1709 ハルト、挑発する
どういう風に援護するかを考えていると強欲リッチに動きがあった。
ダメージが入ったことで仰け反っていたが、体勢を立て直そうとしている。
さて、ここからが新人3人組の正念場だな。
強欲リッチが一旦前に踏み出した。
不意打ちを食らって崩していた体勢がそれで安定する。
そのままグッと体を沈み込ませて……
「「っ!」」
カエデとビルがそれを見て反応した。
次の瞬間、同時に飛び退く。
「カァ───ッ!!」
裂帛の気合いとともに強欲リッチが振り返った。
ブォッ!
2人が踏み込んでいた場所に錫杖のなぎ払いが走る。
「ふぃーっ、アブねえアブねえ」
かいてもいないエア汗を拭う仕草で余裕を見せるビル。
だが、それは強がりであると分かっていた。
なぎ払いがビルの眼前を通り過ぎた直後は一瞬だが硬直していたからな。
直後に軽くポンポンとフットワークを入れていたのは硬さをほぐすためだろう。
ベテラン冒険者だけあって経験で分かっているのだ。
すぐに追撃される恐れがあることを。
硬直状態でそれを受けることの怖さも身にしみて分かっているものと思われる。
ただ、そんなビルでも完全には硬さが抜けきっていなかったがな。
それもあっての強がりなジェスチャーって訳だ。
声に出して自分を落ち着かせる。
体を動かすことで再び体の硬さをほぐす。
それを同時にすることで万全の状態に持っていくのがビルの目的だ。
とりあえずは成功したようではある。
問題は次に強欲リッチが力を込めた大振りをしてきた時に動けるか否か。
なぎ払いが目に焼き付いてしまっているからな。
そこにわずかでもビビりが付随してしまっているなら払拭するのは難しい。
おそらく反応が遅れるだろう。
それは格上を相手にする上では致命的と言わざるを得ない。
防御結界がなければの話ではあるけれど。
一方でカエデはすり足でわずかに動くに留まっていた。
『ほう』
思わず感心させられたさ。
焦りやビビりは微塵も感じられなかったのでね。
どうやら修羅場をくぐってきた経験はビルなどよりずっと豊富なようだ。
まあ、修行の旅を続けていた訳だしな。
無茶も相当に繰り返してきたものと思われる。
ビルの方は冒険者として生きるのが目的だったから差があるのは当然だろう。
いのちだいじにの方針ではそうそう死にそうな目にあうこともないはずだ。
とはいえ、カエデに余裕があるのかと言えばそうではない。
その表情はなかなかに険しいものがあった。
なぎ払いを見て強敵であることを改めて実感したからというのはありそうだ。
慣れがあるから体に硬さが残っていないだけの話である。
故に油断なく鋭い視線で射貫くように強欲リッチを見据えていた。
見られた側の強欲リッチは苛立った雰囲気を漂わせている。
見た目はスケルトンと大差ないから表情を読み取ることができないんだよな。
濃い赤で染め上げられた僧衣をまとっている以外は大柄で骨太なスケルトンって感じだ。
本体である骨の部分が赤かったり角が生えていたりはしない。
3倍のスピードで迫ってきたりは……
ステータス的にするかもしれないな。
もっとも全力を出せば3倍よりずっと速いはずだ。
セールマールの世界のことを知らない強欲リッチにネタを期待することはできない。
まあ、それ以前に自分を倒しに来た相手にネタで応じるなど考えられないが。
そこまでサービス精神が旺盛ならば誰からも嫌われるようなことにはならなかったはず。
あるいは実力で法王になることもできたかもしれない。
現法王には人望の上では及ばなかったかもしれないが。
代わりに僧兵からの叩き上げということで力強さや頼もしさという武器があったはずだ。
外見というのは容姿の美醜以外でも心理的な影響が大きいからな。
バランスが取れていれば確実には勝てないまでも対抗はできたと思う。
それを目指すことができなかったのがリッチとなることを選んだこの男の限界である。
そのせいで迷惑なことになっているけどな。
いや、迷惑で片付けられるとゾンビやグールにされてしまった人々が浮かばれない。
殺されて予備の駒扱いされてしまっている人々も業腹というだけでは済まないと思う。
身勝手な輩は、そのことをまるで気にしていないだろうけど。
特に不意打ちを食らってダメージを受けた今は尚のことだ。
なぎ払いでカエデとビルを振り払った後は怒りにわなわなと打ち震えていたからな。
追撃がなかったのはそのせいだ。
「ナニモノダッ!?」
低い姿勢で油断なく構えた強欲リッチが誰何してきた。
「お前、アホだろう?」
安い挑発である。
まあ、あえて言ってみたんだけど。
だから心底馬鹿にするように鼻で笑ってやるというオマケも追加しておいた。
「ナンダトッ!?」
声を荒げた強欲リッチの威圧感が増した。
「ちゃんと考える脳みそはあるのか?
ああ、悪い悪い。
骨だけだから中身は空っぽなんだよな」
「キサマァッ!」
強欲リッチが怒りに身を任せるように吠えたせいで構えが少し崩れる。
が、そのまま睨み付けてくるばかりで構えを正すことはなかった。
気づいていない証拠である。
「枢機卿にまでなっておいて礼儀も知らんとはなぁ。
人に名前を問うなら自分が名乗るのが先だと教わらなかったのか?」
「ナニヲッ!?」
さっきから強欲リッチとは会話が成立していない。
向こうが頭の悪そうな応答しかしていない時点でお察しというものだ。
まともに喋ろうとする日が来るとは考えにくい。
その主たる原因は俺が煽っているからだけど。
おそらくカエデやビルに攻撃された事実については割合を減らしていることだろう。
怒りの原因ランキングを公開すれば、俺の台詞でトップ10を埋め尽くすのは確実である。
カエデやビルが圏外にすることも俺の目的のひとつだ。
こうすればヘイトが俺にたまって2人が攻撃されることも減ると考えられるからな。
故にガンガン煽っていくことにする。
「ああ、悪い悪い。
骨だけで中身が空っぽだから覚えたことも全部消えてしまったんだよな」
鬱陶しく感じるだろうと思ったので2回言いました。
決して大事なことではありません。
「イワセテオケバァ─────ッ!」
おーおー、吠えますなぁ。
面白いくらいに釣られてくれる奴だ。
あおり文句を考えるのに苦労しなくていいんだから助かるよ。
海老で鯛を釣るよりも楽ちんコースだな。
そして釣り上げた効果は向こうの態度にも出てくる。
我慢できなくなってきたのだろう。
強欲リッチが錫杖を振り上げるように構えて前に一歩踏み出したのだ。
今にも飛びかからんばかりに怒気をみなぎらせている。
奴が呼吸を必要としていたなら鼻息で凄いことになっていただろうな。
そのせいで通常時であれば様になっていたであろう構えがボロボロになっていた。
怒りでブルブルと震えてしまっているからだ。
「あー、やだやだ」
肩をすくめながら【千両役者】スキルで辟易した表情を作って頭を振る。
思いっきり嫌みに見えることだろう。
現に強欲リッチは肩をブルブルと震わせていた。
「脳筋は指摘されても修正できないんだもんなぁ」
「オノレエッ!」
殺気が一気に放出された。
新人3人組に影響が及ばないよう結界で緩和されているがね。
それでもオセアンだけでなくビルやカエデもビクリと反応していた。
殺気だけは一流ってことか。
とはいえ古参組は涼しい顔をしている。
シヅカに雑魚と言われた程度でしかないからな。
その気になれば瞬殺で終わるだろう。
それを実行できないのが難しいところだ。
パワーレベリングも楽じゃない。
が、相手が単純なお陰でいい感じにヘイトがたまってきている。
この調子で挑発を続けるとしよう。
読んでくれてありがとう。




