1689 次の仕事は
法王も戦っていたとはどういうことなのか。
オセアンは本気で分からない様子だった。
戦うという言葉を厳密に考えすぎなんだろう。
「宗教国家のトップなんだし自力で浄化くらいはできるって。
でなきゃ、とっくの昔に呪いに蝕まれて生きちゃいないだろうよ」
「あ……」
言われて初めてオセアンはそのことに気づいたらしい。
驚きと気恥ずかしさを合わせたような微妙な表情を見せていた。
驚きは法王も戦っていた事実に対してなんだろう。
気恥ずかしさは、そこに思い至らなかったことを恥じているからだと思われる。
だが、その表情を見せていたのも束の間のことであった。
ビシッと背筋を伸ばすと同時に表情を引き締める。
次にすべきことを思い出したからだろう。
「では、これより治癒に取り掛かります!」
やけに気合いの入った様子で法王へと向き直った。
「あー、待て待て、ストップだ」
「え? あの……」
再び困惑顔となったオセアンがこちらを振り返ってくる。
「治癒に関しては俺がする」
そう告げてから治癒魔法をサクッと発動。
ただし一瞬で回復させるような真似はしない。
労るように薄膜をそっと被せるように治癒魔法をかけていく。
1枚被せたら次を被せる。
徐々にそして確実に回復させるためのイメージだ。
法王に負担をかけないようにするには焦りは禁物である。
俺は治癒魔法を使いながら──
「法王は長らく伏せっていたからな」
オセアンに話しかける。
「あっ」
何かに気づいたような顔で軽い驚きを見せるオセアン。
細かな説明をしなくても俺が何を言いたいのか理解したようだ。
ただし、完全な正解ではないだろうけどな。
オセアンはおそらく繊細な制御を要求されると思っているはず。
ただ、それだけだ。
しかしながら俺が求めるものは、それだけではない。
パワーレベリングもするという目的が同時にあるからな。
この場合、今回のような治癒魔法だと経験値の効率がよろしくないのである。
そんな状況でオセアンを消耗させる気はない。
苦手な戦闘をさせることになるが、そこは仕方ないだろう。
だからといって戦いを避けていては何時までたっても強くはなれないのだから。
それに怪我をさせなければ問題にはならないのだ。
そこにだけかまけていると痛い目を見たりするんだけどな。
例えば恐怖心にとらわれている者を無理に敵の前へ出し続けたりとか。
この場合、怖がってまともに戦えないことも充分に考えられる。
それどころか耐えきれずに病んだりすることもあるだろう。
今のところオセアンは大丈夫そうに見えるがね。
敵の本拠地に乗り込んできている状況で気後れもしていないし。
とはいうものの現状のオセアンは法王のことで頭がいっぱいだ。
が、ここから先は気持ちを戦闘モードに切り替えてもらう必要がある。
その時になってみなければ本当に大丈夫かは分からない。
「それよりも、この城の中は敵だらけだ」
そんな訳で俺は敵を強調してオセアンに声をかけた。
前衛職ではないオセアンの戦闘能力は素人並みだろうが、今回に限って言えば問題ない。
そのまま戦ってもらう。
武器が浄化の魔法なのは言うまでもない。
ターンアンデッドで経験値稼ぎをしてもらおうって訳だ。
射程が短いので前に出なければならないのが難点であるけれど。
現状のオセアンだと浄化に集中すると回避や防御はおろか移動も怪しいものだしな。
敵だって動かぬ的になってくれる訳じゃない。
ゾンビは数で押し寄せてくるし。
グールは素早いしときている。
普通に考えれば前衛をさせようとは思わないはずだ。
だが、そこは対策のしようがある。
要は敵が接近できないような結界を構築すればいいだけだ。
風属性だと周囲のものをまき散らしかねないので理力魔法で条件設定を細かくする。
こちらからは何も阻害されないのが大前提。
敵は一定距離から動きを阻害して至近距離では完全ブロック。
ゾンビとグールだけなら防御面はそれで充分だ。
魔法なんて使ってこないからな。
リッチの場所に乗り込むまではそれで行こう。
おっと、やっぱり若干の風魔法も使っておくことにする。
でないとゾンビの腐敗臭がシャレにならんだろうからな。
ゾンビ系の映画やゲームはそういうのをメインで扱ったりしないから失念しやすいのだ。
インパクトのあるシーンとかあっても、それだけじゃね。
ゾンビが大量に押し寄せてくるのに鼻が曲がらないのはフィクションだからだろう。
普通なら臭すぎて呼吸困難になるか動きが鈍ったりするだろうに、そういうことがない。
場合によっては吐き気がこみ上げてきてということもあるはずなんだがな。
まあ、映画やゲームじゃそういうシーンを入れても白けるだけだから仕方ないとは思う。
「あ……」
短く声を漏らしたオセアンは、なるほどという顔をした。
「どうした?」
何か俺が見落としていたようなことに気づいたのだろうか。
「それでこういう場所に法王陛下が保護されていたのですね」
「そういうことだ」
見落としとは違ったので密かにちょっと安堵する。
そういうのでミスが発生するのは怖いからな。
「という訳で、法王の護衛はこのままキースたちに任せる」
「「「「「はっ、お任せください」」」」」
地味な仕事のはずなんだが、やる気満々である。
これも忍者モード効果なんだろう。
ありがたいことだなどと考えていると、浮かぬ表情をしているオセアンが目に入った。
「あの、ここが敵に発見された場合は危ないのではないでしょうか?」
遠慮がちに聞いてくるオセアン。
どうやら不安を感じているようだ。
無理もないか。
城内は敵だらけだと教えたばかりだからな。
「いくら精鋭の方たちが守るといっても、数で押し寄せられたら……」
隠れ潜むのも限界があると思ったのだろう。
もしも発見されたならどうするのか。
そう思ってしまうオセアンの懸念はもっともだと言えた。
だが、それは西方の常識で考えればの話だ。
「ミズホの常識は西方の非常識ってな」
「え?」
俺の言葉にオセアンは面食らっていた。
「オセアンの言う精鋭ってのは西方の基準におけるものだろう?」
問いかけても、それは変わらぬままだった。
そう簡単に復帰できるものではなかったらしい。
「は、はあ……」
困惑の表情で生返事しかできない。
「生憎とミズホ国の場合はそんな程度の低いものじゃないんだよ」
「え?」
困惑の表情をますます濃くしていくオセアンだ。
桁が違うなど想像もしていないだろう。
一方でカエデは固唾をのむようにして聞き入っている。
どんな話が出てくるのかと頭の先からつま先まで全身をこわばらせていた。
「うちでは単独で亜竜クラスを狩れてようやく一人前なんだ」
「え?」
訳が分からないという顔をするオセアンだ。
カエデはギョッとした表情で固まっていた。
予備知識のあるなしで反応が変わってしまうのも無理からぬことである。
オセアンは聞き間違いか何かだと思ったのだろう。
カエデはビルの話を聞いていたが故にそこまでのものなのかと驚愕した訳だ。
で、ビルはさもありなんとドヤ顔で頷いている。
まるで自分の手柄であるかのようにな。
意味が分からんが、そこはスルーだ。
オセアンの方をフォローするのが先決だろう。
「ミズホ国じゃワイバーン程度は脅威でも何でもないと言っているんだ」
同じ言葉を繰り返すよりはと言い方を変えてみた。
「だから、その程度は1人で倒せて当たり前なんだよ」
「え?」
オセアンが発した言葉は先ほどと同じままだ。
ただし今度は困惑が完全に引っ込んでしまっていたがね。
信じられないことを聞いたとばかりに驚愕の表情で固まってしまっている。
「亜竜を1人で……」
声を震わせてそう呟くのが精一杯といった感じであった。
読んでくれてありがとう。