1705 壁に見えるけどね
古参組のリッチに対する認識をビルに聞かせてみたのだが。
「シャレになってねえ」
俺たちに呆れた視線を送りながらぼやいていた。
「そうか?」
慣れているビルなら、すぐに認識を修正できると思っていたのだが違ったようだ。
「当たり前だろう!」
ガーッと噛みつくかのような勢いでビルは吠えた。
「どうどう」
そう言いながら、両手を前に出して抑え込むようになだめる仕草をしてみる。
「俺は馬じゃねえよっ」
すかさずツッコミを入れられる。
「興奮した馬はこんなことくらいじゃ抑え込めんよ」
普段は超えようとしない柵を巡らせた囲いも軽々と飛び越えるしな。
「まったく……」
ビルが諦観を感じさせる溜め息をついた。
言っても無駄だと悟ったのかもな。
そうこうする間に謁見の間の前に到着した。
結構な距離を歩いた気はするが、あまり実感はない。
なんだかんだと話をしながら移動を続けたことで気がそれたせいだと思われる。
「なあ、賢者様」
ビルが声をかけてきた。
「皆まで言わなくても分かるぞ。
どうしてこんな場所で止まったのか、だろう?」
「ああ、まあな。
休憩するには不向きな気がするんだが」
3方向に廊下が延びているからだろう。
敵の襲撃を警戒する場合、注意を向ける方向が少ない方が楽だからな。
「敵はもう強欲リッチだけだ」
「どうして断言できるんだよ」
呆れた表情を向けられてしまう。
油断しすぎじゃないかと言いたいらしい。
「分かるからとしか言い様がないな」
「えーっ」
疑わしそうな目を向けてくるビル。
「最後に休憩してから、ここに来るまで一度も敵と遭遇しなかっただろ」
「いや、まあそうだけどよ。
あれだけアンデッドを片付けたんだから粗方は倒したんだろうさ」
「粗方じゃなくて、ボスを残して全部だな」
「だからぁ」
ビルは歯がゆそうに顔をしかめた。
「あれだけの数を支配していたんなら護衛もそれなりに──」
「残してないぞ」
ビルの言葉に被せるように言う。
最後まで聞かなくても言いたいことが分かったからな。
この話題に関しては面倒くさいとしか思えないし。
「どうして分かるんだよ」
「何のためにキースたちを先行させたと思っているんだ?」
「む」
たった一言の反論で言葉に詰まるビルだ。
妖精組のことを失念していたのだろう。
「それにしたって、これだけ広範囲をそんな的確に──」
「把握できるんだよ」
「─────っ」
歯噛みしながらビルは声もなく唸る。
「それにしたって相手はリッチだろう」
「だから?」
「追加で召喚したりできるんじゃないのか?」
「無理だろうなぁ」
未だに最も内側の結界を壊せずにいるんだし。
ケータイで言えば電波の届かない状態だ。
死体を必要としないゴーストだって呼び出せるはずがない。
「何でだよっ?」
「謁見の間に奴はいるけど、特別強力な結界で外部から切り離してあるから」
「……………」
ビルが黙り込んでしまった。
反論する言葉を失ってしまったらしい。
とはいえ、その場が沈黙に包まれてしまった訳ではない。
「それは分かったのですが」
今度はカエデが話しかけてきた。
「どうして、こんな何もない場所で休憩するのです?」
不思議そうな顔をして問うてくる。
「ここが謁見の間の入り口前だからだ」
「「ええっ!?」」
カエデだけでなくビルも一緒になって驚いている。
まあ、目の前には壁しかないからな。
「ここが謁見の間の入り口だって!?」
何を言い出すのかとビルが食ってかかってきた。
「ああ」
「ただの壁じゃないかっ!」
俺の返事にヒートアップしたのか言いつのってくる。
何を興奮する必要があるんだか。
ちょっと落ち着けよと言いたくなった。
「落ち着いてください」
俺が言う前にカエデが先にビルをたしなめていたけど。
「むっ」
それで我に返ったビルは短く唸ると引き下がった。
完全に頭に血が上っていた訳ではなさそうだ。
不承不承といった感じではあったがな。
その証拠にビルの表情には大いに不満ですと書かれていたさ。
「それで私にも壁のように見えるのですが……」
ビルとバトンタッチするかのようにカエデが喋り始めた。
再び興奮させないためにと配慮したのだろう。
「強力な幻覚という訳でもなさそうですし」
壁の表面を触って確かめている。
なかなか冷静なものだ。
それを見たビルが自分でも壁の感触を確かめてドヤ顔で振り返ってきた。
口を開けば再び頭に血が上ると思ったのか、何も語りはしなかったが。
「どういうことなのでしょうか?」
カエデが聞いてくる。
「何もないように見えるのは扉を開けられないよう壁に形を変えたからだな」
「「なっ!?」」
カエデとビルの表情が驚愕に彩られる。
「形を変えただって!?」
黙っているのを我慢しきれなくなったのかビルが更に驚きの声を上げる。
「そんなことが可能なのですか?」
カエデがそんなビルを目線で牽制しながら聞いてきた。
「可能だから目の前が壁になっているんだよ」
「それは……」
さすがにカエデも言葉がないようだ。
それはビルも同じだったが。
「錬成魔法を使えば扉を壁に変えるくらいは、どうってことないぞ」
いやいやと古参組の面々が眼前でそれはないと一斉に手を振る。
それを見たカエデとビルがジト目で俺を見てきた。
「ホントだって」
言いながら人差し指で壁を指し示しつつ錬成魔法を使った。
「ほら、こんな感じの扉だった」
そう言って目線で壁を見るように促すと……
「うぉっ、何だぁ!?」
「ええっ、壁がっ!」
CGの動画のように壁が波打つと、うねるように形と色を変えていった。
それは見る見るうちに扉へと変貌していく。
ただ、変化スピードは決して高速とは言えないものだ。
あんまり速いと形を変えたって感じに見えなくなるからな。
まあ、これもそれっぽく見せるための演出だ。
イメージとしては粘土アニメなんかが近いかもね。
あれをもっと高精細で滑らかにしたものだと思えばいいかもしれない。
「「……………」」
そのお陰かカエデもビルも言葉を失って見入っていた。
ビルなどはポカーンと口を開いてしまっていたほどである。
カエデも凍り付いたようになっているところ見ると心理的には似たような状態のようだ。
2人がそうしている間に錬成魔法は完了。
壮麗で上部にアーチを描く両開きの扉が俺たちの前に出現していた。
「「………………………………………」」
壁が完全に扉へと形を変えた後も言葉を失っている。
カエデにとってはもちろんのこと、ビルでさえも同じ有様とはね。
そのせいか古参組が苦笑しながら2人の姿を見ていた。
「「………………………………………………………………………………」」
しばし、その状態が続いたものの復帰してくる様子がない。
そんなにショックだっただろうか。
大したことはないということを証明するためだったんだけど。
スピードは控えめにして魔法の難易度を落としたし。
加えて見た目から威圧感を受けないよう動きを滑らかにもしたはずなんだが。
解せぬ。
やがてシヅカが俺の方へと首を巡らせてきた。
どうするのかと言わんばかりの目をしているな。
まあ、慣れているはずのビルでさえ再起動する様子が見られないんじゃ当然か。
とはいえ俺にとっても想定外なんだが。
まさか、ここまで驚くとは思ってなかったものでね。
「結界で封じた時みたいに一瞬で形を変えた訳じゃないぞ」
目線ではなく言葉で反論を試みた。
「その方がまだマシであったやもしれぬ」
「えー、そうかぁ?」
「一瞬で終わらせれば入れ替えたように見えなくもないからのう」
「あー、そういうこと」
それはそれでショックだとは思うんだけど。
瞬間移動っぽいもんな。
転送魔法はまだ見せていないんだし。
それとも壁がグネグネと生き物のように蠢いて変形するよりはマシなんだろうか?
読んでくれてありがとう。