1655 どれだけ恨まれていたんだか
「「「「「オオオオオオォォォォォォォォォォォ─────────────」」」」」
ゴーストが再び怨嗟の咆哮を漏らした。
例によって呪いの効果付きだが、ノエルの結界を超えるのは声のみだ。
相変わらず合唱団のように声が重なり合っている。
「よくもまあ、あれだけのゴーストを集められたものねえ」
呆れたように嘆息しながらエリスが言った。
半ば感心してもいるようだ。
「何体いるんでしょうか?」
クリスが首をかしげながらそんな疑問を口にする。
「どうやって数えるつもりですか?」
マリアがツッコミを入れた。
「無理なのは分かっているつもりなのよ」
苦笑するクリス。
そりゃそうだろう。
このゴーストは表面にいくつもの顔を浮き上がらせて蠢いているからな。
入れ替わり立ち替わりといった案配だ。
よく見れば浮き沈みもしているようである。
奥底にも控えている者どもがいるのだろう。
人の形を保てなくなっているくらいだし。
2桁で収まればマシな方かもな。
鑑定すれば分かるだろうけど、そういうつもりはない。
小隊長に恨みを抱いた者たちの素性など知っても意味はないし。
そこまで詳細に鑑定しないのだとしても数える意味が分からない。
たくさんいる、それで充分である。
浄化する数は1体で済むんだからな。
「ただ、よく1人の人の中に入り込んでいたなぁって思ったものだから」
苦笑しながらクリスが言った。
その言葉を受けてマリアも苦笑いを止められない。
「ええ、まったく。
これほどとは思っていませんでした」
その点については俺も同感である。
呆れるが故に苦笑してしまうところまで含めてね。
「それだけ奴が恨まれていたということだろう」
ルーリアは真顔で解説していたけれど。
いや、呆れてはいるようだ。
小隊長の恨まれっぷりは、どう考えても普通じゃないからな。
あれだけの存在に取り憑かれて今まで自我を保てていたのが凄い。
それだけは感心する。
ゴーストの方が生かしていたようではあるけれど。
生かさず殺さずで精気を吸い続けて長く苦しめようという意図があったみたいだね。
ただ、それにこだわるあまり色々と計算外になっていた。
精気を吸っても吸っても小隊長の強欲さが補ってしまうのだ。
強欲すぎるとゴーストでも手を焼くことがあるんだな。
あと呪いについても効果を発揮していたとは言い難い。
これも小隊長の強欲さが呪いを飲み込んで打ち消していたようである。
元から悪魔も顔負けの魂の歪みを持った人間だった訳だ。
生憎と肉体の方はそうはいかないがね。
無数のゴーストに取り憑かれて無事でいられるはずがないのだ。
反動が必ずある。
小隊長の体が干からびてしまったのは、それが原因だろう。
そんな状態で生きていられる人間などいはしない。
ゴーストが離れたことにより出た反動は小隊長にとって高い授業料となった。
支払いきれずに絶命することになったからね。
それだけじゃない。
器である肉体を失えば魂は無防備となる。
どんなに奴が歪んでいようが関係ない。
霊体としての強度はゴーストの方が上なのだ。
単体を相手にするだけならば、あるいは持ちこたえたかもしれない。
だが、このゴーストは無数の存在が集まっている。
多勢に無勢で勝ち目などあろうはずもない。
飲み込まれて消えたのも道理というものだろう。
「何をしでかしたのか知るのが怖いですねえ~」
あまり怖そうには見えない表情でダニエラが言った。
しかも死んだオッサンの話題である。
目の前のゴーストは眼中にないのだろうか。
あるけど脅威を感じていないというあたりだとは思うけどね。
ハリーが召喚に手こずったのは頭数が多かったからだし。
1対無数の綱引きをしたようなものだ。
ハリーがその気になれば拮抗した状態が簡単に崩れる程度ではあったが。
そのせいもあってかピリピリした空気はミズホ組にはない。
まあ、小隊長のことを話題にする時点でそんなものがないのは明らかなんだけどな。
「どうせ碌なもんじゃないさ」
早々に結論づけたのはリーシャだ。
「「言いがかりを付けて断罪コース?」」
メリーとリリーが問いかける。
「それしか考えられんだろう」
双子の問いに2人の姉はあっさりと肯定した。
「今回の一件も同じパターンの匂いがプンプンするニャ」
ミーニャが証拠だと言わんばかりに主張する。
まあ、未遂で終わったけどな。
ギリギリのところで助かったビルは運がいいのか悪いのか。
運がいいなら、そもそも巻き込まれたりはしないんだろうけど。
それでも最悪の事態にならない運も持っている。
よく分からない男である。
「そんなのに巻き込まれるなんてビルもついてないよね」
シェリーの言葉に──
「「憑かれなかったけどね」」
オチを付けるハッピーとチー。
双子ちゃんたちが言った「言いがかり」にかけた発言である。
ゴーストを完全無視どころか言葉遊びまでやってくれていますよ。
暖気なものである。
「ハルト殿、これはマズいのではないですかっ?」
たまりかねたようにツバイクが言ってきた。
「あれはただのアンデッドではないのでしょう?」
かなり慌てているのは、その見た目で恐怖をイメージさせられるからか。
結界越しにでも不気味さだけは打ち消しようがない。
「まあ、そうなるかな。
ゴーストとして見れば、かなり珍しいとは思う」
「あれがゴースト……」
「言っとくが標準タイプとは大きくかけ離れているからな」
「そうなんですか?」
「人型を保てていないだろう」
「はい、そうですね」
「いくら霊体型のアンデッドでも本来であれば生前の姿に近い形態を残すものだ」
「なるほど、そういうものですか」
そう言いながらツバイクは神妙な面持ちで頷いている。
本来のゴーストの姿を思い浮かべようとしているのかもしれない。
まあ、見たことがないんじゃ無理があるだろうけどな。
目の前にいる奴とは本当にかけ離れているからだ。
「あれを参考にしても意味はないぞ」
「そこまで違うのですか?」
驚きをあらわにするツバイク。
「表面にいくつも顔があるだろう」
「はい」
「しかも一定の場所に固定されていない」
「あ、確かにそんな感じで蠢いていますね」
「どうしてか分かるか?」
俺の問いにツバイクは数秒ほど考えた。
だが、すぐに頭を振る。
「分かりません」
本当に考えたのかと問いたくなったさ。
が、目の前にヤバいと感じる相手がいるような状況では無理があるのかもな。
「あれは1体に見えるが、そうではないからだ」
「なっ!?」
短く言葉を発して固まってしまうツバイク。
「あれらすべてが別々の……」
呟くようにツバイクは漏らしていた。
呆然とした面持ちからは、まだまだ立ち直れてはいなかったが。
「そういうことだ。
別物だということだけは、ハッキリと分かるだろう?」
「……………」
ツバイクは言葉で返事をすることができなかった。
どうにか必死な様子でコクコクと頷くことで答えたがね。
「あれはマスゴースト。
ゴーストの集合体だ」
「集合体……」
自分でその単語を口にしたツバイクが、ハッと我に返ったようになって俺を見てきた。
「どうしてですかっ?」
「何がだよ?」
「何がって、あんなヤバすぎるものを前にしてノホホンとしすぎでしょうっ」
「あー、やっぱそう思う?」
「思わない方がどうかしていますよっ!」
なかなかの剣幕でツッコミを入れられてしまった。
「じゃあ、そろそろ仕事しようか」
信じられないものを見たという顔をされてしまったが仕方ないのだ。
待つ必要があったからな。
「ハイラント、そろそろ返事くらいはできるようになったか?」
俺が声をかけたことでハイラントが急激な勢いでバッと振り向いてきた。
呼びかけたのはハイラントだけだったのだが、他の5国連合の面々も一緒だ。
見事なまでのシンクロ状態であった。
さて、では鬼退治ならぬマスゴースト退治の許可をもらうとしましょうかね。
読んでくれてありがとう。




