1718 今度はビルの番
赤リッチにダメージを与えたのは事実であるというのにカエデの表情は晴れなかった。
だが、トドメを刺せなかったというような話ではない。
カエデの目はそこまで節穴ではないさ。
武器を変える前はまともにダメージを与えられなかったことからも、それは明らか。
にもかかわらずニコリともしなかった。
「…………………………………………………………………」
それどころか、重苦しい空気を纏ってすらいたほどだ。
手応えを感じているのかすら怪しい状態である。
相打ち上等な決して上手いとは言えないカウンターだったから、という訳ではない。
そんなものは相手が格上であることが分かっているカエデは気にもとめないはずだ。
そのことを考えれば俺はあの相打ちを誇っていいと思うのだが。
カエデにとっては、それだけの価値がある一撃であったのは事実。
もちろん防御結界ありきでの話ではあるが。
結界なしで同じことをしていたならカエデは深手を負うどころではなかったはずだ。
そこまでしなければならないほど強さに差があるのだから当然と言えるだろう。
技術はカエデの方がずっと上だ。
ただ、それを軽く覆すほどステータスに開きがあった。
下手をすれば一方的に攻撃されるだけになってもおかしくないほどに。
そんな状態でも粘り強く赤リッチの動きを観察して相打ちに持ち込んだ。
俺はそこを評価しているのだが、言葉にしなければ本人には伝わらない。
伝わっていたならカエデの反応も少しは違ったと思う。
自画自賛……、はさすがにしなかったとは思うがね。
ただ、少なくとも手応えがなかったかのような振る舞いを見せたりはしなかっただろう。
たとえカエデがこの先の展開に懸念を感じていたのだとしても。
それこそがカエデを追い詰めているものの正体だった。
故に油断の入り込む余地はない。
むしろ最大限に警戒しているからこそ表情が渋いのだ。
一度カウンターが成功したからと相手との実力差を見極め損ないはしないだろう。
相打ち狙いでカウンターが成功した直後には既に警戒していた節があったからな。
赤リッチに攻撃を入れた瞬間でさえ手応えを感じているようには見えなかったくらいだ。
その時からカエデは重苦しい雰囲気を発していた。
赤リッチにカウンターを決めた瞬間に気づいたのだろう。
向こうの方が動きは格段に上だということに。
事前に予測はしていても、それをはるかに超えてきたといったところか。
楽観視などできるはずがない。
それはそうだろう。
どんなに引きつけても、それを上回るスピードで翻弄されていたのだから。
ようやく決まったという具合では先が思いやられるというものだ。
しかも、これはゲーム機などのRPGとは違う。
パターンにはめれば、いつかは倒せるなんて甘いものではないのである。
赤リッチもさすがにそこまでバカになっている訳ではない。
カエデが最初に繰り出した相打ちカウンターから攻撃パターンを変えていたしな。
有り体に言うと攻撃一辺倒から回避も考えた動きをするようになっていた。
故に最初に相打ちを決めた時よりもタイミングがシビアになってしまっていたのだ。
当然のごとくカウンターの成功率が下がったのは言うまでもない。
実力差のある相手にカウンター勝負と見抜かれては相打ち狙いでも分が悪くなる。
今のカウンターも赤リッチが攻撃が通らないことに苛立ったことで成功したにすぎない。
ダメージが積み重なれば、より慎重になるだろう。
故にカエデは赤リッチが更に警戒心を強めてしまうだろうと考えたはずだ。
その読みは正しい。
「シャ───ッ、シャ───ッ、シャ───────────ッ!」
飛び退った赤リッチが吠えに吠えていた。
怒り狂っているのとは少し違う雰囲気がある。
警戒心をあらわにして周囲に警戒を呼びかけるような、そんな感じだ。
仲間がいる訳ではないのだけどね。
己に対する呼びかけなんだろうか。
いずれにしても警戒レベルが上がったのだけは確かだと言える。
カエデが渋い表情をするのも頷けるというものだ。
この状況をどうにか打破するには1人では無理だろう。
早くビルに武器を渡して攻撃に参加させないとな。
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ビルに向けて行っていたライトブレードの説明を終えた。
「マジかよ、そんなことができんのか」
驚きのあまり呆然としている。
「どうでもいいから、さっさと攻撃に参加しろ」
「どうでもいいって……」
俺の言葉に呆れをにじませた視線を送ってきたが。
ガン!
「キシャ───────────ッ!」
「おっと、それどころじゃなさそうだな」
カエデがカウンターをミスったのを見たビルが慌てた様子で表情を引き締める。
「やってやるぜ!」
何処かで聞いたような台詞だ。
獣を模したメカが合体し巨大人型ロボになって戦うアニメの主人公の台詞だったか。
古い作品だから記憶が曖昧なんだよな。
ただ、この台詞だけは妙にインパクトがあって記憶に残っていたけど。
なんてことを考えている間にビルは行動に移っていた。
背後から赤リッチに迫りライトブレードを袈裟切りに振り下ろす。
ザシュッ!
その一撃は肩口から腰のあたりまで斜めに深く切り裂いた。
「ギャ─────────────────────ッ!」
赤リッチの吠えるような悲鳴が聞こえてきた。
なかなか痛そうだ。
ただし……
「ギシャ──────ッ!」
ズバッ!
赤リッチには怒りの咆哮とともに振り返りつつ鋭い突きを繰り出してくる余裕があった。
どうやら痛みを感じていた訳ではないようだ。
想定外のダメージを負った驚きが悲鳴になったのかもな。
そのあたりは確かめようがないけれど。
しかしながら、痛覚はないと思っておくべきだろう。
「うおっと!」
深く踏み込んでいたが故にビルの反応が遅れた。
倒れ込むことで、どうにか突きを回避。
そのままゴロゴロと転がって離脱する。
「アブねえ、アブねえっ」
焦った表情をのぞかせながらビルは転がった勢いを利用して立ち上がった。
赤リッチの追撃はない。
カエデが牽制を兼ねて攻撃していたからだ。
深追いはしていないので、かすめた程度に留まっていたが。
それでも赤リッチの追撃を止めることには成功していた。
牽制としては十分に効果があった訳だ。
逆を言えば、それしか効果がなかったとも言えるのだけれど。
ともあれ決定的な危機にはならずに済んだのは事実。
仕切り直して、ここから本番といきたいところだ。
読んでくれてありがとう。




