうけど。
その力の抜けっぷりは感心しない。
油断が過ぎると思っていたら……
「では、他に何かないかしら」
案の定、法王がそんなことを言い出した。
一瞬でオッサンの顔が絶望の色に染まる。
同情しつつも『言わんこっちゃない』と思ったのは内緒だ。
ここで追撃しても何の得にもならないどころかマイナスである。
オッサン枢機卿を動揺させても良いことなど何もないからな。
ただ、法王のワーカホリックぶりは充分承知しているはずだろうとは言いたくなったが。
「いえっ、特には何もっ」
ビシッと直立不動になってオッサンが答えていた。
あまりの必死さにもはや滑稽さまで感じてしまう有様だ。
それが尚のこと哀れさを感じさせる。
まあ、法王だけは圧倒されていたようだけどな。
「そうなの?」
短くそう問い返すのがやっとという状態であった。
体力的な問題で法王の判断力が低下しているからこそ通用する奇跡の一手ではあったが。
読んでくれてありがとう。




