1699 ビル、受け入れる
オセアンの反応については想像がつかない。
カエデと似たようなものになるのか否か。
人によって受け止め方は違ってくるだろうからな。
とはいえ、分からないものをあれこれ考えている時ではない。
いくら【多重思考】スキルが【高速思考】の上位互換で瞬時に考えられるとはいえな。
ビルのレベルを答えなきゃならんのだし。
テレビのクイズ番組じゃないんだから焦らしても意味がないだろう。
それどころか再びマシンガンを思わせるような喋りを再開させかねない。
止まっている今のうちに告げるのが正解というものだ。
「レベルは78になった」
「ふぁっ!?」
俺がレベルを告げると、ビルは奇妙な声を上げてカクーンと顎を落としていた。
まるでギャグ漫画のようだなと思ったのは内緒である。
「マジでっ?」
ビルは喜色を浮かべながら夢なら覚めてくれるなとばかりに聞いてきた。
レベルが78にアップしたことが本当に嬉しかったようだな。
「マジだ」
こんなことで「冗談でした~」なんて趣味の悪い真似をするつもりはない。
「うおーっ、スゲー」
ビルは興奮気味にガッツポーズを決めて喜んでいた。
「凄いものかよ」
思わず嘆息が漏れる。
勿体ないことをしているからな。
「え?」
どういうことだとビルが怪訝な表情で視線を向けてきた。
「剣にまとわせた魔力を光属性に変化させていれば浄化もできていたんだぞ」
「なっ!?」
一瞬で表情を凍り付かせたビルが仰け反るようにして驚いていた。
「もしかして、俺はもっとレベルアップできていたのか?」
怖々とした様子でビルが聞いてきた。
「もしかしなくても、そうだよ」
「なんてこったぁ」
頭を抱えて自らの失態を嘆くビルだ。
が、すぐに復帰してくる。
大真面目な顔で身を乗り出してきた。
「もしも俺が浄化していたら……」
そう言いかけて身を引いた。
「いやいや、さすがに分かんねえよなぁ」
ビルは苦笑しながら頭を振った。
「悪い、忘れてくれ。
変なことを聞こうとしちまった」
「ビルが最初からグールを浄化していた場合に推定されるレベルのことか?」
「えっ!?」
一瞬だけキョトンとしたビルだったが──
「あ、ああ、まあな」
曖昧な感じで肯定した。
呆気にとられた感じは未だ表情に残っている。
まさか言い当てられるとは思っていなかったというところか。
少なくとも、それについて聞かれるとは思わなかったみたいだな。
「いくら賢者様でも、そこまでは分からねえだろ?」
「どうして、そう思うんだ?」
「いや、どうしても何も……」
そこまで言ってビルの表情が一変する。
「もしかしてマジで分かるとか!?」
「もしかしなくてもマジで分かるぞ」
「なんとぉっ!?」
ビルは飛び上がって驚いた。
「そんなに驚くことないだろう」
「いや、そうは言ってもなぁ」
困惑顔になるビルであったが。
「さすがは賢者さまだよな」
変わり身も早くニカッと笑って受け入れていた。
「で、どれくらいのレベルになっていたんだ?」
「答えてもいいが、先に言っておくことがある」
「え?」
「聞いても後悔するなよ」
「なんだよ、脅かしてくれるなぁ。
別に1や2くらいのレベル差ならいいって」
苦笑いでビルは応じた。
随分と余裕があるじゃないか。
俺は心構えが必要だから忠告したつもりだったのだが、それは伝わっていないようだ。
老婆心なんてものはスルーされるのが運命なのかもしれないと思えてきた。
「今回は一気に5レベルもアップしたんだ」
余裕をかましている理由はそれか。
パワーレベリングとしては微妙すぎると言わざるを得ないところなんだが。
おまけに初期の想定の半分しかレベルアップできていない。
だというのに──
「あんまりセコいことを言ってると罰が当たるってもんよ」
そう言ってからハッハッハと高笑いまでしている。
本当に大丈夫なのかね?
そもそもビルの想定しているレベルが低いのが気がかりなんだよ。
さすがに2桁の差はないけどさ。
果たして聞いた後も余裕の態度をとっていられるだろうか。
まあ、忠告はしたから後はどう受け止めようとビルの責任だ。
ということで推定レベルのお披露目だ。
「最初から最後までグールを浄化して倒していればレベル83になっていたはずだぞ」
「なんですとぉっ!?」
仰け反りながら飛び上がって驚くビル。
そのまま愕然を絵に描いたような状態で固まってしまった。
言わんこっちゃない。
余裕をかました態度をとっているからショックも大きくなるんだ。
致命的とは言わないものの明らかに高をくくったビルの判断ミスである。
これは相当なストレスになったのではないだろうか。
ただ、こちらとしてもそこまで面倒見ていられないさ。
自分で消化してもらわないと。
それにしても、さっきからオーバーアクションが多いよな。
で、驚いた後は──
「それを先に言ってくれよぉ」
情けない声を出して抗議してきた。
「だから先に言ったろう。
聞いても後悔するなと」
「うっ」
言われて思い出したのだろう。
ビルが「しまった!」と言わんばかりの顔をした。
今日のビルはボディランゲージと見紛うようなオーバーアクションに加え表情も豊かだ。
いくら豊かでも農作物じゃないから収穫はできないがね。
オッサン顔の百面相を欲しがる物好きもいるとは思えないし。
え? 蓼食う虫も好き好きだって?
知らんがな。
とにかくビルは己のミスにやり込められる格好となっていたのだ。
自業自得なのでフォローはしない。
ところが、次の瞬間には「ん?」と眉根を寄せたビルが表情を怪訝なものに変えていた。
何かに気づいたようだけど、何だろうな?
「もしかして……」
そんなことを呟いて考え込む様子を見せることしばし。
「その分の経験値はオセアンに行ったのか?」
そこに気づいたか。
グールを浄化したのはオセアンだったことを思い出したようだ。
「もしかしなくても、そうだが?」
それを聞いてどうするのかという問いを視線に込めながら疑問を口にした。
「なら、無駄になった訳じゃないんだな?」
確認するように問い返された。
その表情は確信に満ちているのか穏やかなものだ。
「パワーレベリングをした面子全体で見ればそうなる」
ビルの立場からすれば無駄とは言わないまでもロスしたことに変わりはないがね。
利己的な者なら普通に悔しがるところだ。
が、ビルはそうではない。
「だったら、いいや」
あっけらかんとした様子で言い放っていた。
微塵も損をしたとは思っていないような表情だ。
「まるっきり無駄にしてたんなら、さすがに凹んだけどよ」
ビルはあっさりと受け入れていた。
恩着せがましいことをオセアンに言ったりする訳でもない。
こういうのがビルのいい所だよな。
己のレベルアップで一喜一憂したのはご愛敬ってところか。
何にせよ納得はしたようだ。
ロスした分についてもな。
オセアンに回ったことで無駄にならなかったと喜んでいたりするのは、らしいと思う。
そんなことを考えていると──
「おっと、悪い悪い。
順番も考えずに先に聞いちまって」
ビルがカエデに声をかけていた。
「どうにも待ちきれなかったものでな」
「いえ、順番は気にしません」
言葉通り涼しい顔で応じるカエデ。
3人の新人の中で普段の態度が最も落ち着いているんじゃなかろうか。
実年齢と逆転してしまっているよな。
その割には違和感もそこまで大きなものじゃないんだけど。
ビルとの付き合いはそこそこになるし。
カエデも武王大祭の試合から見てきているからだろうか。
オセアンは見るからに温室育ちって感じだしな。
そのオセアンは未だに夢の中で呆然としたままだ。
レベルが分かるくらいのことで大袈裟な反応である。
俺からすると、どうしてこうなったと言いたいところだ。
読んでくれてありがとう。




