1685 オセアン、発破をかけられる
「皆、よくやってくれた」
そう言ってから妖精組たちの魔法を引き継ぐ。
【多重思考】スキルでもう1人の俺を呼び出しての片手間仕事だ。
担当ごとに呼び出したりはしない。
そんなことしたら、もう1人の俺たちからクレームがつくからな。
単調な仕事を振り分けるなって。
まあ、ひとまとめにしたって疲れるようなことはないだろうし問題はない。
その証拠に妖精組は誰1人として疲れた様子を見せていなかったし。
引き継ぎを確認した妖精組はササッと整列し片膝をついている。
「「「「もったいなき御言葉」」」」
いつもより随分とかしこまって返事をする一同。
普段はもっと軽い感じなのだが、任務中だからだろう。
有り体に言うと忍者モードが入っている訳だ。
ホント、好きだよね。
今更だけど何処かのおちゃらけ亜神に押しつけられたようなものなのに。
元からそういうのが好きでなきゃ、こうまでハマりはしないとは思うけど。
でなきゃルディア様にお仕置きの追加を依頼していたさ。
おっと、脱線している場合じゃないな。
さっそく仕事に取り掛からねば。
「キース、皆に連絡を。
直ちに行動を開始せよとな」
同時に控えている妖精組にも目配せしつつ頷いた。
ここからは微妙な制御を続けるのではなく本気でアタックだ。
といっても、妖精組による総攻撃が始まる訳ではない。
目的は法王の救出と新たな国民たちのパワーレベリングである。
さすがに新入りだけでリッチを倒せとは言わないけど。
「はっ」
指示を受けたキースが自分の倉に仕舞っているスマホを使う。
俺の指示を一斉送信するためなのは言うまでもない。
その間に、俺はノーム法王国全体を覆うように結界を構築した。
これでアンデッドは外には出られなくなった訳だ。
強欲リッチも気づくだろうが、もう遅い。
同時に法王への呪いも遮断したからな。
どんなに呪いを強めようが法王には二度と届かせないぜ。
そんな訳で法王への呪いを完全ブロックしたら、次は解呪&浄化だろう。
「オセアン、解呪と浄化はできるか?」
俺が問いかけると──
「わ、私がですか!?」
驚いた表情で問い返された。
ここで自分に持ちかけられるとは予想していなかったのだろう。
「フォローが入るようにするから心配は無用だ」
「……………」
オセアンの返事がない。
絶句状態で固まってしまっている。
これは法王の生死に関わる大役とか考えていそうだ。
「お~い、聞こえてるかぁ?」
オセアンの目の前で手を振りながら確認する。
聴覚と視覚の両方でアピールすれば、さすがに気づくはずだ。
「あの、聞こえてはいます」
すぐに返事があった。
ということは意識を飛ばすほど悩んだり驚いたりはしていなかったということだ。
「ですが、こんなに強力な呪いを私は見たことがありません」
「だろうな」
このクラスの呪いはそうそうお目にかかれるものではなかろう。
いくら元神殿暮らしの神官だったとしてもね。
普通なら即死してもおかしくないほどの呪いだからな。
だからといって法王が生きながらえたのは奇跡だなんて言うつもりはない。
本人の魔法耐性をはじめとするステータスと精神力の強さもあるはずだからな。
まあ、例外的な存在であるのは確かだ。
オセアンが見たことがないというのも無理からぬところである。
死んだ者を蘇生してほしいと神殿に依頼する者はいないだろうし。
西方では死者蘇生はできなくて当たり前というのが常識だからね。
「だから?」
「えっ?」
俺の問い返しに面食らったように狼狽えるオセアン。
「失敗しても構わないからやれって言ってるの」
「ええっ!?」
「フォローするって言ったろう」
「でででですが、そんな安易にっ」
オセアンは慌てふためくが、俺は有無を言わせるつもりがない。
「とにかくやりなさい。
これは王様の勅命です」
あえていつもとは口調を変えて言ってみた。
ギョッとした目を向けられる。
オセアンだけではなく他の皆からも。
ちょっとしたことなのに実に居心地が悪い。
「えーい、病人を待たせるなっ」
「はっ、はいぃっ!」
泡を食ったようにオセアンが解呪の詠唱に入る。
まだ内包型の魔法を習得していないから、無詠唱にならないのはしょうがない。
まあ、命令したら集中力が一気に高まったので大丈夫だろう。
詠唱に時間がかかるからと焦る様子も見せていないし。
最後の台詞が発破をかけた格好になったのが良かったようだ。
狙ってやったことじゃないんだけどな。
一通りの詠唱が完了し両手を横たわる法王に向けるオセアン。
掌から解呪の魔法が淡い光を伴って放出されていく。
だが、出力は弱い。
法王にかけられた呪いに対して明らかに足りていない。
このままでは失敗してしまうのは明白だ。
ただ、それを最も理解しているはずのオセアンは動揺していなかった。
表情を険しくさせつつも詠唱を続けていたのだ。
解呪の魔法を継続して詠唱することで効果を持続させるつもりらしい。
なかなか考えたものだ。
一気に吹き飛ばそうとすると出力が足りないと感じたからこそ知恵を絞ったのだろう。
出力が足りないなら時間をかけて対抗する。
呪いを受け続けているなら使えない手ではあるが今は完全に遮断済みだ。
オセアンもそれには気づいている。
その時に呪いをかけ続けていたリッチのやり方を逆手にとることを思いついたのかもな。
さすがは、そちらが専門の神官だ。
低出力でも時間をかけて丁寧に洗い流すように解呪していけば、いつかは呪いも解ける。
必要なのは根気と魔力だろう。
根気は集中できているので問題あるまい。
消費する魔力についても考えている。
出力を絞ることで魔力のロスを減らしているのだ。
放出型の魔法は出力を上げるほど無駄にする魔力が増えるからな。
西方の魔法使いの間でも知られていることではないがね。
それでも経験上、感覚的に気づいている者もいる訳で。
オセアンもその口らしい。
ただ、それでも今のままでは魔力不足で解呪に失敗するだろう。
オセアンが表情を険しくさせていたのは、そういう理由からだと思われる。
まあ、今のままならね。
フォローが入るようにすると言った俺の言葉をオセアンは失念しているっぽいな。
それだけ集中力を高めている証拠でもあるのでスルーだ。
ツッコミを入れて失敗されちゃかなわん。
それに現状はフォローしやすくなるから、むしろ好都合でもある。
「やれるな」
俺は妖精組に声をかけた。
「「「「はい」」」」
キース以外の妖精組が返事をする。
同行している面々は何が始まるのかと視線を向けている。
大したことをする訳じゃないんだけどな。
オセアンから漏出した魔力をかき集めて本人に戻すだけなんだから。
他人の魔力を取り込むのは調整などが極めて難しいのだけどね。
集めて本人に戻すだけなら問題なくできる。
4人もいれば、無駄なく魔力操作ができるだろう。
「彼らは何をするつもりだろうか?」
俺の背後から疑問を口にするカエデの呟きが聞こえてきた。
「オセアンから漏れた魔力を回収して本人に戻すんだろうよ」
ビルがカエデに応じている。
カエデに合わせて声を抑えていた。
解呪に集中するオセアンを気遣ってのことだと思われる。
「なんと、そのようなことが……」
本当に可能なのかと言いたいのだろう。
「それくらいは賢者様なら朝飯前だろうよ」
「朝飯前……」
更に驚きを見せるカエデにビルは苦笑した。
「そう驚くことでもないさ。
あっちの面子にとっても、さほど難しくはあるまい。
いずれも俺たちからすれば桁違いの存在だからな」
「ビル殿から見ても、それほどの差があると?」
カエデが驚きをあらわにしながら疑問を口にする。
ビルが怪訝な表情を見せて首をかしげた。
読んでくれてありがとう。




