1673 広いか狭いか
植生魔法の範囲がやたらと広いのは木々に移動させる量を少なくするためだ。
可能な限り森林への影響を少なくするためにな。
サリュースとはそのあたりの感覚に大きなズレがあるように見受けられる。
俺の考えるスペースの倍よりも多く確保すると思っていそうだ。
下手をすると十倍とかもあり得る。
俺はそう考えていたのだが……
「大きな街を造成するのかと思うほどだよ」
何か突拍子もないことを言い始めるサリュースさんである。
「ん? 大きな街だって?」
何か変だと思ったのは言うまでもない。
確かに植生魔法は全体で大きな街程度まで範囲指定したけどさ。
確保する場所をサリュースの言うような広さにするつもりはない。
それは全体を少しずつ詰めるように動かして必要な分のスペースを確保するためだ。
森林の植生に影響を及ぼさないようにするための範囲指定である。
故に確保されるのは植生魔法の範囲からすれば猫の額ほどもないと言える。
さすがに輸送機分だけの場所を空けて終わりとはしないけどさ。
バスを駐車させておく必要もあるし。
俺たちが降りて輸送機を外から見て回るスペースも確保しなきゃならんからな。
何よりバスを搬入させる際の移動スペースも必要だ。
それくらいは余裕を持ってできるようにしておきたいので、そこそこは広くなる。
「まさか、この範囲を村と同等とは言わないだろう」
サリュースの表情が真剣味を帯びたものになっていた。
それは大きな街と彼女が言った前後からなんだが。
まあ、規模を考えると無理からぬところではあるか。
こちらの違和感は拭えぬままだが。
俺が確保しようとしているのは村よりは狭いはずだ。
小さな集落くらいにはなりそうではあるけどね。
「そんなに広い場所が必要な魔方陣になるのかな?」
「ん? どういうことだ?」
俺が疑問を口にすると、サリュースは何を言い出すのかという目で見てきた。
「街の規模で魔方陣を展開するなど前代未聞だろうに」
などと言われてしまいましたよ。
お陰でようやくピンときたけどね。
これは植生魔法を使った範囲すべてを魔方陣で使うとか考えてないだろうかと。
まさかとは思うんだが、サリュースの反応の変化を見ると否定しきれない。
そういや、植生魔法で森林をどうするとは説明してなかったしな。
サリュースが把握しているのは、ここから召喚魔法を行うためのスペース確保だけ。
そう考えると、どうやら間違いなさそうだ。
「あー……」
思わず声が漏れ出てしまったさ。
完全に誤解されていたらしいと分かったからな。
認識のズレどころの話ではなかった訳だ。
サリュースはより強力な魔方陣を必要としているなんて考えてしまったのかもしれない。
魔方陣はデカけりゃ凄いものを呼び出せるという風に思われているんだろうな。
だから広大な面積を俺が確保しようとしているように見えたと。
「そうじゃないさ」
植生魔法を使う前に否定しておく必要があるだろう。
動き始めは派手に感じるだろうから仕方ない。
ちゃんと説明しないと「あるぇ?」となりかねないし。
大山鳴動して鼠一匹と言ってしまうと大袈裟か。
一応、確保するスペースもそれなりだからな。
植生魔法の範囲と比べるとショボいけど。
「どういうことだろうか?」
やや困惑の表情でサリュースが聞いてきた。
「森の植生に影響しないよう少しずつずらして場所を確保するのさ」
「ふむふむ」
俺の話を受けて考え込むサリュース。
が、すぐには想像がつかなかったようだ。
肩をすくめ気味にして両手を広げると頭を振った。
「今ひとつ分からないね」
「机の上に物があふれている状態で作業スペースを確保するにはどうする?」
「物を除けるだろうね」
「他に置く場所がなかったら?」
「かき分けるしかないのだよ」
「そういうことだ」
「……ふぅむ?」
例えが今ひとつ分かりづらかったらしく、サリュースが小首をかしげている。
具体性に欠けたのか。
それともイメージが結びつかなかったのか。
いずれにせよ、上手い説明とは言えなかったようだ。
「確保しようとしているスペースは植生魔法の範囲よりもずっと狭い」
「んんっ?」
小首をかしげた状態からサリュースは更に首をかしげた。
その表情には困惑がありありと浮かんでいる。
「ますます分からなくなったのだが」
すまなさそうに言われてしまいましたよ。
「……………」
どうやら例えと現実のシンクロが上手くいっていないようだ。
机に例えたのがマズかったか。
広大な範囲と机じゃ、むしろ当然と言うべきだろう。
どうして気づかなかったと説明を始める前の自分を問い詰めたくなったさ。
今から下手に言葉を重ねると泥沼化しそうだからな。
せめて倉庫と言うべきだったのかもしれない。
もちろん亜空間倉庫ではなく、一般的な意味での倉庫である。
だが、今更だ。
説明し直して上手くいくかどうか。
サリュースは理解してくれるかもしれない。
が、聞いているのは彼女だけではない。
他の面子にも伝わらなきゃ意味がないからな。
「とにかく、だ」
切り替えを促すべく言葉を句切って皆の注目を集める。
「この魔法を使っている場所すべてを空きスペースにして使う訳じゃないんだ」
そこだけは力を込めて説明しておいた。
「ふむふむ、そういうことか」
どうやらサリュースは理解し始めているようだ。
他の面子はダメっぽい人が多いようだけど。
「具体的にはどのくらいの場所を確保するつもりなのかな?」
サリュースが聞いてくる。
「ハルト殿の口ぶりからすると半分以下とかになりそうだけど」
自分の予想も付け加えてきた。
「半分?」
削り方がまるで足りないがね。
当人としては大胆に削ったつもりなんだろうけど。
「いいや、もっと少ないぞ」
「うん? そんなに狭いのかい?」
俺の返答に困惑まじりで聞いてくるサリュース。
これ以上は言葉を尽くしても混乱を招くだけだろう。
現に他の面子は困惑顔である。
互いに顔を見合わせてアイコンタクトで分かるかどうかを確認し合っている者もいた。
全滅だったけどな。
分かるのは古参のミズホ組を除けばビルだけである。
「論より証拠だ」
もはや実践する他あるまい。
「見た方が早いぞ」
そう言って俺は人差し指を立てた。
ジェスチャーでこれから魔法を使いますよって合図のつもりだ。
とりあえず開始の合図にはなると思うんだが、どうかな?
一度ヘマをしてるから、不安がないと言うとウソになるんだよね。
「おおっと、これは見逃す訳にはいかないね」
考えるのを中止したサリュースがバスの窓へと視線を向けた。
「じゃあ、始めるぞ-。
最初は派手だが結果は大したことないから、そのつもりでー」
今度は声に出して予告するのも忘れない。
「「「「「っ!」」」」」
インサ組の空気が一変した。
緩みかけていたものが冷水を浴びせられたように引き締まった感じになっている。
規模だけはやたらデカいからしょうがないか。
これほどの大規模魔法を目の当たりにすることも本来ならなかったはずだし。
やることは地味だけどな。
結果は更に地味になるんだが。
「総員、気を付け!」
呪文ではないが指示を声に出す。
こうすれば見ている者たちも少しは心の準備ができるだろうと思ってのことだ。
俺の指示を受けて森の木々がシャキッと直立したように揺れた。
まあ、深い意味はない。
演出上の問題だ。
ワンクッション置かないと──
「「「「「っ!」」」」」
ビクッとビビっている面子がいるのでね。
サリュースの側仕えの者たちだけじゃなくてアカーツィエ組もだ。
魔法の規模に圧倒されている。
ツバイクとかウルメはさほどでもなかったけど。
この調子では一気に終わらせてしまうのは考え物だな。
手順をひとつひとつ進めていくべきだろう。
読んでくれてありがとう。




