1717 ゴミ処理は適切にお願いしたい
カエデが赤リッチから距離をとった。
正確にはビルからと言うべきか。
これから俺が武器を貸し出すのが分かっているからこその行動である。
既にカエデにタゲが移っているとはいえ、間近だと何が起きるか分からんからな。
「シャ───ッ!」
赤リッチが吠えた。
直後にカエデの間合いへと踏み込んでいく。
思った通りの展開になっていると言っていいだろう。
赤リッチが碌に考えようともしないならば誘導するのは楽になるというものだ。
脳筋具合が増したというか何というか。
変身したことで頭の中身を何処かに置き忘れてきたんじゃないかと思ってしまう。
あるいは脳内の情報が上書きされてしまったか。
下手をすると自分が誰なのかすら消されてしまっているかもな。
その割には憎しみの感情はビリビリと伝わってくるんだけど。
迷惑な話である。
まあ、放置する訳にはいかないので憎まれていようがいまいが関係なく討伐はするさ。
強欲リッチが赤リッチにパワーアップしたことで厄介な敵になるかと思ったが……
「どうやら挑発するまでもなくなったみたいだな」
今はダメージを与えたカエデと対峙し続けている。
このまま横から変に手を出さなければタゲは変わらないだろう。
オセアンは浄化を武器に乗せるだけになったし。
直接の攻撃でないと赤リッチは無視する方針に変更したみたいだ。
そこに複雑な思考があるかは知らないけどさ。
「シャーッ!」
完全に人間味を失った赤リッチがカエデを威嚇しながら手刀で攻撃を繰り出していく。
「くっ!」
そのスピードについて行くのはカエデには些か厳しいようだ。
単発であれば、どうにか回避できなくもなかったが。
「キシャーッ!」
ガッ、ガガッ
連続で攻撃されると躱しきれずに当たってしまう。
結界は有効なのでダメージはゼロだがね。
ただ、変身直後のように蹴り飛ばされるのは防ぎようがない。
カエデもそれを警戒して立ち回っている。
場合によっては相打ち上等でカウンターを入れていた。
ガンッ!
ザシュッ!
「ギシャ────────ッ!」
またしても赤リッチが怒りの咆哮を上げた。
当然だろう。
形の上では相打ちだが結果はまるで違うからな。
己の攻撃はまるで手応えがないのに受けた攻撃でダメージを受けたんだし。
奴の中ではどれほどの怒りが渦巻いているのやら。
これはもう完全に挑発いらずだな。
相打ちに持ち込みさえすれば、奴は怒り狂う訳だから。
普通はパワーアップすれば敵の思惑通りに動かなくなったりする傾向が強くなるのだが。
どんなにパワーアップしようと、簡単に釣られるようでは意味がない。
魔物は上位種になれば一筋縄では倒せなくなるからな。
それは当然だろう。
上位種になればステータスが上昇してスペックに明確な差が出るのだから。
ただ、魔物の下位種と上位種の差はスペックの話だけで片付けられないものがある。
そういう部分だけでは説明の付けられない強さを発揮するようになるからな。
知能が上がることで、こちらの思惑を見抜くようになったりするのだ。
あるいは向こうが何かしらの意図を持ってこちらを誘導してきたりなんてこともある。
要するに駆け引きが生じる訳だ。
一般的な魔物の下位種にはできない芸当である。
レアな魔物であれば下位種でも知能が高かったりするけれど。
そういう意味では今回はレア中のレアな事例と言えるだろう。
下位種から上位種になったにもかかわらず知性を失ったような状態だからな。
俺が最初に挑発しなければ新人3人組は強欲リッチを相手に苦戦は免れなかっただろう。
強欲リッチにもそれくらいの頭はあったはずなのだ。
安い挑発でそういう部分は最初からスポイルされてしまったがね。
結局、変身した後はパワーアップの代償に知性を退化させたかのような有様だったし。
これは不死王の錫杖に自我の大半を飲み込まれてしまったと見るのが妥当だと思われる。
殺意や憎悪だけは残しているあたりが嫌らしい。
発掘されたアイテムってこういうのが多いよな。
ちょっと古代人に言ってやりたいところだね。
粗大ゴミはそのまま廃棄するなって。
まあ、過去の人間にはどんなクレーマーであっても文句は言えないけどさ。
ここは前向きに考えるとしよう。
今回の場合なら挑発が不要な分だけ誘導がしやすくなったといったところか。
カエデがダメージを与えただけでタゲを変更してくれた訳だし。
ビルに武器を渡して上手くやれば、相打ち狙いに持ち込まずに済むだろう。
被ダメージがゼロで完封するのは防御結界があるから確定しているけどさ。
それでも赤リッチを相手に戦うなら少しでも負担の少ない方がいい。
何しろカエデやビルにとっては桁違いの攻撃力である。
ダメージが通らなくても、それは肌で感じているはずだ。
攻撃した際に強欲リッチの時でさえHPを削るのに苦労していた訳だし。
それが赤リッチになって、まるで通用しなくなった。
冒険者として長く活動している2人なら、それだけで相手の強さは推し量れるだろうし。
そうなると精神的な重圧は計り知れない訳で。
ずっと相打ちで真っ向勝負を続けていれば一気に体力を削られてしまうのは明白だ。
なるべく相打ちにならないように立ち回った方が良いのは言うまでもない。
赤リッチがパワーアップしたことで相打ちの状況に持ち込まざるを得ないとは思うけど。
駆け引きや誘い込みなどがなくても単純なステータスのゴリ押しで来られるとね。
「という訳で、ビルにはこれな」
そう言いながらライトブレードを渡す。
「何だ、これ?」
ビルは受け取りはしたものの、怪訝な表情でライトブレードと俺を交互に見てくる。
カエデの時と似たような状況になってしまったな。
まあ、仕方あるまい。
カエデに渡した際のやりとりなんて見ている余裕はなかっただろうし。
そんな訳で再び説明タイムだ。
その間にカエデは再び赤リッチとの相打ちに持ち込むところであった。
自ら赤リッチの攻撃に当たりに行くような格好で踏み込んで手刀を受けるカエデ。
ガン!
ザシュッ!
「ギシャ────────ッ!」
赤リッチがダメージを受け、怒りの咆哮を上げた。
しかしながらカエデは達成感とはほど遠い苦々しい表情をしていた。
相打ちだったからではない。
カエデは格上を相手にカウンターが綺麗に決まるなどとは思ってはいないはずだ。
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