1676 毎度おなじみの……
霊体モードのローズが笑い転げているのは放置しても問題なさそうだ。
だとするとトモさんに背後から囁かれたオセアンの方を気にすべきだろう。
トモさんのネタが分かったミズホ組としては生暖かい視線を送ることになったけど。
囁かれた当人はそれどころじゃなかったからね。
ローズが霊体モードで飛び出してきたのと、ほぼ同時のタイミングで──
「ひうっ!」
変な声を出してオセアンが飛び上がって驚いていたし。
「なななっ、なんですかぁっ?」
囁かれた方の耳を手で押さえながら勢いよく振り返るオセアン。
「え? 緊張していたみたいだからほぐしてみたんだけど」
さして悪びれる様子もなく、しれっと言ってのけるトモさんだ。
もうちょっと方法を考えてやれないかと思ったさ。
まあ、一声かけるくらいで緊張が解けることはなかったとは思うけどね。
「脅かさないでくださいよぉ」
オセアンは力なく抗議しながらガックリと肩を落とした。
「いいんじゃない?
無駄な力みが消えてるわよ」
「いいのかなぁ」
マイカとミズキがフォローになっているようななっていないようなことを言っている。
力みが抜けたのは事実なので俺は口出ししない。
というより、この状況を利用させてもらおう。
どさくさに紛れる感じで俺は召喚魔法に見せる光属性の魔法をサクッと発動させた。
毎度のごとく、それっぽい光の魔方陣が展開されていく。
大半が特に意味のある術式にはしていないのも、いつも通りである。
召喚魔法の術式のようでいて、そうではないように細工してあるのは言うまでもない。
でないと本当に何かが召喚されてしまいかねないからな。
そうなるとマズいと言わざるを得ない。
何を呼び出すとかの設定はそれっぽく記述しているだけなのでね。
魔力の大きさに釣られて大物が召喚されることも考えられる。
それこそドラゴンとかね。
だから召喚魔法のようでいてそうではない魔方陣もどきにしている訳だ。
簡単に見破られても困るので演出もかねて魔方陣をゆっくりと回転させている。
それだけだと動体視力に優れる者には読まれる恐れはあるけどさ。
そこは解読が難しいように暗号化している。
あと部分的にセールマールの世界の言葉をちりばめて記述して対策している。
日本語と英語をメインにしているが、単語はヨーロッパ各国のものを織り交ぜている。
言ってみれば暗号のチャンポンだな。
そうすることでセキュリティ効果を高めているつもりだ。
ミズホ国民以外に解読されなければいいので、これで充分である。
でもって記述の中には光らせたり回転させたりの術式もある訳だ。
ひとまとまりにはせずに飛び飛びで分散させて記述しているので効率は悪いけど。
ただ、効率よく記述するとショボくなってしまうんだよね。
単なるライトとさほど変わらないもんな。
だというのに複雑な文様や文字が並ぶと、それっぽく見えてしまうので重宝している。
「「「「「おおっ!」」」」」
光の魔方陣を見慣れていない面々から歓声が上がった。
主にインサ組とアカーツィエ組だな。
まあ、アカーツィエ組はすぐに受け入れる感じになっていたが。
「えっ!?」
背を向けていたオセアンが歓声に驚いて振り返り──
「うわっ!」
展開された魔方陣に驚いてオーバーアクション気味にのけぞっていた。
驚いているのはオセアンだけではないけど。
インサ組はまだまだ慣れないようだ。
「大きい……」
「ドラゴンも召喚できそうなサイズだ」
「そういうことを言うな。
本当に召喚されたらどうする」
口々に感想を漏らしているが、いつものことなのでスルーして輸送機を引っ張り出す。
「「「「「おお────────っ!」」」」」
魔方陣の時よりもひときわ大きい驚きの声が上がる。
「これが……」
「空を飛ぶ魔道具……」
「なんと見事な……」
「平城京じゃないよ」
「本当にこんな巨大なものが空を飛ぶのか」
「飛ぶんだろう。
馬なしで見たこともない馬車が走るのだ」
「だが、翼もないぞ。
どうやって飛ぶというのか?」
「分かる訳がないだろう」
最初は呆然とした感じだったが、次第に騒がしくなっていく。
魔方陣の時のように魔法で注意を引く強制キャンセル技も使えない有様だ。
その状況を利用して約1名がインサ組に紛れてボソッと呟いていた。
瞬時に反応して微妙なことを言うよな。
歴史の授業を始める訳でもないだろうに。
おまけに日本の歴史だからルベルスの世界では使えない知識じゃないか。
たぶん条件反射なんだと思う。
害はないのでスルーでいいだろう。
トモさんは受けたかどうかを気にしていないようで1人で悦に入っているみたいだし。
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インサ組の興奮は冷めやらない。
まだ召喚風に輸送機を引っ張り出しただけなんだけどな。
空を飛ぶところを見せれば、どうなることやら。
「逆にこのサイズで翼があっても飛べるのだろうか」
「翼は関係ないと?」
「そんなバカな!?」
「そうは言うが、翼があるとどうして飛べるんだ?」
「何を言っている?」
「鳥には翼があるから飛べると思い込んではいないか。
空を飛ぶ鳥に翼があるというだけのことではないのか」
サリュースを護衛する騎士の1人がなんだか哲学めいた話をし始めている。
結論が出るとも思えないのでスルーだ。
輸送機をずっと食い入るように見入っていたサリュースが振り返ったことだし。
「いやいや、大きいねえ」
感嘆の声を漏らしてくる。
「バスも余裕で飲み込んでしまいそうな大きさなのだよ」
「ああ、格納するぞ。
これは輸送機だからな」
「なんとなんと、それは凄いね」
笑顔で驚きつつパンパンと手を叩くサリュースだ。
それだけ感動したってことか。
なんにせよ誰からも拒否感は感じられない。
これなら飛んでいけそうか。
まあ、外から飛んでいるところをお披露目した方が無難な気はするけどね。
そうなると明日以降ということになる。
輸送機が飛び回っているところを見せづらくなってしまっているが故にね。
光量の問題だから仕方あるまい。
この時期は日が暮れ始めると暗くなるのは早いからな。
ちょっと浮かせるだけなら魔法で明るくしつつ幻影魔法を使えば問題ないのだろうが。
さすがに飛び回らせると、明るくした範囲に過剰反応を示す者が出てきそうなんだよな。
植生魔法の二の舞は勘弁願いたいところだ。
となると、本日のデモンストレーションはバスを格納させて終了するのが無難だろう。
そのまま格納庫内で野営して翌朝にでも飛行を見学してもらうとしよう。
反応が良好ならば乗り込ませて飛んで行けばいい。
そうでない時はバス旅が決定する。
数倍の時間がかかることになるが仕方あるまい。
そのあたりをサリュースに伝えると……
「うんうん、そうするしかないだろうねえ」
特に反対もされずに了承された。
拒絶反応が強い者がいた場合の方針は同じようだ。
無理強いは士気に影響しかねないから、こうなるのはある程度読めていたけどね。
サリュースの興味が勝っていた場合は覆されただろうけど。
「そうならないことを願うばかりなのだよ」
未だにどうして飛べるのかと話し合っているインサ組の方をサリュースはチラ見した。
「たぶん大丈夫そうかな」
そして苦笑する。
根拠が不明な上に微妙な発言であるのが不安を抱かせるのだが。
「希望的観測は抱かん方がダメージが少なくて済むぞ」
そういう風に言ってしまうのも道理だと思わないか?
「ハハハ、問題ない」
だが、サリュースは自信ありげに笑ってみせた。
何か俺には分からない根拠があると言うのか。
俺が首をかしげて考えていると……
「ああ見えて適応性はある方なのだよ」
サリュースが俺の疑問を見抜いたかのように答えるのであった。
読んでくれてありがとう。




