1696 オセアン、黒歴史を作る
いくら本人の魔力をまとわせても、それだけではグールにダメージを与えるだけだ。
ビルの言うように浄化されないのは当然だと言える。
本人が意識すればまとわせた魔力を光属性に変換できるようにはしておいたんだけどね。
それに気づかなかったのは減点ものと言えるだろう。
結果としてグールを倒したのみに留まっていた訳だし。
そこで満足されちゃ困るんですよ。
グールが出てくるまでに考える時間はあったのだ。
俺がどういう魔法を使うのか詳細を聞く時間があったとも言える。
そこから自分なりに考えて対策を練ることはできたはず。
これが初めてのパワーレベリングなら、それも仕方がないかもしれない。
が、ビルは経験者だ。
それに俺と行動を共にして他の荒事も経験してきている。
もうちょっと考えて行動してほしかったところだ。
そんな感じでビルはグールを倒しこそしたが浄化はせずに終わらせた。
今のビルになら浄化も可能なはずなのに。
ハッキリ言って減点ものである。
その分の経験値も入らないしな。
まあ、内臓や体液をぶちまけなかったのでプラスマイナス0ってところかな。
これは断面が焼き切られた格好になっているからなんだけど。
ビルが振り抜いた剣速により生じた結果だ。
ある意味において剣技と言えるかもしれない。
抜剣からの切り上げスピードが切断面に摩擦を生み出していた訳だな。
一般人からすると尋常ではない速さがもたらしたものだ。
いや、カエデにとってもか。
目を見張っていたようだし。
ゾンビと相対している最中だけにカエデも動きを止めることはなかったが。
ビルのレベルからすれば相応ではあるんだけど、かなりの衝撃を受けてしまったようだ。
今回のパワーレベリングで、そのくらいのレベルには到達してほしいんだけど。
オセアンと経験値を折半すればギリギリというところか。
それだけのゾンビがいるということの裏返しでもあるんだけどな。
ただ、ビルには追いつけないだろう。
ビルもまた数が少ないとはいえグールを倒す役割を与えられているからな。
「失敗したなぁ」
ガリガリと頭をかきながらビルがぼやいた。
盛大に溜め息をついてもいる。
「浄化されないんじゃ切断するのは無しだわ、これ」
自分でそこに気づいたか。
ちょっとだけ加点だ。
「分割しちまったら邪魔でしょうがねえ」
ならば、指摘する必要もあるまい。
次をどうするかも自分で考えるだろうし。
「アンデッドなんて素材も取れやしないってのに」
そう言って、またしても溜め息をつく。
どうやらビルは魔石を回収しないつもりのようだ。
不浄だからってことだろうか。
浄化しても魔石は残るから、そういうこともないと思うんだがね。
まあ、気持ちの問題として無しというのは分かる。
「次は魔石の破壊で仕留めるか」
一種の縛りプレイになるがビルなら難しくはあるまい。
一撃必殺を狙うなら特に声をかける必要はないだろう。
魔石がもったいないとは言わないさ。
リッチのような大物ならいざ知らず。
あー、でも強欲リッチの魔石は俺もいらないなぁ。
奴の強欲さがこっちに移りそうな気がするし。
別に呪いがどうこうって訳じゃない。
そんなのは浄化すれば消してしまえるからな。
奴に見せつけられた執念深さに影響されるような気がするってだけである。
狂気に囚われた愚者の記憶を嫌でも思い出させられるからな。
朱に交われば赤くなるってやつだ。
浄化する時、ついでに魔石も分解消去してしまうのが正解じゃなかろうか。
ミズホ国の者であれば欲しがったりはしないだろうし。
事情を知ってなお欲しがる者は強欲リッチの同類くらいのものだと思う。
そういう意味では残して放置することもできそうにないしな。
何に使われるか分かったもんじゃない。
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その後は延々と作業のようなことが続いた。
まあ、オセアンが復帰してきた時に混乱していたが些細なことだ。
操り人形のようにされているのに焦って金切り声を出したってだけだからな。
耳にキーンときたくらいで実害と言えるほどのことは何もない。
ちょうどゾンビやグールの襲撃が途切れたタイミングだったのでね。
戦闘中だったら攻撃をミスるくらいはしたかもしれないが。
それとて魔力を無駄に消費した程度の話で終わっただろう。
結界があるので防御面では致命的なことにはならないんだし。
何の心配もいらないって訳だ。
それが分かっているから誰も慌てたりせず生温い視線をオセアンに送るのみであった。
当人は疲労回復と魔力回復のポーションを渡された後は無言で平常運転に戻っていった。
何事もなかったかのように回復を行ってカエデと何食わぬ顔で交代。
そのタイミングで現れたゾンビに対して黙々と浄化を行っていたのは些か意外だった。
それはもう淡々としたものだったのでね。
失神する前の入れ込みようが嘘のように鳴りを潜めていたもんな。
「賢者様よ」
あまりのギャップにビルが眉をひそめて声をかけてきたほどだ。
オセアンのことが心配になったんだろう。
「どうなってんだ、ありゃ?」
「黒歴史化したんだろ」
「何だ、それ?」
「誰しも思い出したくない過去の出来事のひとつやふたつはあるだろう」
「そりゃあ、あるけどさ」
困惑しながら返事をしたビルが少し考え込んだ。
「つまり、オセアンがさっき荒ぶってたのがそういう状態だと?」
「それもある」
「それも?」
怪訝な表情をしたビルに問い返された。
「金切り声を出して取り乱しかけただろう」
「あー、あれかぁ」
「そっちの方がダメージがでかいと思うぞ」
「む、確かに恥ずかしくはあるか」
「触れてほしくないから黙々と浄化に集中してるんだよ」
「要するに照れ隠しってことか」
「そうだな。
同じ立場なら思い出したくないだろう?」
「……だな」
少し考える仕草を見せてからビルが嫌そうな顔をして答えた。
「そういうのを黒歴史って言うんだ」
「はー、なるほどね」
なんてやりとりはあったが、他に特筆すべきことはなかった。
片っ端からアンデッドを倒していくのみ。
ビルが倒したグールはオセアンが浄化していた。
数が少ないので取り立てて負担にはなっていなかったはずだ。
カエデとの交代のタイミングが少し早まってはいたがな。
そんな具合に雑魚アンデッドの征伐は進められていった。
交代しながらとはいえオセアンにとってはぶっ通しに等しい状態だ。
こういう荒事に慣れていないからな。
交代を待つ間も目の前で戦闘が繰り広げられる状況は心臓に悪い。
妙に力の入った状態で前に出て浄化をしている時より緊張していた。
そんなんじゃ休んでいる意味がない。
食事も間に挟んだが喉を通らない有様だった。
ポーションだと普通に入っていくのにな。
不思議なものだが、指摘して修正できるものでもなかったさ。
必然的に精神的な疲労が蓄積していく。
そんな訳でゾンビやグールを殲滅した頃には立っていられないほど消耗していた。
こればかりは疲労回復ポーションではどうにもならない。
精はあれど根は尽きるとでも言おうか。
最初の頃の入れ込みようとは正反対の状態だった。
皮肉なものである。
「よく頑張ったな」
「どうも……ありがとう、ござい、ます……」
返事をするのも、やっとのようだ。
「おいおい、大丈夫かよ」
ビルが心配して声をかけていた。
「だいぢょ……ぶ、もんだぃ……ない……」
とてもそうは見えない。
返事がままならないどころかフラフラして危なっかしいのだ。
ここが敵地でなかったら倒れ込んで眠ってしまってもおかしくない。
ビルが諦観を漂わせる目でオセアンを見た後、視線を俺の方へ向けてきた。
読んでくれてありがとう。




