1681 板挟みを解決するには?
ツバイクたちにどう説明すべきか。
俺が口出しできる問題ではないために後ろめたさを感じてしまう。
サリュースの負担が増すからな。
こんなことなら他の5国連合の面子も連れてくるんだったか。
だとすると今からでも呼んだ方がいいかもしれない。
いや、船頭多くして船山に上ることになりかねないな。
余計な真似はしない方がいい。
下手に取り繕おうとして混乱を引き起こしたんじゃ本末転倒だ。
「アカーツィエ王国の者たちには、どう対応する?」
「悩ましいね」
そう言ったきり、サリュースが唸って考え込み始めた。
「どうしたものか……」
だが、そうそう簡単には答えを出せない。
すぐに諦めてしまった。
そして、溜め息をつくと──
「それは後で考えよう」
スイッチを切り替えるように表情を改めて言った。
思い切りのいいことだ。
問題の先送りでもあるけれど決して間違った考え方じゃない。
もっと優先的に考えるべきことがあるからな。
「そのアンデッドはかなり手強い相手なのだね?」
確認するようにサリュースが問うてきた。
呪いの強さを考慮したのだろう。
弱いはずはないと確信しているように見受けられる。
まあ、リッチだから弱くはないのは確かだ。
同行しているミズホ組からすると強くもないが。
ああ、でもカエデには荷が重いかもな。
単独で挑めば防戦一方になるだろう。
反撃ができるかどうかは微妙なところだ。
リッチの強さは個体差が大きいしな。
ただ、ステータスだけですべてが決まるものでもない。
特に退魔師の戦いはそういう傾向がある。
相性の問題と言うべきか。
アンデッドは退魔師を相手にした場合、弱点をさらけ出しているようなものだからな。
退魔師の攻撃は防ぎきれないと致命傷になるからだ。
向こうだって天敵を前にして、ただの的に成り下がったりはしないがね。
防ぐなり躱すなりはして当然だろう。
あるいは怒濤の攻撃で反撃を許さないか。
おそらく、その形で押し切ろうとしてくるのではないだろうか。
一発逆転の目があるカエデを相手にするなら何もさせないのが向こうの最適解だろうし。
ただ判断材料が少ないため、どうなるか読めないというのが正直なところだ。
オセアンだと1人で対処するのはまず無理だと言えるのだけれど。
浄化で呪いに対抗して何処まで耐えられるかといった具合になるだろう。
マスゴーストでパワーレベリングする前の状態で挑んだなら瞬殺されてしまうと思う。
今は何分ぐらい持つかというところじゃないかな。
リッチの具体的な強さを確認していないから細かなところまでは断言できないが。
インサ組ではどうだろう。
リッチの元に辿り着く前に終わるか。
浄化のできない面々が数で圧倒されてしまうんじゃどうしようもないだろう。
「大量のゾンビやグールを使役するほどにはね」
返答はあえて戦力の比較をしない形にしておいた。
インサ組だけで乗り込めば全滅は必至なんて言える訳がない。
「なんと……」
サリュースが表情を青ざめさせた。
具体性のない返答でも想像がついてしまったようだ。
数で押し寄せるアンデッドの怖さを理解している証拠だな。
あと単体の敵だと思っていたのかもしれない。
「それでは死した者たちは、すべて……」
最後まで言葉に仕切れないほどの動揺があるようだ。
「そういうことだ。
翌朝にはアンデッドしかいなくなるだろう」
「っ!!」
脊髄反射的な反応を見せるサリュース。
ストレートに言わなくても即座に何を意味するのか理解できたってことだな。
歯噛みはするが泡を食ったようになることはない。
「それは今のままではということだね?」
「ああ、一応は呪いを防御する処置はさせてある」
「完全には解呪できないと?」
そんなに強力な呪いなのかと驚きを見せるサリュースだが、それは誤解だ。
「呪いを完全に解呪することは可能だが、それをすると黒幕がどう動くか読めなくてな」
「というと?」
ややホッとした表情を見せたサリュースがすぐに表情を引き締めて聞いてくる。
「法王に執着しているせいか使役しているアンデッドに守らせているんだ」
「なんということだ」
サリュースが頭を振った。
「呪いを解除すれば暴れる恐れがあるのだね」
「そういうこと」
それは周辺国、すなわち5国連合の各国へアンデッドが解き放たれることを意味する。
無差別テロに発展しうる訳だ。
質の悪いことに襲われた者が死亡すればアンデッドになってしまう。
「人質を取られたようなものか」
サリュースが顔をしかめさせながら言った。
「かといって呪いを解かねば法王が……」
更には怒りと苛立ちを隠そうともせずに歯噛みする。
結果的にサリュースは板挟みにあっていた。
法王と5国連合の国民たちが天秤にかけられている状態だ。
どちらを選んでも苦渋の決断となるだろう。
それしか答えがないのであればな。
「そういう時は大本を始末すればいいんだよ」
俺の言葉にサリュースがハッとしてうつむき気味だった顔を上げた。
まるで「天才か!?」と言われているような気分である。
「翌朝までにできるのかい?」
「特に問題はないな。
念のためにキースたちに下調べをさせている」
「ず、随分と余裕があるのだね」
上ずった感じの声になっているサリュースには余裕が感じられなかったが。
「こういうのは慣れているからな」
慣れとは偉大なものである。
別に慣れたいと思ってそうなった訳ではないのだけれど。
気がつけばそうなっていたというところか。
慣れとは経験の蓄積に他ならないから一朝一夕でどうこうなるものでもないしな。
なんにせよ経験に勝る武器はそうあるものではない。
様々な状況を知っていることによって対応力が上がるし。
経験の深さしだいでは、対応する前から先の展開が読めるようにもなる。
予知能力ではないので絶対ではないけどな。
それでも、おおよその時間配分まで見極められるようになったりもする。
イレギュラーにさえ気をつけていれば今回のように御飯を食べる余裕もできたりとかね。
「変に焦ってミスをするより腰を据えて取り掛かった方がいい」
「本当に慣れているのだね」
サリュースが嘆息する。
呆れをにじませた目を向けられてしまったさ。
だけど、そうしていられるのは具体的に俺たちがしてきたことを知らないからだと思う。
知った上でなおその目で見られる余裕があるなら大したものだ。
今のサリュースではたぶん難しいんじゃないかな。
色んな意味で慣れてくれば、あるいはとも思うんだけどね。
「まあ、色々とあったからな」
とりあえず今は詳細を語る時ではないということだ。
「そんなことより、今後の予定だ」
「どうするつもりだい?」
「まず、飯を食う」
「何でだっ?」
すかさずツッコミが入った。
「空きっ腹で戦うとミスが増えるからだが?」
ジト目で見られるが、俺は視線を受け流すだけだ。
やましいことをしている訳ではないからな。
「やれやれ、本気とはね。
ハルト殿も豪胆なことだ」
呆れた様子で頭を振るサリュース。
「そんなことを言われてもなぁ」
本気ではあるが豪胆なことをしようとしている訳ではないのだけれど。
腹が減ると判断力が低下すると考えただけのことだ。
最悪、輸送機ごと転送魔法で跳ぶという手もある。
その場合は外の景色を見せないようにしないといけないが問題ない。
輸送機の格納庫は窓がないからな。
壁面モニターを使わなければいいだけだ。
「とりあえず落ち着けってことだ。
泡を食っても碌なことにはならんぞ」
「うっ」
心当たりがあるらしくサリュースがひるんだ。
「腹ごしらえができたら輸送機で飛んでいって終わらせる」
キースの報告も待たないといけないけどな。
そちらに関してはあまり心配していない。
妖精組の気合いが入っているようだし。
最初の報告を受けた時点で敵に気取られた様子もない。
法王に接触した時点で敵が動かないんじゃね。
読んでくれてありがとう。




