1725 敵の狙いは何処にある?
不死王の錫杖が如何に迷惑な存在であるかを悟ったシヅカが深く嘆息を漏らした。
「迷惑というか面倒というべきかもな」
「なんじゃと?」
「赤リッチを倒しても、あれだけは確実に残るだろうからな」
オセアンが浄化を被せているとはいえ普通の攻撃では消えはしないだろう。
でなければ遺跡から発掘される前に朽ちて消滅しているはずだ。
埋めて処分するのは下策でしかない。
そういう意味でも迷惑極まりない代物である。
「まさに粗大ゴミという訳ですね」
カーラはそう言いながら諦観のこもった溜め息を漏らした。
「で、その粗大ゴミが今や赤リッチを操り人形にしているという訳か」
ツバキもカーラと同様に溜め息をついている。
「それで奴の狙いは何処にあるのじゃ?」
「赤リッチにしてみれば格下にやられっぱなしだよな」
「ふむ、それにどんな意味があるのじゃ?」
「業腹に感じるだろう」
「うむ、そうじゃな」
「その感情を利用しようとしているんだと思うぞ」
不死王の錫杖がどういう狙いかを説明したつもりだったのだが。
ツバキが浮かない顔で考える様子を見せていた。
何かしら納得のいかないことがあるのだろう。
「やられっぱなしというのは、どうだろうな?」
案の定と言うべきか疑問を呈してきた。
「あれは旦那の結界があってこその結果だろう」
むしろ追い詰めていたのは赤リッチの方だと言いたいようだな。
それは正しくもあり間違っているとも言える。
「周囲が評価する点においては、そういう見方の方が有力になるだろうな」
「むぅ」
ツバキが唸った。
「ここでポイントになるのは赤リッチがどう思うかなのさ」
「……………」
ツバキは何も言ってこない。
俺の説明を待っているのだろう。
「格下だと思っていたカエデたちにダメージを負わされた。
これはかなりフラストレーションが溜まると思わないか?」
「そうかもしれんが……」
まだ納得いかないようである。
「それを利用して発散させる瞬間に爆発させようって魂胆だと思うぞ」
例えるなら犬のしつけだ。
食事時に「待て」で我慢させて「良し」で食べさせるあれな。
犬によっては「良し」の直後は凄い勢いでがっつくが、赤リッチもそうなるだろう。
俺としてはそういう思考へ誘導するよう赤リッチの狙いを説明したつもりだったのだが。
「どういうことだ?」
見当がつかなかったのかツバキが眉根にシワを寄せながら問うてきた。
些か抽象的すぎたのかもしれない。
「ビルもカエデも踏ん張っているだろう。
衝撃波がこなくなった瞬間、それがどうなるかを考えてみろ」
叩きつけられていた力が消失する瞬間に合わせて動けるなら問題はない。
が、今の前衛2人だとわずかに反応が遅れるはずだ。
並みの魔物が相手ならどうということはない。
今のカエデたちからすれば多くの魔物が格下ということになるからな。
が、今の立場は逆である。
赤リッチは格上だった上に2段変身で更に強化してきた。
変身してからは微動だにしていないが故に、その片鱗すら見せてはいないが。
少なくとも弱くなることはない。
変身前から奴のスピードにカエデは手を焼いていた。
運良くというかビルはさほど翻弄されることがなかったが。
それでも床を転がるような回避を強いられる瞬間があったのは記憶に新しい。
そのことが何を意味するのか。
ツバキもそこに気づいたらしく──
「っ!」
急にハッとした表情になった。
「バランスを崩す瞬間を赤リッチに襲わせるのか」
赤リッチがではなく赤リッチに、である。
主導権が不死王の錫杖にあることをツバキも理解している証拠だ。
「そゆこと」
「慎重すぎるだろう」
しかめっ面で重苦しい溜め息を漏らすツバキだ。
「やられっぱなしでしたからね」
カーラは困り顔で同意しつつ、そんな風に言った。
「結果だけを見れば、そう言えるじゃろうな」
シヅカは表情を変えないながらも頷いている。
「カエデなどは何度も攻撃を受けておるというのに無傷なままじゃからのう」
「赤リッチは学習しなくても不死王の錫杖はそうでないということか」
うーんと唸って更に表情をしかめさせるツバキである。
「ご主人様とポチの関係なのに、ご主人様の方がポチ並みになるのはどうかと思うぞ?」
「ぶはっ」
俺の台詞にツバキが吹いた。
吹いてしまうような要素なんて何処にもなかったと思うのだが。
あまつさえ──
「なんだ、その例えはっ」
ツッコミまで入れられる始末である。
見ればカーラやシヅカが苦笑している。
あるぇ? と言いたくなったさ。
「あれがポチと呼べるような可愛げのある奴かっ」
ツバキがまくし立ててきた。
まあ、赤リッチに可愛げがないのは確かだけど。
忠犬的ポジションで考えた場合にポチ以外の例えが見つからなかったのだ。
ダメ犬や駄犬では飼い主の言うことを聞かなさそうだし。
駅前で亡くなった飼い主の帰りを待ち続けた犬に例えるのは奴には勿体ないし。
ポチでさえ勿体ないと思うけどな。
「いや、だってどう考えても不死王の錫杖が飼い主で赤リッチが飼い犬だろう?」
「それはそうかもしれぬが」
ツバキは納得いかないという顔をしている。
「まあ、ツバキの言いたいことも分かるんだよ。
どう見たって赤リッチはポチと呼ばれるような面構えじゃないしな」
「面構えだけではなかろう」
「それは認めるが、他に適切な例えが思いつかなかったんだよ」
「あるじゃろう」
そう言ったのはシヅカであった。
「蛇使いなどはどうじゃ?」
「なるほど、蛇使いは言い得ているかもしれませんね」
カーラが納得の表情を見せている。
「あれも躾が行き届いていたと思いますし」
なんてことを言っているが、リアルで見たことはないはずだ。
まあ、その知識の由来は動画からなんだろう。
「蛇を操るために使う縦笛が錫杖に見えなくもなさそうですし」
そんなものだろうかとは思ったが黙っておく。
同意しているカーラの意見に水を差しても何の得にもならない。
それどころかシヅカとカーラの機嫌を損ねることになりかねないからな。
「とにかくコントロールする側が無能なのは制作者としては考え物だってことだ」
「面倒なものを作ってくれたものじゃな」
シヅカが渋面をわずかに浮かべつつ嘆息した。
処分の難しいものであれば、憤慨していたかもしれない。
ある意味、助かったと言える。
パワーレベリングとか関係ないとか言い出しかねないからな。
そうなったら新人3人組そっちのけで参戦して塵も残さず消滅させたかもね。
読んでくれてありがとう。




