1672 お披露目しようとしたら……
俺はマリカのかわいさに癒やされながら植生魔法を使った。
邪魔な木々をどうにかしないと輸送機を引っ張り出せないからな。
だが、火魔法で焼き払うとかはナンセンスである。
要は場所を確保すれば良いだけなのだ。
確保するスペースよりも範囲を広く設定した植生魔法ならば枝の1本も折らずに済む。
火魔法より何倍もの魔力を使うがどうということはない。
MPゲージ的には1%にも満たない消費量だ。
その程度なら、あっという間に回復するしな。
そんな訳で植生魔法をドン!
森の木々が背伸びしたように少し浮き上がった。
「「「「「何だっ!?」」」」」
インサ組の騎士たちに緊張が走る。
「魔物っ?」
「木の魔物と言えばトレントかっ!」
「大変だ! あんなに大量に発生したのでは」
「フィールドダンジョンの暴走だ!!」
などと騒ぎ出す始末である。
挙げ句の果てにバスの中で戦闘準備を始めようとするし。
どうにか手で制しつつ──
「待った、待った」
慌ててストップをかけましたよ。
そこまで過剰反応しなくてもいいじゃない?
最初に説明しておかなかったのが悪いんだけどさ。
「あれは魔物じゃない。
俺の魔法で森の木を動かすだけだから大丈夫」
「「「「「えっ!?」」」」」
一斉に振り向かれましたよ。
ミズホ組以外の面子に加えてカエデとオセアンに。
一番、泡を食っていたのはインサ組の騎士たちだ。
俺の植生魔法を勘違いしてくれたお陰で騒ぎになりかけたからな。
慌てて止めなきゃ今にもバスから降りようという決死のテンションだったし。
捨て身でダンジョンの暴走を食い止めようとか発想が脳筋すぎやしませんか?
どんなに頑張ろうとしたところで何もできずに一瞬でプチって終了が関の山だってのに。
それ以前にミズホ組の許可なくバスからは降りられないんだけどさ。
もしもダンジョンの暴走だとしたら、この状況で許可を出す者はいない。
無駄死にさせるのが分かっているんだから。
まあ、現状におけるミズホ組の空気は弛緩しきっているけどね。
皆は俺が植生魔法を使ったと分かっているもんな。
あー、カエデやオセアンにはまだ分からんか。
この2人は国民になったばかりなので、まだ操作権限を与えていない。
だからドアの開閉はおろか窓の開け閉めもできない。
操縦できるようにならないと権限は貰えないようになっているのでね。
学校で授業を受けて技術を習得してくださいってことだ。
不便なことこの上ないが部分的に権限を与えたりはしないことにしている。
ちょっとだけというのは、なし崩しの始まりでもあるからな。
あれも認めてくれ、これも認めてくれなんて面倒でしかない。
ならば最初からライセンスなしではダメってことにしておくのが手っ取り早い。
融通は利かないが、そこは今回のような時に責任が伴うと思ってもらう他はなかろう。
そういう意味では慌てる必要はなかったんだがね。
インサ組の慌てぶりに煽られてしまったかな。
俺まで慌ててどうするんだ。
反省せねば。
「ダメだって、賢者様」
大仰に頭を振りながらビルが言った。
深くため息をついてさえいる。
「予告なく本気出しちゃ、こうなることくらい分かるだろう」
「くっ」
言い返せない。
もっともな理屈だったからな。
できれば本気じゃないと訂正したいところだが、それもままならない。
ここで訂正しようものなら、どんな反応をされるか考えるのも恐ろしい。
そのあたりも考慮してビルはあえて「本気」という単語を使ったのだと思う。
配慮を無駄にする訳にはいかないだろう。
それに是が非でも訂正したい訳じゃないのだ。
むしろ誤解された方が好都合と言えるかもしれない。
これから始まる魔法を片手間だと思わせてしまうのは避けたいところだからね。
俺への印象が、より化け物の側になってしまいかねないもんな。
え? 手遅れだろうって?
……そういうのは言わないでほしいものだ。
多分ダメじゃないかなって俺も思っちゃいたけどさ。
もしかしてって、儚くも淡い希望を持つのは悪いことじゃないだろう?
手遅れの感が否めないのは分かっている。
サリュースの側仕えの者たちがビルの話を聞いて震え上がっているもんな。
桁外れとか化け物とかいう単語が彼らの頭の中では渦巻いているんだろう。
あまり想像したくないけどな。
俺の豆腐メンタルには刺激が強すぎるって。
まあ、現実逃避ばかりもしていられない。
今更感は拭えないが、ちゃんと説明しておかないとな。
「とにかく、魔法で場所を確保するだけだから気にしなくていい」
俺の魔法に驚いている面々を安心させようと思って言ったのだけど。
「「「「「────────────────────っ!?」」」」」
卒倒せんばかりに恐れ戦かれた。
「えーっ」
どうしてこうなったとは言うまい。
が、言いたい心境である。
事前に説明しなかったせいで血相を変えられたが、これは仕方あるまい。
それなのに説明したらしたでビビられた。
俺にどうしろってのさ。
「ハハハハハ!」
サリュースだけがなんの憂いもありませんとばかりに声に出して笑っている。
他人事だと思っているからなのは明白だ。
その割に、あまりイラッとしなかったけどな。
先ほどまで自分の巻いた火種を消すのに苦戦していたからね。
アレがなかったら、ムッとした表情を表に出していたと思う。
「これだけの規模で魔法を使えば無理もないよ」
「そうは言ってもな」
「何の目的でそうするのかは知らないが……」
そこまで言いかけてサリュースが思案顔になった。
「そうかそうか、空飛ぶ魔道具をここに召喚するのだね」
うんうんと頷きながら答えを導き出していた。
「その通りだ」
もちろん否定するものではない。
正しくは召喚ではなく倉庫から引っ張り出すだけなんだけど。
そういう体にしておくのは、いつものことだしな。
これについては今更ではあるか。
だから過剰演出ではないと思う。
下準備で警戒しすぎだとは言われそうだけど。
こうまでしたのには一応の理由がある。
そう複雑なものでもないのだ。
街道沿いに輸送機を出すのもインサ組の面々が落ち着かないと考えただけだから。
武王大祭の見物のためにフュン王国に向かっていた面子だけなら気にしなかったけど。
今はインサ組が同行しているからね。
色々あった後で、あのサイズ感に圧倒されかねないのは些か可哀想かなと思ったのだ。
幻影魔法で部外者を誤魔化すのは簡単だ。
ところが慣れていない面々にとっては、それどころじゃないと思うんだよ。
気が気がじゃない思いをする者たちも少なからずいるはず。
そうなればギャーとかキャーみたいな悲鳴を上げて騒ぎ立てても不思議はない。
という訳でこの場所をチョイスした訳だ。
距離もあるし少しばかり騒いでも大丈夫なはず。
街道から騒ぎを聞きつけた誰かが寄ってくるなんてことは、まず考えられない。
故に常駐させている魔法は幻影魔法だけだ。
防音目的の風魔法は使わずに済んでいる。
別に魔力消費をケチった訳じゃない。
面倒くさかっただけだ。
え? これから植生魔法で場所を確保するのに面倒って矛盾してる?
そこは否定しない。
ただ、行き当たりばったりで動いているからな。
面倒と感じたものはしないし、必要と感じたら動くのみ。
それだけだ。
要するに気分の問題なのだよ。
気を遣いすぎて気疲れするなんてしたくないのだ。
「だとしても、やたらと広い場所を確保するんだね」
動き始めた状態の木々を見渡して呆れを含んだ笑いを漏らすサリュースである。
ん? どういうことだ?
少しずつずらしてスペースを確保するだけなんだけどな。
植生魔法で移動させる距離を多めに見積もりすぎだろう。
読んでくれてありがとう。