1707 通ってもらうよ
オセアンが復帰してきたのは幸いだ。
ビルの心配も少しは緩和されるだろう。
とはいえ油断する訳にはいかない。
「なんだか心配性すぎるのがいるから前には出るなよ。
誰かさんが気を散らして妙なヘマをしでかしかねないからな」
オセアンに注意を促しておいた。
ビルに対する牽制も含まれてはいるけどな。
「はいっ」
ちょっと気負った感じの返事をしてきた。
「そう緊張しなくても大丈夫だ。
結界で守るから浄化に集中すればいい」
「いえ、あの……
私の浄化が通じるものでしょうか?」
ビルの心配性が伝染してしまったのか、そんなことを言い出すオセアンだ。
ままならないものである。
自分の浄化が強欲リッチ相手に通用するのかと不安を口にしてくるとは思わなかったさ。
「今更なことを言ってくれるじゃないか」
思わず嘆息したくなったものの、どうにか我慢する。
「申し訳ありません」
「謝らなくていいよ。
むしろ先に言ってくれて助かる」
「え?」
「戦闘が始まってからオタオタされちゃ敵わんからな」
「はあ」
予想外の返事らしく生返事になるオセアン。
それでも戦うこと自体は拒否している訳じゃないのは助かる。
自分が役に立てるのかを気にしているみたいだし。
まあ、唯一の武器が浄化だから仕方のないところではあるが。
それが通用しないとなったら自分は足手まといだ何だと言い出しそうな気がする。
「レベルアップする前じゃ話にならなかっただろうな」
「えっ?」
「今、自分のレベルが幾つかは把握してるだろ」
分からないというならスリープメモライズの効果が無かったことになる。
魔法を使ったのは俺だ。
それだけはないと断言できる。
でなきゃ、ついさっきまで情報の渦に翻弄されていたのは何だったのかとなるからな。
「あっ」
ウッカリしていたとばかりに声を上げるオセアンだ。
だが、すぐに表情を曇らせる。
「確かに前より格段にレベルアップしましたけど」
神殿の所属を外れた直後からすれば倍以上だ。
それでも相手がリッチだと不安を募らせてしまうらしい。
「防御面の心配がいらないのは分かっているよな」
念のために確認する。
「えっと……、はい」
即答はできなかったものの返事そのものはしっかりしたものだった。
ビルほど懸念している様子はなさそうである。
であるにもかかわらず心配しているか。
だとすると自分の実力に自信が無いと考えるのが妥当か。
「レベル73では不服か?」
俺としては普通に聞いたつもりだったのだが……
「ととと、とんでもないっ」
問いかけにオセアンは両掌を俺に向けた状態で慌ててブルブルと頭を振った。
威圧したつもりなど微塵もないんだがなぁ。
「そこまでビビらなくても怒ってる訳じゃないんだ」
ちょっとショックである。
「はあ……」
拍子抜けしたように生返事になるオセアン。
「ただ、余裕を持って鍛えてやれる時間はない」
この先にいるリッチを放置するわけにはいかないからな。
それができれば、よそでパワーレベリングしてきてから戦わせていたと思う。
が、それは時間制限のないRPGくらいでしか使えない手だ。
リアルでは通じるはずもない。
いくら厳重に封印した状態とはいえ、リッチを残したままにするのはマズいもんな。
上空で待たせている面々にさえ説明する予定がないんだから。
元からリッチのことを伏せる予定なんだし。
全員が発掘された魔道具の事故で死亡していましたあたりで説明したいところなのだ。
リッチの仕業でなんて言われるよりはショックも大きくないはずである。
危険がないように処理していたことにすれば、待たせたことを誤魔化せるだろうし。
ただし、それもリッチが存在していないことが前提条件である。
つまりは討伐済みでなければならない。
「そこは申し訳ないと思っているんだ」
「いえっ、そんなっ」
またしても、つい今し方と同じポーズで頭を振るオセアン。
今度はビビったのではなく恐縮したからのようだけど。
「ここまでレベルを上げていただいただけでも僥倖に恵まれたと思っているのです」
「大袈裟だなぁ」
「そんなことはありませんよっ」
オセアンは興奮気味に俺の言葉を否定してきた。
それに同意するようにカエデも頷いている。
ビルはそんな2人を何か言いたげな目で見ていたけれど。
そのうち慣れるとでも思っているのだろうか。
あるいは自分にも同じように考えていた時があったと回想しているとか。
まあ、追求しても仕方あるまい。
今はオセアンの興奮を静める方が先決だ。
「あるんだよ」
俺は落ち着いた口調でオセアンの言葉を否定し返す。
3人組の中でビルだけが反応していた。
その表情は「だろうなぁ」と物語っている。
このあたりは、付き合いの長さから来る差だろう。
だが、それで片付けてしまう訳にはいかない。
「こんなのは序の口だからな」
根拠は示さないとオセアンもカエデも納得しないだろう。
「え?」
怪訝な表情を浮かべるオセアン。
カエデは何かを察したのか表情を硬くさせた。
ビルも嫌な予感がすると言いたげな顔をしている。
「ミズホ国じゃレベルを3桁に上げてようやく一人前の入り口ってところだからな」
「「「はあっ!?」」」
これにはオセアンやカエデだけではなくビルも驚いていた。
俺は先に序の口と言ったはずなんだがな。
それが一人前の入り口と言い換えるだけでショッキングな言葉に変化するらしい。
こちらとしては、そんなつもりは毛頭ないんですがね。
故にそこまで刺激が強かったのだろうかと思ってしまう訳だ。
正直、驚きを禁じ得ない。
「生産職ならともかく、レベル100になったくらいで満足されちゃ困るんだが」
俺が苦笑しながらそう言うと古参組の面々も苦笑しながら頷いた。
「こまるんだがー」
マリカだけが真面目な顔をして復唱していたな。
「「「なっ……」」」
更に驚く新人3人組。
声は控えめではあったが凍り付いたように固まった表情は驚愕に彩られていた。
「生産職で俺よりレベルが高いのがいるのかよっ」
「古参の面子はほとんどがそうだぞ。
学校の卒業条件のひとつだしな」
「なにぃっ!?」
これ以上は無理と言うほど目を開ききってビルが吠えた。
「あ、言っておくがミズホ国では義務教育という制度があってな」
それがどうしたのかと新人たちが目を向けてきた。
「ミズホ国の国民は教育を受ける義務があるんだよ」
「は?」
ビルが意味が分からないとばかりにポカーンとした顔をしていた。
学校に通ったことがないからこその反応なんだろうな。
貴族ならともかく平民で学校教育を受けるのは西方じゃ一握りの富裕層だけだし。
「義務、ですか?」
困惑の表情でカエデが聞いてくる。
自らの知識や常識の埒外だと、混乱するのも無理からぬことか。
「国民すべてが教育を受けなければならないと仰るのですか?」
オセアンも同じように困惑しつつ疑問を口にする。
「義務と強制を一緒にしないでもらいたいなぁ」
似ているが同じではない。
鯨と魚くらいの差はあるつもりだ。
「でないと無理矢理感が前面に出すぎてしまうだろう?」
え? 大した差じゃない?
俺にとっては大きい差なんだよ。
「はあ」
オセアンは分かったのか分からないのかよく分からない表情で生返事をする。
カエデも似たような感じで困惑したままだ。
学校に通う意義を見出せないのだろう。
「通えば分かるさ」
義務と強制の差も。
通うことの意義についても。
「更に言っておくと、レベル3桁は卒業条件ではあるが──」
そこまで言いかけたところで新人3人組が怪訝な顔で俺の方を見てくる。
「レベル100を超えていても入学しなくていいとはならないから」
これは2桁後半のレベルとはいえ3桁には遠く及ばないなどと考えていそうだ。
それも分からなくはない。
残り20から30ほどレベルアップしないといけないからな。
普通はここからが困難になるのだし。
読んでくれてありがとう。




