1660 パワーレベリングおわる?
カエデとオセアンのコンビネーションアタックを止めた。
オセアンの限界が近かったからな。
「「「「「オオオオオォォォォォォォォ──────────ッ!」」」」」
反対にマスゴーストの勢いが盛り返したのは言うまでもない。
自由になったことで激しく暴れ回っている。
かなり怒り狂っているようだ。
HPを半減させられちゃ無理もないけどな。
弱ったはずなのに、よくやるよ。
結界への体当たりはしなくなったがね。
現状では結界にぶつかるだけでHPが削られるはずだ。
それを本能的に理解しているのだろう。
「あれには、まだまだ余裕があるようですが」
カエデが構えは解かずに首だけをこちらに向けて言ってくる。
半ば抗議のようなものだろう。
だが、そんなことを言っても無駄だ。
俺の目は誤魔化せないぞ。
奴に余裕があっても君には余裕がないだろう。
だから言ってやったさ。
「それで斬撃波はあと何回使えるんだ?」
カエデも結構ギリギリのところまで来ていたのだ。
根性で持たせているオセアンよりマシという程度にすぎないのが現状である。
これ以上、パワーレベリングを継続するのは良くないだろう。
オセアンはリタイア確定だしな。
カエデは無理をすれば、しばらくは継続できるだろうが効率はガタ落ちになる。
マスゴーストを押さえつける支援役がいなくなるからなのは言うまでもあるまい。
奴は今も不規則な軌道で飛び回っている。
カエデでは斬撃波を命中させるのは至難の業だろう。
オセアンの代わりに誰かが補助しても構わないが、それだと別の問題が浮上する。
討伐終了後に得られる経験値に差が出てしまうのだ。
2人とも2桁レベルだからバカにならない差になってしまう。
ただでさえオセアンの方がレベルが低いのに、ますます差が広がる訳だ。
それは好ましくない。
次回以降のパワーレベリングを別々にするようなことはしたくないからな。
バランスを考えれば、今がやめ時である。
だからこその指摘を含んだ質問だった。
「─────っ!」
カエデの表情に動揺が走る。
今まで涼しい顔をしていたことでバレていないと思っていたようだが。
甘い甘い、たっぷりのハチミツをくぐらせたイチゴジャムより甘い。
……ちょっとゲテモノな例えをしてしまったか。
実際にそんなものを食したことはないので本当に甘いだけで済むかは不明だ。
もしかすると、ただマズいだけかもしれん。
とにかく甘いと言いたいのだよ。
修行が足りんとね。
「お見通しでしたか」
自嘲気味に小さく笑みを浮かべるカエデ。
俺は肩をすくめながら首肯した。
まあ、既にマスゴーストの方へ向き直っているカエデには見えないんだけど。
「当然だろう」
だから言葉でもカエデが発した確認の言葉を認めた。
「斬撃波の威力が落ちてきていたからな」
理由付きでな。
「連発し始めた時と比較すれば8割くらいになっていたぞ」
「それは……」
「言っとくが、途中からロスを減らそうと9割くらいに落としていたのも知っている」
省エネ運転をしていたなんて言い訳はさせないさ。
まあ、省エネなんて単語は知らないだろうけど。
実際にカエデがそういうことをしていたのは知っている。
フルで斬撃波を放つ時に少し多めに魔力を乗せてしまっていたからな。
最初の単発で放った斬撃波はそういうロスがなかったのだけど。
連発する間隔を短くするために制御が雑になっていたせいだ。
10回で1回分のロスは小さくない。
それ故か本人も途中でロスに気づいていた。
連発の間隔がそこだけやや間延びしていたからな。
ただ、カエデはロス分を多い目に見積もってしまったらしい。
カエデの実力があればロスなしのフルで連発できるはずなのだ。
些か動揺しすぎではなかろうか。
ひたすらに斬撃波を放ち続けるという経験がなかったせいかもしれないが。
俺はあえて止めるまで口出しはしなかったけどね。
こういう経験も後に生きてくると思ったからだ。
それに省エネで対応したのは悪い判断ではないしな。
無駄弾を撃つより、よほど賢い選択である。
ベストではないがモアベターってところか。
状況に合わせて、そういう選択をするのも大事なことだ。
無茶をするよりもずっと良い。
そうしていなければオセアンよりも先にリタイアしていたかもしれないしな。
ただ、それでも連発すれば疲れが出てくる。
魔力の乗せ方が徐々に落ちていたので誤魔化しようがない。
集中を乱しかねない状態なのはカエデもオセアンとさほど変わらなかった訳だ。
魔力残量がきわどくなってくると集中力の低下を招きやすくなるからな。
程度の上ではオセアンの方が酷かったけど。
カエデは集中がしづらくなり始めたくらいだろう。
「見ただけで、そんな細かなところまで分かってしまうとは」
カエデは呆れるやら驚くやらだ。
そして嘆息すると、おもむろに頭を振った。
両手の小太刀を納刀して俺の方へと向き直る。
「残念ですが──」
悔しげに顔をゆがめながらカエデが口を開いた。
「私たちでは倒しきれそうにありません」
それは仕方ない。
端からそこまでできるとは考えていなかったしな。
むしろ奮闘した方である。
当人は気づいていないようだが。
「何とも不甲斐ないものです。
倒せずとも弱らせるくらいはと意気込んだのですが」
嘆息し肩を落とすカエデ。
「仕方ありません」
オセアンが遠くを見るような目をして言う。
「私も実力不足を思い知らされました。
神殿にいた頃は浄化の祈りには自負があったのですが……」
視線を戻して嘆息するオセアン。
「世の中は広いものです。
あのようなものが身近に存在したのですから」
「私もあのようなゴーストは初めて見た」
カエデがオセアンの言葉を肯定するように言った。
修行のために放浪の旅を続けてきたカエデの言葉には重みがあるよな。
「だからこそ修行がまるで足りていないと痛感させられた」
ギリと歯噛みする。
「何のために旅に出たのか。
こういう時のためではなかったのか」
そう語るカエデの瞳は怒りに燃えていた。
それは己自身に向けられたものだ。
「本当に不甲斐ない。
あれをまともに弱らせることもかなわなかったとは」
絞り出すような声を出してカエデは言った。
本当に自己評価が低いね。
そこまで低くする必要はないと思うんだが。
やはりマスゴーストへ与えたダメージの見積もりを損なっているのが大きいんだろう。
まずは、そこを修正する必要がある。
「そんなことはない。
マスゴーストは半分くらいまで弱らせたからな」
正確なダメージを告げた。
「半分、ですか」
にもかかわらず落胆した表情を見せるカエデ。
オセアンは今にも気を失いそうな遠い目をした。
2人とも半分では不服なようだ。
「そう落ち込むな。
最初は3割から4割の間くらいを削れれば上出来だと思っていたんだぞ」
「「っ!」」
絶句する2人。
オセアンは一気に表情を青ざめさせた。
今更ながらマスゴーストに恐れを抱いたか。
魔力が枯渇する寸前まで奮闘したことによる疲労が一気に噴き出したのもあるだろうが。
その両方が入り交じっているにせよ、そこまでの存在だと認識していなかった訳だ。
あとでケアが必要になるかもしれん。
とりあえずは気持ち程度にバフをかけておく。
トラウマになっても困るからな。
一方でカエデの反応はというと──
「……それほどの相手だったとは」
表情を硬くして、そんなことを呟いていた。
俺の当初の見積もりを聞いて驚きはしたものの精神的に立て直す余裕はあったようだ。
ただ、悔しさは消し去れないようでギュッと拳を握りしめていたけどな。
とはいえ何処までも落胆するような様子は消えている。
どん底状態から戻りつつあるなら、今はそれで充分だろう。
バフは必要あるまい。
悔しさが薄れれば向上心も目減りしそうだしな。
読んでくれてありがとう。




