1648 任せっぱなしはやめることにした
「今更だが誰か向かわせるしかあるまい」
ハイラントが肩を落としつつ溜め息まじりに言った。
「いや、それには及ばんよ」
俺がそれを止める。
このままだと、まだまだ待たされそうな気がしたせいだ。
あの図々しい小隊長のペースに巻き込まれてしまうのだけは御免被りたい。
いい加減に俺も我慢の限界だし。
そうならないとしてもパパッと終わらせたい。
誰かを向かわせるより、ずっと早く呼び寄せる方法はあるのだ。
「何っ?」
ハイラントが困惑の色を重ねた驚きの表情を向けてくる。
「待たされて苛ついているのは俺たちも同じだからな」
これだけは言っておかないとダメだろう。
でないと、自分たちの問題だから口を出すなとか言われかねないし。
ビルが関わっている以上は俺たちの問題でもある。
今まではハイラントがやってくれるなら任せようと思っていたけど。
それにしたって限度がある。
もうすぐ昼食でもどうかなって時間だ。
待ったのは1時間や2時間ではない。
朝早くに来たはずが、どうしてこうなった。
いや、原因は分かっている。
運のない男のせいだとは言わない。
悪いのは衛兵の小隊長である。
救いようのないクズなのは十分に理解した。
見栄っ張りな小物であることもな。
自分でお仕置きできないのが残念でならないほど苛立たせてもらいましたよ。
ならば、せめて奴の度肝を抜く方法で引きずり出すまでだ。
それで少しは溜飲が下がるだろう。
「おい、何をするつもりだ?」
やけに警戒されている。
色々と見た後だと無理からぬところか。
「大したことは何も」
頭を振りながら返事をする。
一晩で泥棒貴族の一件を片付けた時のような片っ端からどうこうするつもりはないのだ。
だというのに信用されていないようにしか思えない。
5国連合の面々からは疑いの眼差しを向けられているからな。
まあ、付き合いが短いせいもあるのだろう。
現にアカーツィエ組は……
こちらからも白眼視されている。
思わず「何故だ!?」と叫びそうになったよ。
ただの変な人にはなりたくないので我慢したけど。
とりあえず【多重思考】スキルで思考を加速させて内心で「坊やだからさ」と再生。
音声は本家の方ではなくトモさんの物真似バージョンで。
落ち着いたところで、もう1人の俺を呼び出してアカーツィエ組の反応の分析。
その間に俺は正面の対応に戻った。
まあ、思考を加速させた状態で考えれば結論はすぐに出たんだけどな。
単に「大したことは」という部分が引っかかっただけのようだ。
俺が出張ってくると大がかりになるのが目に見えている。
そういうことらしい。
無言でツッコミを入れられたようなものか。
心配して損した。
アカーツィエ組は分かっていない。
派手にやらかす訳にはいかないのだ。
未だに野次馬が残っているのだから。
街道から外れなければ害はないと早々に学習したからだろう。
目敏いというか何というか……
商人も冒険者も飯の種を見つけようと必死である。
こういう連中がいるから地味にやらないとダメなのだ。
いざとなれば幻影魔法で誤魔化すけどさ。
今は面倒くさいから、そういうことはしていない。
監視しながら対応しないといけないので、いつもより手間が増えるんだよ。
何時イレギュラーな動きをしてくるか分からんからな。
なので手間を省くには地味にやるのがベストである。
アカーツィエ組もそこまでは読めなかった訳だ。
ミズホ組との差はまだまだ大きい。
一方で正面の対応だが。
こちらは返事待ちだ。
俺の発言に対する疑いの眼差しがあるせいか、些か考え込んでしまっていた。
だが、ずっと黙り込んでいるのも居心地が悪いらしい。
プレッシャーをかけたつもりはないが結果的にはそうなっだのだろう。
何かに押し出されたような様子でハイラントが口を開いた。
「本当に大丈夫なんだろうな」
眼差しをより疑いの濃い状態にさせて聞いてくる。
「派手にやらかすと、街道の方でたむろしている連中を刺激するからな」
「むぅ」
野次馬をチラ見しつつ唸るハイラント。
「そんな訳で目立たず迅速にやるつもりだ」
俺がそう言うと──
「っ!?」
何故かハイラントが驚きの表情を見せた。
どうやら何かを思い出したようである。
「まさか……」
驚愕の表情になるハイラント。
いや、ハイラントだけではない。
他の面子も同様だった。
どうやら同じ結論に至ったらしい。
「影渡りをここで!?」
今まで無表情を貫いていたサリュースが、その結論を驚きとともに出してくる。
そう来るか。
無理もないのかもしれない。
5国連合の面々にとってはそれだけインパクトが強かっただろうからな。
つい先日の出来事なんだし、簡単に忘れられるようなものでもないはずだ。
生憎と不正解なんだがね。
「そんな面倒くさいことしないさ」
もっと効率よくやりたいからね。
「「「「「え?」」」」」
「影渡りだと往復する必要があるだろう。
不届き者をしょっぴくなど片道切符で充分だ」
「「「「「は?」」」」」
俺が何を言っているのか分からないと言わんばかりの顔をする5国連合の一同。
アカーツィエ組は慣れてきたのか想像がついたようだ。
カエデやオセアンはキョトンとしていたが、それも少しの間のことであった。
しばらくすると何かを思い出したような顔になったからな。
スリープメモライズで得た知識にヒットしたのは言わずもがなであろう。
まあ、それはいい。
今は分からんと首をひねっている面々をフォローすべきだろう。
「呼び出すだけの簡単なお仕事ですってな」
召喚系の魔法を使えばサクッと終了だ。
呼び出す対象がゴーレムとかじゃないってだけの話である。
そのあたりは術式をほんの少しいじるだけでいい。
「だから、それをどうするんだよ。
誰か人を向かわせる以外に方法があるのかってえの」
ランスローが唇を尖らせながら文句を言ってきた。
「うむ、分からんな。
皆目見当もつかん」
ルータワーもお手上げとばかりに考えることを放棄した。
「ダメです。
私にも想像がつきません」
スタークもサジを投げた。
「簡単と言われるとなぁ」
ハイラントも腕組みをして考え込む。
「ランスローが言うような方法しか思いつかん」
召喚系の魔法を見たことがないと、そういうものらしい。
まあ、そうなれば実践するのが手っ取り早いだろう。
「見てれば分かるさ」
分かった後の心境までは量りかねるがね。
「どうするんだよ?」
ランスローが不安そうに聞いてくる。
「黙って見ていれば良かろう」
「そうは言うけどよ」
ルータワーのツッコミに唇を尖らせるランスローだが、その後は押し黙る。
口出しする意思は消えたようだ。
では、さっそく仕事に取りかかろうと思ったのだが。
不意に考え直した。
キャンセルするって訳じゃない。
ここまで言っておいて、それはないだろう。
そういうことではなく何も1人ですべてやってしまう必要はないと思ったのだ。
ミズホ組の皆も暇を持て余していることだしな。
「お手伝いしたい人、この指と~まれ」
これで何人かは集まるだろう。
お手伝いをするにしても見物するにしても退屈しのぎにはなりそうだし。
そんな風に軽く考えていたら、シュババッとミズホ組が殺到した。
想像以上である。
全員って訳じゃないけど、結構な人数だ。
子供組なんて俺の腕にしがみついてるし。
某アニメのロボがハンマーを使う時の強化腕を連想してしまったよ。
それどころじゃない群がりようだけどな。
エリスやレオーネたちなどは見守りつつ苦笑いしている。
皆、本当に退屈していたのだということがよく分かったさ。
それはいいけど、どうしたものかね。
多すぎるから俺だけでやりますなんて言えるはずもないしなぁ。
当たり外れが出てしまうのは仕方ないか。
読んでくれてありがとう。