1683 情報は大事です
晩ご飯が終わり食後の余韻に浸る間もなくサリュースが近寄ってきた。
「どうした?」
何か相談事でもあるのだろうか。
もしかすると法王の容態を確認したいのかもしれないな。
平気そうな顔はしていたが焦りは周囲にまとう空気で感じ取れたし。
「ハルト殿、あとどのくらいで到着するだろうか?」
サリュースが耳打ちするようにこそっと聞いてきた。
やはり思った通りだったようだ。
一刻でも早く到着して解決したいという思いにあふれている。
ただ、情報を伏せているため大っぴらに聞く訳にもいかないんだよな。
「その気になれば、すぐにでもってところだな」
「なっ……」
思わず声が出てしまったのだろう。
サリュースが口元に手を当てて周囲をチラ見する。
そんなに大声じゃなかったんだから気にする必要もないと思うけどな。
今の仕草の方が目立つ気がするんだが。
何にせよ輸送機の移動速度が想像以上だったのだろう。
サリュースが目を丸くさせていた。
「そこまで速いとは……」
唖然として呟きつつも、どうにか落ち着こうと呼吸を整えている。
サリュースを動揺させてしまうとは飛ばしすぎたか。
とはいえ状況が状況だからな。
即応できる方がいいに決まっている。
バスと変わらない速度で飛んでいる間にキースからの報告があったら泡を食いかねない。
残りの距離を全速力で飛ぶとか間抜けにも程があるもんな。
「では、すぐにでも行動すると?」
「いいや、キースの追加報告を受けてからだ」
そう言うと不服そうな目を向けられた。
到着したら、すぐにでも行動すべきだとサリュースは言いたいのだろう。
「焦ると思わぬところで足をすくわれることになるぞ」
「うっ……」
俺の言葉にサリュースが言葉を詰まらせ表情を渋くさせる。
自分が焦っているという自覚はあったようだ。
それでも何かせずにはいられない気持ちが表情に出てしまうのは仕方のないことか。
「気持ちは分からんでもないが、敵の手駒は把握しておかないとな」
「っ!?」
意表を突かれたように驚きを顔に出してしまうサリュースだ。
声はどうにか喉のところで止められたようではあるが。
「先に報告のあった使役しているものだけではないと?」
「元の記憶や技能を失ってしまうような雑兵とは明らかに違うからな」
アンデッドという単語は意図的に避けておく。
サリュースがそうしているのに俺が口にしてしまったら台無しだ。
「魔法が得意だったなら耐性が通常より高かったりもするし」
その知識を生かして対策をしている恐れもある。
宗教国家だとアミュレットとか指輪なんかのアイテムもあるだろうし。
もっと大がかりな魔道具も宝物庫から引っ張り出していることも考えられる。
それをとがめる者は誰もいないからな。
質の悪いことだ。
「なんとなんと……」
「武術の心得があるなら得意な武器を使おうとするはずだ」
「腕前は衰えることもなく、なのかな?」
「むしろ切れを増すこともあるくらいだ。
身体的な衰えとは無縁の存在となるからな」
「それはそれは……」
サリュースはそう漏らすと、唸り声を上げそうな顔で考え込み始めた。
「何か情報があると?」
顔見知りなら少なからぬ情報を持っているだろう。
それがリッチを調伏する上で役に立つかどうかはともかくな。
「ああ、あるともさ」
苦々しさを隠そうともせずにサリュースが言った。
「モートンは強欲だが元から持っていた者ではない。
始まりは一番下で、そこから這い上がってきた人間だ」
「ほう、それで?」
野心を糧にして努力するタイプのようだな。
一般的な宗教家のイメージとは縁遠そうだ。
「若い頃は魔法だけでなく格闘能力でも高い評価を得ていたと聞いている」
西方人にしては元のレベルが高そうだ。
リッチであれば魔法も無詠唱で使ってくるだろうし、油断すると痛い目を見そうだな。
魔法に加えて格闘能力もあるとは意外だったが。
権力につく側の神殿関係者だから武芸とは無縁かと思っていたのだ。
考えられるとすれば……
「元僧兵か」
「その通りだ。
杖術の達人として一時は指導もしていたとか」
「そいつは厄介だな」
冗談めかして言うと──
「何処がだい?」
ようやくサリュースの表情が和らぎ笑みを見せた。
苦笑いの類いではあったけれど。
何にせよ俺が敵のことを厄介だと評したことを、まるで信じていないようだ。
「とてもそんな風には見えないのだよ」
実際にこう言ってくるぐらいだし。
だが、正直なところ元僧兵で杖術の達人という情報は本当にありがたいんだけど。
サリュースの中ではオマケ的な感覚なのかもしれない。
決してそんなことはないことを、もっと自覚してほしいところだ。
生前の技能を使えるということを伝えたつもりだが失念しているのか。
しかも相手はアンデッドだ。
身体能力は死ぬ前より向上しているのは間違いない。
サリュースは相手がジジイだと言ったが、死んでしまえばジジイではなくなる。
肉体のくびきから解き放たれることで魔物としての能力を得るからだ。
パワーもスピードも全盛期をはるかに超えるだろう。
このあたりのことを知っていれば、サリュースも笑ったりはできなかったと思う。
「魔法さえ封じてしまえば終わる訳ではないからな」
まあ、適当に濁しておく。
せっかく心理的な余裕ができてきたのに容赦なくメンタルを削りにいく必要もあるまい。
ただし、スペックの話はともかく実働面のことは話を続けなければならない。
そう考えるとサリュースの心労が和らぐかは微妙かもしれないな。
「むっ」
俺の言葉にサリュースの表情が瞬時に引き締まった。
決して楽観視していないことが伝わったようだ。
「抵抗する時間が長引けば次の手札を切る恐れもある」
自爆覚悟で強力な呪いを放つとかね。
それを言ってしまうとサリュースを更に動揺させかねないので黙っていたが。
「そこまで警戒しなければならないのかい?」
この疑問は先ほどと違って軽口を叩くような雰囲気はなかったけれど。
それでも発言内容から、さほど心配していないと感じられた。
サリュースは俺たちミズホ組を思った以上に高く評価しているようだ。
が、相対的なものが感じられないのはどうなんだろう。
それって際限なく安心しきっているってことじゃないのかと思ってしまうんだよな。
そういうのが油断を生み足をすくわれる元になるんだが。
油断は伝染しやすいし。
窮鼠猫を噛むと言うしな。
決して油断はすまい。
ミズホ組を前面に出して任務遂行させている以上、抜かりがあってはいけないのだ。
過保護云々を言う以前の問題である。
「手札が本人由来の能力だけとは限らないからな」
俺がそう言うと、サリュースの表情が引き締まったものになった。
「何か危険なものを所持していると?」
さすがはサリュース、察しがいい。
できれば敵そのものに対する警戒心も上げておいてほしいところだが。
相手がリッチであるということを失念して……
いや、具体的な正体については言ってなかったな。
ゾンビやグールを使役するアンデッドだという説明はしたけれど。
もしかしたらグールの親玉あたりで認識しているのかもしれない。
昼間にマスゴーストなんかを見ているからな。
そっちの方へ意識や思考が引きずられている恐れはあるのか。
ちゃんと伝えるべきかと思ったが、やめておいた。
下手に具体的な敵の正体を言ってパニックになられても困る。
サリュースなら大丈夫かもしれないがね。
それでもアウトだったら目も当てられない状態になることだってあり得るのだ。
都合良く言葉を濁したようになっているなら、それを利用しない手はないだろう。
念のために気取られないよう【千両役者】スキルを使っておく。
「まあな、そのあたりをキースたちに探らせている」
読んでくれてありがとう。