1654 出てきたモノは
「体を乗っ取るなんて実体を持たない魔物の類いじゃないですか」
スタークが愕然とした様子で言った。
「魔物と言うよりは霊体タイプのアンデッドとかだろう」
驚きながらも己の記憶にある情報を提供しようとするルータワー。
「おいっ、シャレになってねえぞっ」
ランスローはパニックを起こす寸前だ。
気持ちは分からんではないが、王族が浮き足立ってどうする。
しかもアンタは王太子だろうに。
未来の王様がそんなことじゃいかんだろう。
「心配することはない」
そのために俺たちが動いているんだからな。
まあ、切っ掛けは偶然なんだけど。
結果オーライってことにしておいてもらいたいものだ。
「無茶を言うな!」
ランスローが吠えた。
無茶でも何でもないんですがね。
このあたりは仕方ないのかもしれない。
ランスローたち5国連合の面々は、まだまだミズホ国の常識に慣れていないからな。
「強力なアンデッドがこんな所に出たら、どれほどの被害が出るか分かってるのかっ?」
更に吠えるランスロー。
やっぱりなと思うような反応だった。
早く慣れてほしいものである。
「被害なんて出ないぞ」
ミズホ組がいる限り悪の栄えたためしなし。
じゃなくて、そんなことはさせませんって。
逆に俺たちがいないとランスローが危惧するような事態になるだろう。
自惚れているように思われそうだが事実である。
「なっ!?」
目を見開ききって驚きをあらわにするランスロー。
「どういうことだっ?」
そして説明を求められる。
「うちのノエルが結界で封じ込めているからに決まっているだろ」
俺がそう言うとノエルがドヤ顔でチラリと振り返った。
まあ、ランスローには無表情にしか見えなかっただろうけど。
それでも一定の効果はあったようだ。
「うっ」
チラ見に気圧されたようになってランスローはたじろぎ呻いたからな。
そのまま何も言えなくなってしまっている。
「ですが……」
代わりにという訳ではないだろうが、スタークが口を開いた。
何か反論したいようだ。
OK! かかってきなさぁい。
「ですが、そのままではいずれ結界が破れるのでは……」
遠慮がちにではあるもののスタークがツッコミを入れてきた。
自信なさげなのは簡単には破られないことを理解しているからだろう。
だったら、その間に召喚対象を片付けてしまうとは考えないのだろうか。
自身の中にある常識にとらわれているからかもな。
あるいは現状に動揺して頭が回っていないか。
いずれにしても倒すところまで想像もしくは推測が及ばないのは残念なところである。
意気消沈したスタークの様子に引っ張られたのか5国連合の面々の雰囲気は下り坂だ。
重苦しいどんよりした空気が漂い始めていた。
それを払拭するかのごとく──
「ハッハッハ!」
と快活な笑い声が聞こえてくる。
声の主はトモさんだ。
「そこで登場するのが真打ちってものでしょう!」
顔に笑顔を貼り付けつつ腰に両手を当てて宣言するトモさん。
また何かするつもりだというのは、すぐに分かったさ。
こういう芝居がかったことをする時はショータイムである。
途中でやめさせようとしても止まるものじゃないので独演会と言うべきかもしれないが。
何にせよ見ているしかない訳だ。
トモさんは仁王立ちからボディビルダーのようなポージングにつなげていく。
「ふんっ」
どういうつもりなんだろうかと思ってしまったさ。
別に上半身裸になった訳でもないのに気合いを入れてポージングされてもね。
「ぬあっ」
もちろんミズホ服の平服だからボディラインが浮き出るようなこともない。
「ふぬぅ」
どうやら筋肉を見せたい欲求に駆られている訳ではないみたいだ。
なんちゃってにわかビルダー爆誕。
意味不明である。
最初のポーズから連想して始めただけかもしれん。
単なる思いつきってやつだ。
相変わらず突拍子もないことである。
お陰でミズホ組の面子以外が呆気にとられていたけどな。
あ、カエデとオセアンもだ。
「「「「……………」」」」
5国連合の男連中は、何とも言い難い不安そうな視線を向けている。
先ほどから不真面目な態度が多いからな。
まあ、本人は否定するだろうけど。
「真面目に不真面目してるのだよ」
とかなんとか訳の分からない言い訳をしそうだ。
皆の緊張をほぐすためにというのを発言の頭に付ける必要があると思うけど。
それを意図的に外して煙に巻くのがトモさんだからなぁ。
たぶん照れ隠しがあるんだろう。
「はいはい、分かったから」
あんまり続くと緊張感がグダグダになってしまうので適当なところで切り上げてもらう。
こういうところでサッと切り替えられるあたりが真面目に不真面目なところだと思う。
と思ったら……
「アルゴン、キセノン、クリプトン──」
小隊長に向けて妙な単語を抑揚を付けながら言い始めた。
呪文のつもりか?
それにしては科学の授業でも受けているような気分になるんだが。
「ついでにおまけに、プテラノォー……ドン!」
待機しているミズホ組が一斉にズッコケた。
最後だけ中生代白亜紀の翼竜か……
それってどうなのよとツッコミを入れたくなったさ。
まあ、トモさんも考えてはいる。
仕事に集中している面々には聞こえないよう風属性の魔法を使っていたのだ。
そうでなかったら、小隊長に取り憑いている奴に逃げられた恐れもあるからね。
そもそも呪文に意味はない。
雰囲気を出すためのものだからな。
その雰囲気がまるで出ていないズッコケ呪文だったけど。
とはいうものの効果は折り紙付きだ。
小隊長の中に潜んでいたモノは有無を言わさず引きずり出された。
「「「「「オオオオオオォォォォォォォォォォォ─────────────」」」」」
慟哭するかのような悲鳴を上げている。
姿は1体だけに見えるが、声は複数であった。
無数の悲しみを帯びた叫び。
が、同情する気持ちにはなれない。
呪いを拡散するような叫びだからな。
状態異常を引き起こす効果があるようだ。
もちろんノエルの結界でブロックされている。
でもって霊体が出た後の小隊長は地面に倒れ伏していた。
いや、それだけではない。
急速に体が干からびていく。
「うわっ、何だ、ありゃ!」
ランスローが驚きの声を上げるのも無理はない。
「取り憑かれていた奴の成れの果てなんてあんなものだぞ」
「うっ……」
初めて見る光景に呻くしかできないランスロー。
残りの5国連合の面々も似たようなものだ。
声を発することができずに視線が釘付けになっている。
割とグロいと思うのだが、それで吐き気をもよおすまでは至らないようだ。
一様に顔をしかめているので気分を悪くしてはいるみたいだけどね。
正直、ずっと見ていたいようなものじゃないと思うのだが。
そのあたりは見た目のインパクトから目がそらせないのだろう。
あと、引きずり出されたモノのおぞましさから目を背けているというのもあると思う。
スタークなどはガタガタと震えているからな。
結界がなければ見ただけで状態異常に陥るはずだ。
恐慌状態がデフォなのは言うまでもない。
それ以外にも何かしらの呪いが付きそうなのが厄介だ。
単なるゴーストではなかったのが影響している。
だが、怨念を集めて強化されたようなタイプではない。
怨嗟に満ちた声が複数聞こえたことからも分かるはずだ。
単体のゴーストではないのだと。
見た目は1体でありながら複数の霊体を内包しているという珍しいタイプのゴーストだ。
長く取り憑いている間に集合体になったものと考えられる。
通常は考えられないことだがな。
それもこれも小隊長に対する恨みという共通の目的があったからこそなんだろう。
どんだけ恨まれていたんだよとツッコミを入れたくなったさ。
まあ、死んでしまったんじゃ愚痴を聞くこともできないんだけど。
聞く耳を持ったかどうかは別にしてな。
死んだ後の霊魂もゴーストに飲み込まれて存在さえ消えてしまったし。
恨みなんて買うもんじゃないよ、ホント。
読んでくれてありがとう。




