1711 回避するだけのお仕事です
強欲リッチがキレまくっていた。
ブン!
すくい上げるように錫杖が跳ね上がってくる。
当たるか当たらないかのギリギリのタイミングで躱して挑発する。
「ほぉれほれ、こっちだこっち~」
「キイィ────────ッ!」
ヒステリックに吠えては錫杖で殴りかかってくる。
ブン!
野球で言うところのダウンスイングで斜めに振り下ろしてきた。
今度は奇声とほぼ同時のタイミングでの攻撃だ。
初動のモーションを隠すための芝居ではないということだろう。
より怒り狂った状態になったみたいだな。
「ホイっと」
ピョコンと横に跳んで躱す。
一見すると隙だらけに見えるのがミソだ。
「キイイイィィィィィッ!」
振り切った状態の錫杖が反対に振り戻されてきた。
ただし、今度は中段で真横に錫杖が振られている。
間合いに一歩踏み込んだ現状での回避はなかなか困難だ。
まあ、飛び退けば解決するけどね。
ブオッ!
それでも、その場に留まって回避する。
困難というだけで不可能とは言ってないからな。
「よっと」
前後の開脚でストンと姿勢を落とす。
目の前に錫杖が迫ってきた。
頭部直撃コースだが、仰け反りながら体を捻り込んで回避。
そのまま勢いを付けて体を回転させて起き上がる。
「キィ──────ッ!」
ブン!
次の攻撃が返しで来た。
が、起き上がるのを予測できなかったのだろう。
必中を確信したかのような下段払いだ。
腰の入っていないショボい攻撃だったけどな。
「余裕よゆ~」
縄跳びでもする感覚でピョコンと上に跳んだ。
第三者の目には小馬鹿にしたように見えるだろう。
「キイィ──────ッ!」
向きになったのか再び下段に払いが来た。
ただ、今度は地面すれすれの這うような攻撃ではない。
やや浮かせ気味に入ってきた。
これだけでも先ほどより回避しづらくなっている。
が、更に斜めにすくい上げてジャンプ回避を牽制してきた。
ズバッ!
手をつかない側転で回避した。
「どうしたぁ? ブンブン振り回すだけかよー?」
シュバッ!
たまに突き込んできたりもするけどな。
今のは俺の挑発に乗ってきただけである。
そのため無理に流れを変えたのがありありと分かる腰が入っていない突きだった。
何にせよ俺は回避するまでだ。
「下手くそめー」
挑発しながら当たりそうで当たらないタイミングを見計らってヒョイと避ける。
「当たってねえぞ-。
へっぴり腰じゃ話になんねえなぁっ」
「キヒィィィィィィィィッ!」
シュババババババババッ!
今度は連続突きときましたよ。
「よっ、とっ、はっ、どっこい」
結果は変わらないけどな。
だから、あえて危なっかしく見えるようなコミカルな動きで回避する。
このあたりは古いカンフー映画を参考にした。
これも挑発の一環である。
「フハハハハ、ヌルいヌルい」
「キイイイイイィィィィィィィィ────────────ッ!!」
ゴォッ!
笑ったことに反応したのか大振りが来た。
感情的になりすぎだ。
連続突きからつなぐにしては考えなしと言わざるを得ない。
モーションが丸見えだからな。
「楽勝ぉっ」
一瞬、フェイントかと思ったくらいだ。
そうではなかったけどな。
もちろん余裕で回避させていただきましたよ?
「キイキイうるさいよ。
それしか知らんのか?
さすがは脳筋だなぁ」
とは言ったものの、俺としては大歓迎。
あとはこのまま奴の視界に俺だけが入るように立ち回るだけである。
とはいうものの、奴に合わせて俺まで派手に立ち回る訳にはいかない。
強欲リッチだけでなくビルやカエデまで振り回すことになるからな。
オセアンは浄化対象を視界に入れてさえいればいいので幾分マシではあるけれど。
そんな訳で最小限の動きで躱し続ける。
「キイッ!」
ブォン!
かすらなくても皮膚を切り裂きそうな勢いで通り過ぎる錫杖。
間髪入れずに次の攻撃が来る。
『ほう』
これには闇属性が乗っている。
すれすれの回避をすると最接近時に影の刃が瞬間的に飛び出して切り裂くようだ。
ある意味、鎌鼬のようなものか。
脳筋呼ばわりがお気に召さなかったようだな。
何が何でも当ててやろうという意地のような強い意志を感じた。
ズバッ!
「おおっと、危ない危ない」
影の刃をも見極めた回避をする。
仮にかすったとしても、その程度で血を流したり衣服に傷を付けられたりはしないがね。
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気がつけば強欲リッチのHPが残り2割を切ろうとしていた。
新人3人組が結構な時間をかけて頑張った結果である。
ただ、さすがに強欲リッチもそろそろ気づくだろう。
どんなにキレていても消滅の危機に瀕すれば我に返らぬはずもなかろう。
いくら筋金入りの脳筋でも消え去るまで気づかぬほど鈍感ではあるまい。
もし、そうであるならば単純な命令しか実行できないゴーレムに等しい。
問題はどのタイミングで気づくかだ。
残りHPが多いほど戦闘が長引くことになる。
俺からタゲが外れて3人だけのバトルが始まるからな。
そういう意味では強欲リッチが気づいてからがバトル本番と言えそうだ。
不安材料は3人が消耗してきていること。
現状はまだ気力だけで持たせるような段階ではないが。
しかしながら戦闘が長引けばそういう事態に陥るのは想像に難くない訳で。
可能であるならば残HPが1割を切るまで粘りたいところである。
と同時に新人3人組の消耗を回復させておくのが肝要である。
気づかれてからでは妨害される恐れがあるからな。
そんな訳でミズホ組に目線で合図を送る。
お仕事の時間ですよと、まずは予告を入れた訳だ。
そこから念話で指示を出すつもりだったのだが……
「キエエエェェェェェェッ!」
ブォッ!
振り下ろしの軌道をなぞるように錫杖が返しで跳ね上がってくる。
「はいはい、うるさいですねっと」
強欲リッチの攻撃をからかい半分で避けている間にミズホ組は行動を開始。
スルッと動いて3人の横に並んでいた。
ビルの横にはカーラが。
カエデにはツバキが。
オセアンの横はシヅカが。
周囲に気配を馴染ませつつ移動していた。
お陰で強欲リッチはまるで気づく様子がない。
他の面子もフォローに動いた3人の動きを捕捉されないようにしている。
視線を誘導するように動いたり。
3人の動きを隠すような位置取りをしたり。
「キイィェェェェェェッ!!」
ブゥン!
「脳みそ筋肉野郎にはお目々がついてないんですかねえ?」
そんなふざけたことを聞きながらハハハと嘲り笑って回避する。
その間にフォローに動いた3人は2種類の固形ポーションを準備していた。
ひとつは、もちろん疲労回復のものだ。
もうひとつは、MP回復ポーションである。
それらの封を解いて練り合わせ始めた。
別々に摂取した場合に発生しうるリスクを回避するためだろう。
強欲リッチに途中で気づかれて片方しか口にできない恐れがあるからな。
あと疲労回復ポーションの梅干し味も酸っぱさが緩和するし。
混ぜたからといって効力が落ちることもない。
「キエエエェェェェェェ────────────ッ!!」
ズバババババッ!
久々に連続突きが来た。
ただし、単純に突くだけではない。
ひとつひとつの軌道が不規則な螺旋を描いている。
その分、突きのスピードは遅くなっていたがね。
とはいうものの地味に避けづらくて嫌らしい感じの攻撃になっていた。
しかも紙一重で躱しても影魔法で牙を出してくる。
牙の形も大きさも様々だ。
それをも見極めて回避しなければならないので厄介であった。
というより面倒なのか。
完璧に回避しようとすると、丁寧に見極めなければならない。
かすることすら許されないと決めたからね。
奴の攻撃を受けるつもりはないのだ。
かすった時点で受けたも同然。
俺の中ではアウトである。
腹が立ってモチベーションも下がってしまうしな。
読んでくれてありがとう。




