1659 パワーレベリングは続く
マスゴーストを浄化して成仏させるにあたって問題がひとつあった。
奴の方にある訳ではない。
問題があるのはオセアンの方だ。
戦闘経験のなさから無様をさらしたようなものだからな。
それだけならばともかく今ので体外に展開していた魔力を無駄に喪失したのがね。
驚いた拍子に集中を乱して保持できなくなったのだ。
放出型の魔法は体外に魔力を常時展開させているから、こういうことが起きやすい。
MPゲージで見れば大したことはないので致命的とまでは言わないが。
とはいえロスはロスである。
できれば少しでも多く経験値を稼がせたい時にロスしてしまうのは勿体ないところだ。
それに今の状態だけで見て大きな問題にならなくても、これを繰り返すようでは話は別。
塵も積もれば山となるのは言うまでもあるまい。
注意が必要だ。
ちなみにオセアンの集中が乱れたのはマスゴーストの精神攻撃が命中したからではない。
確かに奴は呪いの塊をオセアンに向けて放ちはした。
オセアンには見えていなかったようだがミズホ組には丸見えだ。
もちろん、ノエルがそんなものを通すはずもない。
「油断しすぎだぞ、オセアン」
それが原因である。
具体的には──
「カエデの攻撃が命中するからと気を緩めただろう」
ということだ。
やはり場数を踏んでいないのは、こういうところで影響するよな。
「はい」
素直に認めるオセアンだが……
「戦闘中に無防備に背後を振り返るなよ」
経験不足はこういうミスも誘発する訳だ。
「気を緩めたから無様をさらしたのだということを忘れるな」
「はいぃっ!」
別に怒鳴った訳でもないのにオセアンはビクッと体をこわばらせた。
今頃になって、そのミスが命に関わるものだと気づいたようだ。
即座に前へと向き直ったオセアンは魔力の放出を始める。
何も言わなくても魔法を使う準備に入ったか。
これ以上は叱咤しなくても大丈夫そうだな。
「我、……願い奉る」
オセアンが再び浄化の祈りを始めた。
最初の時よりもちょっと手間取っているな。
まだまだ動揺を残しているのは表情を見なくても分かる。
体に強張りが残っているからね。
そこは仕方あるまい。
こういうのも経験を積んでこそ熟れていくものだろうし。
「鎮めたまえ……
清めたまえ……」
それでも浄化は効果を発揮する。
マスゴーストの動きが鈍っていった。
その間にカエデが魔力を練り上げるのも先ほどと同様だ。
動きが封じられたところで──
「はあっ!」
練り上げた魔力を斬撃波として放つのも同じ。
「「「「「オオオオォォォォォォォゥ───────────!」」」」」
マスゴーストの悲鳴も変わらない。
いや、最初に比べれば聞こえ方が弱くなった気はするか。
確実に嫌がっているとも言える。
悲鳴の聞こえ方ほどダメージは負っていないからな。
苦手意識を抱いてしまったということだ。
身動きがとれぬままダメージだけは着実に積み重ねる格好になっている。
弱気になるのも無理はない。
暴れたくても自由がないんじゃね。
今度はオセアンも油断せずに抑え込んだままを維持しているし。
ただ、マスゴーストが悲鳴を上げた瞬間は顔をしかめていた。
あの悲鳴が苦手なのだろう。
磨りガラスを引っかいたような音と同様に感じているのかもな。
ならば魔法で音を遮断しようかとも考えたが、あえて何もしないことにした。
これもまた訓練であり修行の一環だ。
パワーレベリングのためだけに調伏の場に立たせている訳ではない。
集中を乱さずにいる間は頑張ってもらうとしよう。
そして、浄化の祈りでマスゴーストが抑え込まれるならばカエデの独壇場だ。
指示を出さなくても斬撃波を放ち続ける。
「「「「「オオオォォォォォォ───────────!」」」」」
マスゴーストは身じろぎすら許されないために百発百中であった。
カエデはひたすら魔力を練り上げては放つ。
その繰り返しでマスゴーストのHPは半分近くまで減少していた。
数値はあえて表示させずバー表示だけなのでおおよそでしか分からないがね。
5割以上6割未満なのは確実なんだが。
まあ、そんなことを言っても新国民2人にはHPのゲージは見えていないんだけどな。
拡張現実の表示をリンクさせたりはしていないから。
故にであろうか。
カエデの表情がかなり渋くなっていた。
当てても当てても弱らせた実感が得られないのだろう。
相手は霊体型のアンデッドだけあって血を流したりしないからなぁ。
カエデもオセアンも退魔の専門家とは言えるのだが実感しづらいのだと思う。
ここまでの大物を相手にしたことは両者ともに未経験のようだし。
見た目で判断しようにも大きさはほぼ変わっていない。
マスゴーストの表面に見える数多の顔も数が減ったようには見えないしな。
奴は動きを封じられているから、そこから判断することもできないし。
確実にダメージを与えているから焦らずにやれと言いたいところだ。
が、それを許さぬ状況がある。
オセアンの限界が近いのだ。
魔力の使いすぎで既に疲労困憊と言えるような状態であった。
燃費の悪い放出型の魔法であれば、こんなものだろう。
ポーションで消費した魔力を回復させることは可能だが。
それだけで戦線復帰とはいくまい。
ひたすら浄化を維持し続けたことで集中力の限界にも達している。
激しい運動をした訳でもないのに肩で息をしているような有様だからな。
疲労回復ポーションも使えば、仕切り直すことは可能だろう。
ただし、そう長持ちはしないはずだ。
精神的な疲労までは回復しきれないからな。
とはいえ、よく頑張った方だと思う。
もっと早い段階でギブアップしていてもおかしくなかったからな。
それを根性で乗り切っているのだ。
弱気なところがあるようでいて、いざとなると簡単には逃げ出さない。
そういう一面があるとは意外であった。
あまりに無謀な真似をするようなら注意しているところだが。
自らの命を省みない魔法を使うだとか。
敵の攻撃に対し無防備に体をさらすだとか。
前者はそういう気配がない。
単に疲労から来る集中力の乱れを気合いと根性で打ち消しているだけだ。
限界が来るまでに音を上げるか。
目一杯まで粘って気絶するかのいずれかだろう。
そういう意味では後者に該当しそうではあると言えそうだが、これも該当しない。
確かに隙だらけではあるのだが。
ならば何が違うのか。
ノエルの結界である。
これの有無が大きかった。
誰も結界を張っていないのであれば、とっくにオセアンを下がらせている。
パワーレベリングとはいえ限度はあるからね。
安全面に配慮しないまま強引な真似をするのは考え物だ。
そんなのは[過保護王]の称号持ちとしては考えられないよな。
という訳でノエル様々なのである。
あとでご褒美をあげねば。
ともかく、これ以上はオセアンがぶっ倒れるのは確実だ。
ストップをかけねばならないのだが果たして素直に言うことを聞いてくれるだろうか。
意地になっている時に声をかけても聞く耳を持たない恐れがある。
という訳で搦め手を使って止めることにした。
まあ、そんな大層な手段ではないけどね。
「カエデ、そこまでだ」
俺はオセアンではなくカエデにストップをかけた。
単独であれば手こずったかもしれないが、こういう手がある。
誰でも思いつくようなものだろうけど。
カエデが止まればオセアンも止まらざるを得ないもんな。
相棒がいることで、そちらへの配慮をしなければならないのは言うまでもないだろう。
現にカエデが指示通りに斬撃波を放つのをやめると、オセアンも止まったし。
とりあえず止められたことに一安心だ。
まあ、まだ終わった訳じゃないんだけど。
読んでくれてありがとう。




