1669 ビビらせたままって訳にもいかない
どうもサリュースと俺の認識に齟齬がある気がする。
なんとなくだが、竜種の人化が凄いことのように思われている気がしてならない。
確かに特殊な魔法である。
が、人でない存在が人に化けるのはサリュースが考えるほど難しくはないのだ。
マリカもコツを教われば、すぐに人化できるようになったしな。
元の姿に戻るのも難しくないと本人から聞いた。
が、人間種が化けるとなると極めて難しくなる。
化けることができても戻ることができない恐れがあるしな。
画像データを圧縮させるために不可逆変換をかけるようなものか。
見た目は人っぽく戻せても人間種じゃなくなってるなんて怖いだろう?
はやく人間に戻りたいとか願っても無理なんだ。
とはいえサリュースがこのあたりのことを知っている訳ではない。
別の理由で凄いことだと思っているらしい。
「単に見た目を人に寄せるだけではドラゴンサイズの巨人になってしまうじゃないか」
「……………」
そいつは盲点だった。
返す言葉もございません。
言われてみれば確かにそうだよな。
人間サイズになるのが当たり前だと思い込んでいた。
今度は俺の方が固定概念にとらわれていたようだ。
人に指摘しておきながら情けない話である。
「それを人のサイズに収めるなど驚愕に値すると思うのだがね」
サリュースの言葉に必死な様子でコクコクと頷く側仕えの者たち。
今頃になって俺たちの面子の中に竜種がいるかもと考え始めたようだ。
「そこは魔法だからとしか言えないな」
よくよく考えてみれば凄い話ではなかろうか。
サイズ変更の術式が優れているということでもあるからな。
人間が人化しても意味がないので興味がなかったのだけど。
これを応用すれば質量や強度を変えずに自動人形のサイズを自在に変えられるかもね。
ちょっと面白そうなので研究してみるのも面白そうである。
ただ、俺自身がこのまま脱線する訳にはいかないので……
『はいよー、お任せあれ~』
【多重思考】スキルでもう1人の俺を呼び出してやってもらうこととなった。
「そうだった、そうだった」
サリュースが楽しげに笑う。
「上位のドラゴンなら魔法もお手の物だろうね」
側近たちが「上位のドラゴン」という部分で震え上がった。
できれば下級のドラゴンでお願いしますと全身で語っている。
上位の方がより強いのは言うまでもないことだから気持ちは分からなくはないが。
強さだけで単純に考えていると足をすくわれると思うぞ。
実際の危険度は亜竜の方が上だからな。
遭遇率と凶暴性も込み込みで考えればね。
そして亜竜を相手に1人で対抗できない時点で結果はさして変わらない。
脅威の度合いが千と万ほどの差があっても百までしか対抗できなければね。
結局、圧倒されるだけで終わってしまう。
それならば凶暴な千より理性的な万を相手にする方がよほど安全だと思うのだが。
「なるほどなるほど」
側近たちの様子を気にした風もなく納得しているサリュース。
「そういう存在なら理性的に行動できるのだろうね」
そして、さりげなくこういうことを言ってくる。
やや「理性的」の部分を強調していたことを鑑みても側近たち向けに言ったのは確実だ。
「ああ」
俺はサリュースの言葉を短い返事で肯定した。
言い訳じみた説明は不要だ。
ここで長々と語ると逆に嘘くさく聞こえてしまうだろうしな。
大事なのはミズホ国民であるドラゴンが理性的であるということ。
そのことについて問われれば、迷いなくイエスと答えるさ。
シヅカは当然としてネージュをはじめとした人竜組も同様である。
クレールがナマケモノフェチのスイッチを入れた時だけは微妙なところがあるけれど。
まあ、乱暴者に変身する訳じゃないので問題はないだろう。
そんな訳で俺はサリュースの質問にイエスと答えた。
返事を受けたサリュースは側仕えの面々へと向き直る。
「皆の者、安心するがいい」
些か大仰な気もする話しかけ方をするサリュース。
ここから側近たちを安心させようというのだろう。
どうやら俺への問いかけは、この時のための伏線だったようだ。
問題はそれが上手く機能するかどうかである。
まあ、お手並み拝見といこうじゃないか。
サリュースが仕切っているし俺の発案でもない。
口出しは控えるべきだろうな。
「理性的な相手ならば無闇に暴れたりするものではない」
サリュースはそう言ったが、側近たちの表情がほぐれることはなかった。
竜種に対する恐怖心というのは絶対的なもののようだ。
実際に体験した訳でもないだろうにね。
それが分かっているからか、特に気にした風もなくサリュースは話を続ける。
「近衛の騎士が下々に狼藉を働くか?」
そんな風に問いかける。
「宮廷魔道士が魔法を用いて無意味に人を傷つけるのを見たことがあるか?」
具体例を出して考えさせるつもりのようだ。
竜種と比べると微妙に感じるが、そこは仕方あるまい。
「乱暴狼藉を働く愚か者は衛兵に捕らえられるのが常だろう。
その衛兵は近衛はおろか平の騎士にも勝てはしないのだ」
訓練内容からして違うからね。
だが、言いたいことは分かる。
乱暴な奴ほど本当は弱いと言いたい訳だ。
「粗暴な輩に真の強者はいない」
読み通りだなと思ったら続きがあった。
「本当に強い者は理由もなく暴れたりなどしないものだ」
そこまでは考えなかったが、なるほどと内心で膝を打つ思いだった。
最初に近衛の騎士を例えに持ってきたのは何かと思ったが今の台詞につなげるためか。
高潔にして最強と言いたいのだろう。
宮廷魔道士を出したのは少しでも竜種との差を減らしたいが故だろうか。
近衛騎士は強いとはいっても魔法が得意という訳ではないからな。
まあ、側仕えの面々のメンタルにどれだけ影響を及ぼせるかは未知数だ。
俺が言うよりはマシだろうとは思うがね。
自分たちの女王の御言葉なんだからさ。
何にせよサリュースの話は終わった。
それを聞いていた側近たちは、それぞれサリュースの言葉を反芻しているようだ。
「「「「「…………………………………………………………………」」」」」
しばしの沈黙が続く。
側近たちは、ほとんど動かない。
身じろぎくらいはしたがね。
表情も真剣に考え込んだままで大きく変わってはいないので感情が読み取りづらい。
見ようによっては何かに圧倒されているようにも見えるかもな。
別にそんな風になる話じゃなかったと思うのだが。
むしろ怯える側近たちを落ち着かせるための話だったはず。
いや、圧倒されている訳ではなさそうだ。
見た目は何も変わらないように見えたのだが、それ以外の部分で変化があった。
場の空気だ。
張り詰めた感じだったそれが柔らかくなりつつある。
急激な変化ではないために気づきづらいのだけど。
とにかくインサ組が落ち着きを取り戻しつつあるってことだろう。
完全にという訳でもなさそうだけどね。
「さすがは女王様だな」
バフの効果もあるとは思うが、そこは言わないお約束である。
「お世辞はいらないのだよ」
照れ隠しのように苦笑するサリュース。
どうも本気で受け止められていないようだ。
俺としては素直に賞賛したつもりだったんだけどな。
向きになっても言い繕っているようにしか思われなさそうである。
まあ、不快に感じていないなら問題ないのでスルーしよう。
「それはともかく空を飛ぶ方法を聞かせてもらいたいのだよ」
そう言えば、そんな話をしている途中だったな。
ドラゴンで空を飛ぶとサリュースが言い出したことでパニックになりかけたけど。
その答えからすると正解は穏当な方だと思うんだが。
実物を見たらどうなるやら……
読んでくれてありがとう。




