1680 百面相?
ミズホ組だけが先行する状態は勘弁してほしいとサリュースが言う。
事後処理をする身になってくれってことなんだが。
こちらから言わせてもらうと、安全確保する身になってくれということになる。
まあ、どれほど危険かは分かっていないからだろうな。
「我々が到着するまで現場が混乱するのが目に浮かぶようだよ」
引っかき回すだけ引っかき回して後始末をしないと言われれば愚痴りたくもなるか。
気苦労なんて目に見えるもんじゃないしな。
サリュースたちインサ組の負担を考えれば大したものでもないだろうし。
「そいつはどうだろうな」
「おやおや、混乱しないように取り計らってくれるというのかい?」
「それ以前の問題だ。
混乱のしようがない」
「ん? どういうことかな?」
「言葉通りだぞ。
現場が混乱することはない」
「状況は最悪で解決したら何も混乱しない?」
サリュースが疑問を口にしつつ困惑顔になった。
「サッパリ訳が分からないのだよ」
そして嘆息まじりに頭を振る。
まあ、意味不明と判断したのでは無理からぬところだろう。
最悪の状況というものに目星がついていれば話も変わってきたかもしれないが。
さすがに法王以外がアンデッドになっているなど想像もつかないはずだ。
さて、具体的にどういう状況であるかを知ったら、どういう反応を見せてくれるかな?
俺のはぐらかした説明では見当もつかないとサリュースは言っているが。
まあ、察しろという方が無茶なんだけどな。
では爆弾の投下タイムだ。
「法王以外で生きている者が城内に誰もいない」
「なんだって!?」
さすがのサリュースも叫ばずにはいられなかったらしい。
そのせいで周囲の面々からギョッとした目を向けられてしまったけどな。
ばつが悪そうな感じでサリュースは肩をすくめた。
絵に描いたような、しくじり顔になっている。
俺にとっても望ましい状態ではない。
現段階で注目を集めてしまうことは想定していなかった。
まだ肝心な話はしていないからな。
だが、場の状態はリセットされたも同然だ。
これを喧噪に包まれた状態へと巻き戻すことは至難の業と言わざるを得ない。
緊張した面持ちで見守られているような状態になってしまったからな。
これでは、これから先の会話を聞くなと命じても無理がある。
できればピリピリした今の状態で聞かせたくないんですがね。
時間をかけずにワンクッション置きたいところだ。
仕方がないので魔法で対処することにした。
使うのは影渡りである。
サリュースだけを巻き込む形で影の中へと沈み込む。
「おおっ?」
予告なく使ったのでサリュースも驚いたようだ。
が、短く言葉を発した後は俺の意図を読み取ったかのように静かになった。
完全に沈み込むが移動はしない。
「んんっ?」
すぐに変だと気づいたであろうサリュースが短く声を漏らし俺の方を見た。
どういうことかと目で問いかけてきている。
「あそこで大声を出されるのは想定外だったということさ」
「うっ」
珍しくサリュースがひるんだ様子を見せる。
「面目ない」
「いや、俺も配慮に欠けていた。
ワンクッション置いたつもりだったんだけどな」
まだ爆弾を抱えた情報は残っているからな。
サリュースであんな具合だったのだ。
インサ組の他の面子にはノーガードで聞かせられるものではないだろう。
彼らのことをよく知るサリュースから伝えられる方が刺激は少ないと思う。
そう言えばツバイクたちのことを忘れていたな。
まあ、あとで伝えれば問題あるまい。
これはノーム法王国と5国連合の問題だし。
アカーツィエ王国が関与する余地はない。
この件に関しては同行者でしかない。
たとえこれから同盟関係を結ぼうとしているのだとしてもね。
サリュースが協力を求めれば話は別だろうが、そういうことにはならないだろう。
相手が悪すぎるからな。
矢面に立たせて誰か1人でもアンデッドの犠牲になんて事態は避けたいだろうし。
ミズホ組がいる限りそんな真似はさせないがね。
それでも万が一を考えるのは為政者として当然だろう。
国際問題に発展するのは確実だからな。
アカーツィエ王の了承もなしに迂闊な真似はできないしするべきでもない。
王太子であるツバイクが現場で協力を申し出たとしてもね。
そういう判断を下した場合でもサリュースが断るだろう。
国王と王太子では権限と責任にそれだけの差があるということだ。
そうなった時は俺も止める。
アカーツィエ王からツバイクたちのことを頼まれているのだから当然だ。
「あれでかい?」
些か呆れをにじませた感じでサリュースが聞いてくる。
「確かに加減は足りなかったとは思うが、追加情報の方がショッキングだぞ」
「いやはや、何を聞かされるのやら」
サリュースが頭を振りながら嘆息した。
それでも次の瞬間には真剣な面持ちになっていた。
先ほどと違って心構えができていると考えて良さそうだ。
「どうやらグリューナス法王を救出すれば終わる話ではなさそうだが」
「ああ、呪いをかけられている」
「なっ!?」
サリュースが驚愕して凍り付く。
今度は心構えができていたはずなのにこれだ。
突き抜けた感じで予想の斜め上だったのだろう。
サリュースでこれだと先々を考えた場合、頭痛を禁じ得ない。
まあ、インサ組への説明はサリュースに丸投げしよう。
元からそうするつもりだったし問題ない。
「呪いとは穏やかではないね」
眉をひそめるサリュースだ。
「解呪が困難とかなのかな?」
そう問うてくるのも無理はなかろう。
生存者が法王だけなら妨げる者はいないと思うだろうからな。
「敵がいるんだよ。
継続的に呪われていて厄介な状態だ」
「敵だって?」
驚いた様子こそ見せなかったものの今度は大いに訝しんでいる。
現状のサリュースには余裕がないようだ。
今まで見てきた中で考えても意外なほど表情がめまぐるしく変わっていた。
それこそ百面相と言えるほどにね。
インサ組の面々がこの光景を見ていたら、どんな反応をすることやら。
それ以前にサリュースの表情を見ている余裕を無くしてしまうとは思うけどね。
驚愕の情報が耳から入ってくるからさ。
「生存者はいないと聞いたが、その者は除外されているということなのかな?」
「そいつは、もう死んでいる」
何処かで聞いたような台詞だ。
「死んでいるのに呪いを残せるとは……」
サリュースは敵の執念深さにひるんだのかブルッと身震いした。
自分が呪われる立場であったならと考えたのだろう。
「アンデッドだからな」
「なんとっ!?」
サリュースが再び驚愕して凍り付いた。
「これは由々しき事態なのだよ、ハルト殿」
そう訴えかけてくるサリュースは表情をかなり渋くさせている。
「いやいや、これは配下の者たちには聞かせられないね」
サリュースは悩ましげに嘆息した。
それでも、どうにか振り切るように頭を振っていたけどね。
その後は切り替えた様子を見せる。
「ハルト殿の御配慮には痛み入るのだよ」
サリュースが真面目な顔で頭を下げてきた。
そこまでする程かと思ったけれど、よくよく考えると納得できる。
宗教国家にして領土が城壁内までだからな。
醜聞としては特大級と言えるだろう。
そういう意味ではツバイクを影の中に引き込まなかったのは正解と言えそうだ。
ノーム法王国まで連れて行けなくなったとも言える。
少なくとも現場に同行させる訳にはいかないな。
見せなければ誤魔化しようはあると思うが、その説明をどうすべきかは別問題だ。
ある意味、アンデッドどもを始末するより悩ましい問題だと言える。
が、これは下手に俺が考えるべきことではないな。
中途半端に口出しして結果が無茶苦茶になっても責任がとれる訳じゃないし。
後始末だけでなく事前の負担も増してしまうのは心苦しいところではあるがね。
読んでくれてありがとう。




