1678 敵の正体は
「法王はどのくらい持ちそうなんだ?」
俺はキースに尋ねた。
返答しだいでは方針が大きく変わってくるからな。
一刻の猶予もないのであれば俺1人が転送魔法で跳ばねばなるまい。
キースと話していて、そこまでの緊急性は感じられなかったが。
それでも日付が変わるまで持たないことは充分に考えられる。
その場合はサリュースやツバイクたちをこの場に残していくことも考慮すべきか。
少なくともキースたちの応援として何人かのミズホ組を先行させなければなるまい。
『明日の早朝まででしょうね』
法王の命が尽きるタイムのリミットまで半日もないことになる。
どうやら今夜中になんとかしないといけないようだ。
忙しない話であるが、考えていた最悪の状況よりタイミング的には余裕がある方だろう。
ならば、しっかり準備して皆で向かうとしよう。
乗りかかった船を途中で下りる訳にはいかないもんな。
その中でも気をつけないといけないのはイレギュラーの発生だ。
ちょっとした事故で法王が死んでしまっては意味がない。
「脱出は難しいか?」
おそらくは無理だと思いながらも俺はキースに聞いていた。
それによって対応も変わってくるからだ。
第1段階として法王の身の安全を確保したいところである。
脱出させてからなら呪いの完全解除も治癒もどうとでもできるからな。
敵がなだれ込むように襲いかかってくる中では治癒される法王が落ち着かないだろうし。
そのプレッシャーが負荷となって命の幕を閉じたりなんてのは御免被りたい。
『我々だけなら問題はないのですが法王が耐えられないかと』
「そうか」
やはり無理だったようだ。
敵に気取られることを承知で強引に脱出しようとしてもできないらしい。
「無理に振り切ろうとすると反動で法王の体力が持たない恐れがあるといったところか」
『はい、呪いが深く食い込んでしまっていて安全に解除するには時間が必要です』
丁寧に呪いを解きほぐそうとしても癒着するように食い込んでいそうだしなぁ。
だとすると乱暴な解除は諸刃の剣になり得る。
力業で呪いを断ち切ろうとすると本人にもダメージを与えてしまいかねない訳だ。
呪いに長らく縛られていた証拠だな。
深い部分を解呪する際には細心の注意が必要になるだろう。
キースが時間が必要と言ったのも頷ける。
かといって──
「もたもたしていると敵に気づかれて脱出を阻止されそうだな」
ということも考えられるのだ。
呪いをかけた張本人が、解呪されたことに気づかないはずがないもんな。
場合によっては呪いに干渉しただけで察知される恐れもある。
『現状でも厳しいものがあります。
空蝉の術がいつまで持つのか冷や汗ものですよ』
そっちの心配もしないといけないか。
実に面倒な話だ。
思った以上に厄介な状態になっているみたいだな。
それなら、こちらから乗り込んでアンデッドをすべて浄化した方が早いかもしれない。
その場合の法王の安全確保は結界を用いるしかないだろう。
だが、それも脱出に近いものがある。
結界を使うと呪いに干渉する恐れがあるからな。
敵に気づかれるだけならともかく、呪いを受けている法王が傷つくのは避けたい。
これは爆弾処理班の気分が味わえそうだな。
とはいえ、このあたりは対処の仕方で難易度が変わってくる。
呪いをかけたのが誰であるのかが分かっているか否かで大きく違ってきたりもするしな。
「誰の仕業か調べはついているか」
『法王代行の枢機卿がリッチになっていたのを確認済みです』
「あー、そういうこと」
リッチはノーライフキングに並ぶ強力なアンデッドだ。
見た目は黒衣をまとったスケルトンだが何もかもが別物である。
リッチは普通のスケルトンとは違って魔法を使うからな。
中でも闇魔法と死霊魔法を得意としているはずだ。
逆に光属性は使えないのだが。
それと死者をアンデッドとして使役する能力もある。
法王の状態からすると呪いで生きている者までアンデッドにできるようだな。
魔法耐性と物理耐性があって再生能力も強力という厄介な存在である。
しかも生前の技能を受け継ぐから戦闘能力を有していることもあるので注意が必要だ。
こんな具合に雑兵じみたスケルトンとは大違いなのである。
さしずめリッチは王といったところか。
こんなのに自ら進んでなるような輩では暗愚としか言い様がないけれど。
当人は我こそが云々とか自任してそうなのが愚者ぶりに拍車をかけそうだ。
まあ、俺も賢者とか自称してるから自戒しないと同類になってしまいかねない。
『どういう経緯でリッチになったのかは現在調査中です』
「分かった。
だが、深追いはするなよ」
どうしてとかどうやってという部分は絶対に知らなければならないことではない。
皆が危険にさらされないことの方が大事だ。
あんまり過保護すぎると対応力が養われないから現状で手出しするつもりはないけどね。
それに、なんとなくではあるが想像がついてしまった。
法王代行の枢機卿とやらが自ら望んでリッチになったのであればね。
おそらく法王が目の上のコブだったのだろう。
法王がいなければ自分が、とか考えた末にというありがちなシナリオだ。
他国の王族のように世襲制ではないが故に起こりうることでもある。
実力があっても人望がなきゃ法王にはなれないことを理解しようとしなかったのだろう。
わがままで神経質なお人柄が見えるかのようだ。
だとすると、法王には相当な恨みを募らせているのではなかろうか。
誰の目から見ても単なる逆恨みにしか見えないのだが。
当人は正当な行為だとか、奴がそうさせたとか思っていそうで失笑ものである。
だが、これで法王がアンデッドどもに襲われない理由に見当がついた。
要するにリッチとなった枢機卿が恨みの念を呪いにしてぶつけているのだ。
法王が苦しみ抜いて事切れるのを待っている。
そうなってからアンデッドにしないと納得できないのだと思う。
極めて陰険だと言わざるを得ない。
こんなのに正当性の欠片もありはしないだろう。
法王が実は悪者であったとかでない限りはね。
法王に選出されているという事実から鑑みてもその可能性は薄いと思うが。
リッチな枢機卿は周囲が騙されているとか言い張りそうだけど。
前途を語る青年の主張ならともかく、闇堕ちしたリッチの主張など誰が信じるのか。
まあ、次の報告が上がってくるのを待つとしよう。
おそらくは想像通りだと思うけどな。
細かく妄想したシナリオ部分では食い違うかもしれんが大筋はね。
「リッチはそこらの雑兵スケルトンどもとは違って魔法も使いこなすからな」
俺はキースに注意を促した。
探知の網を張り巡らせていることも考えられるしな。
グールやゾンビを使役しているなら、それを目や耳として使っていることもあるだろう。
神経質な奴ってのは臆病なのが多い。
本人が認めることはほぼないけどな。
ただ、そういうタイプは用心深いのも少なくないので注意しておかないといけない。
自分は頭脳派だから用心するのは当然だとかなんとか理由付けする訳だ。
その割に応用は利かなかったりするんだよな。
一度、計画に狂いが生じると焦って短絡的になりやすい。
そうなると嫌っているはずの脳筋のように力押ししかしてこなくなることもある。
計算高そうに見えて臨機応変とは縁遠かったりするとは皮肉なものだ。
だからといって油断していい訳ではない。
ミズホ組の訓練になると思っておけばちょうど良さそうである。
『了解しました』
そこで一旦、通話を切ることにした。
その前に細々した指示を出しておく。
法王の応急処置にポーションを使うようにとか。
目くらましのトラップを仕掛けるようにとか。
その他にもいくつか言ったが、大したものはない。
既にキースたちが自分たちの判断で実行済みのものもあったしな。
それを確認して俺は通話を切った。
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