1661 お手本の時間
マスゴーストの強さはカエデの予想以上だったようだ。
それでも折れずに悔しさを噛みしめている。
修行の旅を続けてきたことで精神力が鍛えられていたのだろう。
神殿暮らしの長かったオセアンとは、そこで差が出たというところか。
単に齢を重ねただけでは人として強くなれる訳ではないってことだ。
とはいえ、油断するのはよろしくない。
カエデも強がっているだけで内心ではギリギリの状態ということもあり得る。
バフは控えたが言葉でフォローしておくとしよう。
「俺の見立てを崩して奴の力を半減させたのは奮闘したと言えるだろうよ」
さすがに胸を張れとは言えなかったけど、褒め称えたい気持ちに偽りはない。
カエデもオセアンも力なく笑うのが精一杯だったけどな。
疲れているのもあるだろう。
が、ここで終わりじゃないのだ。
マスゴーストを滅した訳ではないし。
パワーレベリング自体はさせられないが2人ともぶっ倒れた訳じゃない。
最期まで見届けることはできるさ。
何より、お勉強タイムはここからだ。
と、その前に済ませておかなきゃならんことがある。
今のままじゃ2人とも見学もままならん恐れがあるのでね。
俺は懐に手を突っ込んだ。
その状態で倉庫からグミポーションを引っ張り出す。
でもって懐から手を出すと、あら不思議。
そこから取り出したように見えるって寸法だ。
……うん、わざとらしいな。
とにかく引っ張り出したふたつの塊をカエデとオセアンに放り投げた。
放物線を描いて飛んで来たそれを片手で易々とキャッチするカエデ。
あわあわしながら危なっかしくも両手と体を総動員するようにして受け止めるオセアン。
「これは何です?」
余裕を持って受け止めたカエデが聞いてきた。
怪訝な表情を見せている。
固形物であるが故にポーションだとは気づかなかったのだろう。
この状況で渡されるものに無駄なものなどないと理解してはいるだろうけどな。
「包みを解いて食べておけ」
俺は質問には答えずに指示した。
「はあ」
生返事になるも指示には従う様子を見せるカエデ。
包みからグミポーションを取り出し、しげしげと眺めた。
未体験の触感に何か思うところがあったのかもしれない。
それでも一口サイズであることもあってか口に放り込んだ。
そして咀嚼する。
次の瞬間、カエデが大きく両目を見開いていた。
「────────────────っ!?」
口を開くこともできずに声にならない悲鳴を上げている。
「梅干し味は初めてか」
酸っぱさに顔をしかめながらカエデは頷いた。
「それは疲労回復の効果があるポーションだ」
「んーっ!」
そういうことは先に言ってくれと表情で語りながら唸り声で抗議してくるカエデ。
「スマンスマン、先に酸っぱいと言うとなかなか口に入れてくれないと思ったのでな」
現にオセアンの手が口の手前で止まっている。
カエデの思わぬ反応に驚いたせいだろう。
そして、それが決して過剰反応でないと察すると動けなくなってしまったと。
唖然とした表情なのか食べかけた状態で固まっただけなのか口が開きっぱなしだ。
結構間抜けな絵面である。
「ちゃんと食べておけよ」
オセアンに言っておく。
いつまでも固まったままでいられては困るのだ。
「マスゴーストが滅されるところを見届けてもらわなきゃならんからな」
そう言うと、引きつった表情を見せたオセアンがゴクリと喉を鳴らした。
そこまで覚悟しなきゃならんものでもないと思うんだが。
酸っぱさがキツめというだけで激マズの青汁じゃないんだから。
どうにか意を決したらしいオセアンがギュッと目を閉じる。
そしてグミポーションを口に放り込み噛んだ。
「──────────────────────────っ!?」
初めての味にオセアンがカエデ以上に身もだえした。
顔はしわくちゃで、梅干しを想起させてくれたさ。
ここまでやってくれると不謹慎だが笑ってしまう。
まあ、俺だけじゃなかったようなので不可抗力だと思いたい。
あとで一応は謝っておくとしよう。
とにかく、効果は抜群だから我慢して食べてもらわんとな。
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一息入れた後俺はルーリアを指名した。
「はい」
静かな所作でスッと前に出てくる。
あれこれ指示を出さずとも何をすべきかは理解している返事だった。
ルーリアは一礼するとマスゴーストに向き直る。
と同時に構えをとりながらスラリとミズホ刀を抜き放った。
「っ!」
カエデが息をのむ。
オセアンは無反応だ。
剣士として何か感じるものがあったというところか。
だが、感心している場合ではない。
ルーリアは既に構えを終えている。
カエデたちに見せるため、これでもゆっくりやっている方だ。
でなければ抜刀した直後に終えていただろう。
やはり、してほしいと思ったことを理解してくれているな。
さすがは俺の奥さん。
これも阿吽の呼吸と言えるのかね。
ちょっと違うな。
とにかく、カエデたちが勉強できるように配慮してくれたことに感謝だ。
「行きます」
ルーリアは静かに予告する。
次の瞬間には──
ヒュヒュン
軽く空を切り裂く音がした。
予備動作も何もない。
「え……?」
呆然とした面持ちのカエデ。
何をしたのか見えなかったようだ。
無理もない。
魔力を練る様子もなく刀を振るった様子も見られなかったのだから。
しかも、斬撃波が飛んだ様子を確認できなかった。
それでもカエデが反応したのは空を切る音が刀によるものだと気づいたからだろう。
カエデ自身にとっても馴染みの深い音だからこそかもな。
だからこそ何をしたのか見えなかったのが衝撃的だったのだと言える。
何にせよカエデの反応は予測の範疇だった。
今は呆然としているが、これが近い将来の目標となる。
些か高すぎるとは思わなくもなかったものの反応はできていた。
剣を振るう音に馴染みがあったからこそなんだけど。
故にオセアンなどは、まるで気づいていなかった。
パチン
納刀する音を耳にして──
「は? えっ!?」
などと初めて困惑の声を発して驚いていたくらいだし。
その間に自分の役目は終わったとばかりにルーリアは月影の面々の元に戻っていく。
愛想の欠片もないのは人前だからだな。
相変わらずのクーデレさんである。
「終わりだ」
ルーリアの代わりに俺が2人に告げる。
「え?」
呆然とした面持ちのオセアンが、よく分からないと言いたげな顔で声を発した。
次の瞬間、マスゴーストの表面に光のヒビが縦横無尽に走る。
「なっ!?」
カエデが驚愕に目を見開いて短く声を発した。
一体、何時どうやって斬撃波を飛ばしたというのか。
それほどの剣速だったとでも?
あり得ないという思いが湧き上がるのに、そうとしか考えられない。
見えないほど小さな斬撃波が飛んだのかとも思ったが違うだろう。
威力が桁違いだからだ。
それも信じ難い。
それほどの魔力を何時の間に練り上げたというのか?
構えてから剣を振るうまでの間は短かったはず。
本来であれば意味をなさぬであろう短い言葉の中にそれらの疑問が集約されていた。
それを知りたければ修行を積んでレベルを上げることだ。
カエデが驚き疑問を抱く間にヒビから金色に輝く炎が吹き上がった。
金色の炎は瞬く間にマスゴーストを包み込んでいく。
「「「「「グゥオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォォォォォォッ!」」」」」
今まで以上の鋭さを感じさせる絶叫がほとばしった。
あまりのうるささに5国連合の面々やアカーツィエ組は耳を塞いだほどだ。
ミズホ組は自前の魔法で耳をガードしている。
まあ、それもすぐに必要なくなったけどな。
ノエルが結界に音を減衰させる効果を付与したからだ。
とはいえボリュームを下げただけで完全に相殺はしない。
無音になると、それはそれで迫力がなくなるのでね。
滅した後で実感が伴わない恐れも出てくるしな。
夢かと思われかねない訳だ。
実感させるために手間が増えるなんて面倒で困りものだろう?
読んでくれてありがとう。




