1706 実演してみせたはいいけれど
錬成魔法を使って見せたらカエデもビルも固まってしまった。
俺としては古参組にも可能なスピードで錬成魔法を用いたつもりなのだが。
難易度を下げた魔法なら慣れていないカエデにも受け入れやすいかなと思ったからだ。
ところが蓋を開けてみれば、ビルまで固まってしまう結果となった。
おまけに待てども待てども復帰してくる様子がない。
それどころか2人とも蝋人形に変わってしまったのかと思うほどピクリとも動かない。
絵に描いたような「どうしてこうなった」状態である。
錬成魔法を初めて見たからだというのは分かるんだが。
それにしたって驚きすぎではないだろうか。
ただ、ここから復帰させるのはさほど難しくはない。
マジックワードがあるのだ。
冒険者としてベテランの域に達している2人だからこそ通じる代物だけどね。
「2人とも」
「「……………」」
単に呼びかけただけでは無反応。
それは分かっている。
この程度で戻ってくるなら、とっくに我に返っていただろう。
「ここがラスボスが待ち構える謁見の間の真正面だってことを忘れてないか?」
強敵がいることを意識させる言葉なら……
「「っ!」」
2人がほぼ同時に反応した。
思った通りだ。
とはいえ、ちょっと心配もしていたんだよな。
これで戻って来なかったらどうしようって。
一安心で……
「賢者様よぉっ!!」
怒濤の勢いでビルが詰め寄ってきた。
食い気味どころか目の前まで迫ってくる有様である。
「何だよ、何だよ?」
どうやら別の問題が発生したようだ。
一安心するのはお預けとなってしまった。
「顔が近いってえの!」
男に迫られて喜ぶ趣味はないんですがね。
何処かのギルド長の爺さんのようにツバを飛ばさないだけマシではあったが。
それでも鬱陶しいことに変わりはない。
言葉で指摘したくらいじゃ引いてくれないし。
「えぇい、お前はBL趣味の変態かっ」
片手でアイアンクローを決めつつビルの顔を押し退ける。
「ウギャーッ!」
うるさいのですぐに手は離した。
「何しやがるっ!」
再び詰め寄ろうとしてきたが、片手で掴む仕草を見せるとピタッと止まった。
「それはこっちの台詞だ。
顔が近いって言っただろう。
おまけにギャーギャーうるさいし」
「それどころじゃねえだろうがっ」
ビルが吠えて反論してきた。
今日のビルは興奮してばかりだな。
今のは、その中でも大事っぽいが。
肝心の中身については見当もつかないので、こっちは平常運転だけど。
「せっかく作った壁を扉に戻してどうするんだっ?」
何を言い出すのかと思えば、そんなことか。
「どうって、扉だったのを信じないから実演してみせただけだぞ」
サラッと言い返す。
「うぐっ」
短く唸ったビルだが──
「それにしたって最後までやるこたぁないだろが」
簡単には諦めない。
「そうしないと魔法が失敗したとか言い出すだろ?」
ビルにはそう見えるんだろうから仕方あるまい。
言われるこちらにとっては、言いがかりでしかないのだけど。
「くぅっ」
またしても言葉で返り討ちにあうビル。
悔しそうに歯噛みしている。
「リッチが出てきたらどうするつもりなんだっ」
要するにこれが言いたかったのだろう。
最初からそう言えば良かったのに。
少なくとも労力の点では無駄にならずに済んだはずだ。
結果は変わらないけど。
「出られる訳ないぞ」
「っ!?」
俺の返事にギョッとした顔をするビル。
断言したのがよほど衝撃的だったのだろう。
「何でそう言い切れるんだっ?」
それでも食ってかかってくる。
「俺の結界は壁の向こう側だからだよ」
厳密に言うと「最も内側の結界は」というのを頭に足さないといけないけどな。
そこまで言ってしまうと変な誤解をされかねないので省略したしだいだ。
結界に自信が無いのかとか思われるのも地味に腹立たしいだろう?
あまつさえ、それで更に食ってかかられても面倒だ。
「ぐぬぬ」
思惑通りにブロック成功だ。
このまま押し切るとしよう。
「それに再現したのは扉の表面だけだ。
向こう側は相変わらず壁のまんまだぞ」
「なっ!?」
そんなこととは夢にも思っていなかったのだろう。
驚きに目を見張っているビルだ。
「それに──」
「まだ、あるのかっ?」
話を続けようとすると更に大きく目を開いて聞いてくる。
「あるよ」
ぶっきらぼうに言い放った。
某ドラマのバーテンダーのように。
「そうか」
これに関しては反応が薄い。
諦観を感じさせる雰囲気を漂わせた返事をされるに留まった。
そりゃそうだ。
元ネタを知らないんだから。
やはり物真似は喜んでくれる面子がいてこそだな。
同行した古参組の面々まで反応が薄い。
せいぜいが「またやってるよ」と苦笑される程度のものである。
俺はそんな物真似ばかりしている訳じゃないんだが。
解せぬ。
まあ、元日本人組がいたとしてもスキルのお陰だとか難癖を付けられる恐れはあるけど。
「仮に向こう側まで形を再現しても切れ込みなんて入れないぞ」
せっかく塞いだものを開くように作り直すなど愚の骨頂であろう。
「それに蝶番の部分だって開閉できないように作っているさ」
「なんとっ」
唖然とした表情を見せるビル。
「そんな訳だから完全に仕上げたように見えても張りぼてのようなものなのさ」
実際に開くことがないのは言うまでもない。
「ぐはっ」
ビルは芝居がかった動きでよろめくのであった。
さすがに倒れ込んだりはしないが、意外とノリがいいのな。
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オセアンを目覚めさせて新人3人組に戦闘準備をさせる。
「賢者様よ」
装備のチェックをしながらビルが呼びかけてくる。
「本当に大丈夫なんだろうな?」
これで同じ質問は何度目だろうか。
まったく、ビルにも困ったものだ。
心配性にも程がある。
「くどいな」
「そうは言うけどよぉ」
言いながらオセアンをチラ見する。
気づかれないように視線はすぐに戻していたけどな。
そんなことをするまでもなく見られていた当人は周りを気にする余裕がなかったが。
スリープメモライズの情報を己の中で消化するのに目一杯といった有様だ。
それを利用してビルやカエデに準備をさせているところはあるからな。
それでもかなり落ち着いてきたので、じきに突入できるようになるだろう。
オセアンに装備のチェックなんて必要ないからな。
後衛職だから武器は持っていないし。
それどころか防具だって身につけてはいない。
普通は神官職とはいえ防具は身につけるものだ。
神官服の下に鎖帷子を着込むのは常識のようなものである。
あとは革の防具とか金属製の胸当てとか。
そのあたりは装着者の好みや体力と相談することになる訳で。
生憎と防具を扱っている店はここにはないけれど。
その気になれば倉庫に死蔵しているのを引っ張り出して着させるがね。
そこまでする気はない。
今回は防御結界で対応するからだ。
そんな訳で防御力より動きを阻害する方が問題ありとなる訳だ。
お陰でビルの言いたいことは分かった。
オセアンが無防備すぎるのが気になって仕方ないのだろう。
防御結界に対する信頼が薄い。
というより強欲リッチに対する過剰評価が未だに続いているようだ。
難儀なものである。
「そうは言わなくていいっての!」
これ以上、繰り返されても面倒なので少し強めに言っておいた。
「うぐっ」
殺気立ったつもりはないが、ビルがたじろいでいる。
自分でもしつこいくらいだという引け目は感じていたのかもしれないな。
それでも生来の心配性な性格が言わせてしまっていた訳か。
面倒見のいいビルらしいと言えばそうなんだけど。
ただ、このままビルをフリーで喋らせても、らちが明かない。
「オセアン」
故に話の矛先を変えるべく呼びかけてみた。
まともに返事ができないなら、まだ心の準備ができていないということになるが……
「はい」
どうにか普通に返事はできるようになってきたようだ。
読んでくれてありがとう。