1666 ようやく出発
サリュースの依頼は単なる厄介ごとではないと思う。
無茶振りと言ってもいい気がするんですがね。
もしもオセアンが神官の職を辞していなかったら。
もしもミズホ国民になっていなかったら。
その時は依頼を受けても達成はできなかったのではないか。
決してオセアンの力量を侮っている訳ではないつもりだ。
そう考えるにはそれなりの根拠がある。
法王国にも神官が多くそろっているはずだからな。
であれば治癒魔法の得意な人材も豊富だと普通は考えるだろう。
想定される状況は、それでも治癒しきれなかったのだと考えられる。
その場合の難易度はベリーハードが最低ラインではないだろうか。
となるとオセアンにも難しいのではないかと考えるのは道理というものだと思うのだが。
法王国には名ばかり神官しかいないということでなければね。
ただ、サリュースが指名してくるくらいだ。
だとするとオセアンは治癒魔法において名を馳せているのだろう。
予想を軽く上回るような実力を秘めている可能性があるのかもしれない。
移動中にでもその辺りの実力について確かめておいた方が良さそうだ。
何にせよ日本だと難病指定されそうな患者がいることを想定しておかないといけない。
通常の治癒魔法では進行を遅らせることしかできないとか。
そういう感じじゃなかろうかと思うのだ。
単に治癒魔法を使って終わりという訳にはいかないと思われる。
オマケにネックとなるのはそこだけではないらしい。
強欲なジジイがいるそうだからな。
サリュースが問題ありとして言ってくるくらいだ。
相応に地位のある人物なんだろう。
となれば、治療にも難癖を付けてくるものと思われる。
妨害も視野に入れなきゃならないんだろうなぁ。
面倒事の予感しかしないんですが?
そうなると下調べが重要になってきそうである。
相手がどんな手を得意としているのかとか。
どういう手駒を持っているかとか。
あれやこれやを調べ上げて全部封じてやるぞ。
ならば【多重思考】スキルでもう1人の俺を何人か呼び出す必要が……
いや、調べるだけなら誰かに任せるのも手か。
お手伝い第2段になるかな。
時間がもったいないのでクジ引きはしない方向で。
人選は悪いが独断で決めさせてもらおう。
最初のお手伝いにあぶれた面々をメインにすれば不公平感は薄れると思うんだが。
奥さんたちはパスの方向で。
クジに漏れてもあんまり残念そうじゃなかったのでね。
「キース」
俺は呟くように妖精組のリーダーを呼んだ。
「はっ、ここに」
ハスキー顔のハイパピシーがシュパッと参上して膝をつく。
まあ、今は人化してるので厳ついオッサンにしか見えないけどな。
そのキースは任務を仰せつかるのを心待ちにしているといった風情である。
お手伝い枠から漏れたことでウズウズしているようだし、ちょうどいいだろう。
簡単すぎて拍子抜けなんてことになるかもしれないのが唯一の懸念材料ではあるが。
まあ、任務の内容を知れば過度の期待はしないだろう。
「皆で先行して情報収集を頼む」
頭数は必要ないとは思うけど、妖精組全員で行ってもらった方が楽だ。
主に後々の仕事の割り振りとかを考える手間とかの面で。
「心得ました」
「基本は5人1組だ。
どういう状況であっても必ず2人以上で組ませろ」
そこまでする必要があるのかとツッコミが入りそうな警戒ぶりである。
頭数が増えると相手側に気取られる恐れも高まるが、その点は心配していない。
可能性として考えると1割にも満たないだろう。
それよりも万が一の危険に備える方が大事である。
え? 警戒しすぎ?
俺もそう思うけど、こればっかりは止められないのだ。
何度も言うようだけど[過保護王]の称号を持っているのは伊達ではないのである。
あと皆で行かせた方が依怙贔屓感が薄れるので俺のメンタルにも優しい。
なんか、ますます言い訳くさくなるけどな。
「徹底させます」
「では、行け」
「はっ」
目の前に来た時同様にシュパッと一瞬で移動するキース。
妖精組をまとめてササッと行動を開始していた。
「「「「「……………」」」」」
唖然とした様子を見せるミズホ組以外の面々。
あと新規に国民となったカエデとオセアンも。
更に後から国民になることを了承したビルは平常運転だったが。
まあ、このあたりは付き合いの長さの差ではある。
驚いている面々も、そのうち慣れるだろう。
面倒なのでフォローはしない。
「それじゃあ出発するぞ-」
「「「「「おーっ」」」」」
ミズホ組から返事があった。
その声に呆気にとられていた者たちが我に返る。
それを狙っての掛け声だったんだけどな。
いちいち銘々に声をかけて復帰などさせていられないのでね。
もたもたしてると到着前に依頼の件にかかわる面倒事が解決してることだってあり得る。
そのためにキースたち妖精組の大半を情報収集のために先行させたからな。
スピード解決は大事ですってね。
そこまでしておいてキースたちを待たせたんじゃ意味がない。
そんな訳だから俺たちも5国連合の面々と挨拶して早々にバスに乗り込む。
点呼が終了すれば出発だ。
バスが走り出すと野次馬たちが騒いでいたようだがスルーした。
防音してるから、そちらを見なければ気にならないし。
向こうの移動手段でバスを追い続けられるはずもないからな。
残されたハイラントたちが質問攻めにあうこともないだろう。
王族相手にそれができる訳もない。
俺たちは安心してかっ飛ばせるというものだ。
「いやいや、呆れるほどの速さだね」
窓の外を流れる風景を目の当たりにしてサリュースが目を丸くしている。
「馬車がよちよち歩きの子供のように思えてしまうよ」
「大袈裟だな」
思わず苦笑する。
まだ全速力にはほど遠いのだと知ったら、どんな顔をするか見物だな。
これでも馬車の倍程度に自重したのだ。
バスの噂が広まるのはしょうがないとしても乗ってる面子の方がね。
サリュースは楽しげにしているけれど側仕えの者たちの表情が硬いのだ。
ツバイクの時は山岳地帯なので最初はスピードを控えていたし。
徐々に慣れてきたので平地ではそれなりの速度を出したけど。
今回は最初から平地だけど不慣れな者たちに合わせた方が良いだろう。
目を回して乗り物酔いになられても困る。
特に食べ物のリバースは勘弁願いたい。
そんな訳で落ち着くまでは控えめでいくことにしたのだ。
「そんなことはないと思うがね」
サリュースに苦笑で返される。
「この巨体でというのが二重の驚きなのだよ」
「あー、そういうことか」
大きいってことは重いということだ。
馬車なども大型化すれば馬への負担が増して遅くなる。
多頭引きにして重さを分散させようとしても限度があるしな。
まあ、馬車であればね。
バスはホイールそのものがモーターである。
細かい話になると長くなるので色々と割愛するが進みやすさが違ってくるのだ。
車輪を直に回すのと馬が引く場合では前者の方が効率がいいとだけ覚えておけばいい。
それに加えてトルクも馬とは比べものにならない。
ホイールを回転させる速さも西方人には理解しがたいものがあるだろう。
「これが普通の馬車サイズでも信じ難いところだがね」
両手を広げておもむろに頭を振っている。
驚きを通り越して呆れていると言わんばかりだ。
「車輪は想像以上に小さかったし。
おまけにやたらと太いと来ている。
私の常識が音を立てて崩れ落ちてしまったよ」
力なく自嘲気味な笑みまで漏らしている。
挙げ句の果てにと言うべきなんだろうか。
呆れの先に別の感情表現があるとも思えないのだが。
もしかすると何もかもが抜け落ちた茫然自失状態になってしまうのかもしれない。
復帰させる手間を考えると頭の痛い話になりそうだ。
それは勘弁願いたいところだね。
読んでくれてありがとう。




