1644 5人寄っても文殊の知恵にはならない?
衛兵の詰め所にビルを迎えに行かなきゃならないんだが。
「行くだけ無駄だろう」
そう言ったのはルータワーであった。
「ハイラントの命令で連れてこさせた方が効率がいい」
「ふぅむ、かもしれんなぁ」
ハイラントが少し考え込む様子を見せた。
ほぼ同意したにも等しい返事をしておいて何を考え込むのかと思ったが。
「その小隊長とやらが命令を信じるとは思えんがな」
ランスローがルータワーの意見に反論した。
ハイラントもこれを懸念したのだろう。
俺も同感だ。
衛兵の小隊長は、ここに自国の王がいることを知らない。
俺を連れて来るために使いで出された新人くんが知らなかったのだからな。
それで新人くんが国王陛下の命令だと言っても鼻で笑われるだけだろう。
むしろ手ぶらで帰ったことを叱責されるのが目に見えている。
でもって再び新人くんが1人でここに来るのがオチってところだな。
そうなると非常にマズいと言わざるを得ない。
王命に背いた格好になる訳だからな。
衛兵という立場である以上は厳罰を免れることはできないだろう。
だが、それは大した問題ではない。
碌に確認もしないバカがやらかしただけの話で終わるはずだ。
問題となるのは対外的な面子である。
下っ端にハイラントが軽んじられたことになるからな。
フュン王国の王位が軽いと嘲笑されることにもなりかねない。
それは国全体に不利益をもたらすことになるだろう。
衛兵の小隊長風情がどうあがこうと責任を取れるようなものではない。
やらかした後で事実を知ればショック死しかねないな。
いや、図々しそうな奴みたいだから分からんか。
新人くんに責任をなすり付けて逃げるくらいは平気でしそうだ。
「そこの衛兵だけではな」
反論など読めていたとばかりに即座に返すルータワー。
「あー、そういうことかい」
ランスローもその反応を見てルータワーの意図を読み取ったようだ。
「護衛の騎士を同行させて、そっちに命令を伝えさせようって腹か」
「そういうことだ」
「で、帰りはハルト殿の連れを案内させると」
「合理的だろう」
ルータワーは表情こそほとんど変えなかったが、その短い言葉から自信のほどを感じた。
「かもな」
ランスローも否定はしない。
普通に考えれば、それがベストな方法だろうからな。
が、そこに異を唱える者がいた。
「いやいや、それでは少し甘くないかな」
サリュースである。
「甘いらしいぞ、ルータワーくん」
ニヤニヤと笑いながらランスローが言った。
安い挑発である。
まあ、からかって反応を楽しもうってだけの軽いお遊びだ。
それが分かっているルータワーはランスローを一瞥しただけで終わらせた。
対するランスローも深入りしようとはしない。
退屈しのぎ程度の感覚だったからだと思われる。
それだけ暇を持て余している証拠だろう。
裏を返すまでもなく、小隊長に対して腹を立てているのがありありと分かる。
今の発言はサリュースに対する同意でもあった訳だ。
「小隊長の処罰などを言うのであれば、そうだろう」
「そうだともそうだとも」
うんうんと頷くサリュース。
「しかし、そういうのは後で沙汰を出すこともできる。
今は遅れた出発の時間を取り戻すことの方が先決だと思うのだが」
「ほうほう、なるほど。
確かに合理的な考え方だね」
ルータワーの反論にも頷くサリュース。
そして俺の方を見た。
それも意味ありげな表情をしながらだ。
ここで、こっちに話を振ろうというのか。
ちょっと意外である。
「どうしたよ?」
話すことなどあっただろうかとザッと考えてみたが、思い当たる節がない。
件の小隊長がどうなろうが俺の知ったことじゃないからな。
ビルが理不尽な理由で怪我をさせられたというなら話も変わってくるが。
国民ではないとはいえ1回は誘っている友人でもあるし。
まあ、現状でそういうことになりそうな気配はないので成り行きに任せたいんだが。
はっきり言って、どうでもいいオッサンの処遇など関わりたくはない。
面倒でしかないからな。
「ハルト殿は遅れていると思っているのかな?」
「そういうことはないな」
特別に急ぐという話は聞いていない。
仮にそうだとしても、やりようはある。
途中で輸送機に乗り換えれば済む話だ。
まあ、現状の予定では車中泊を考えている。
あくせくした移動の仕方はストレスがたまるからな。
「どのタイミングで出発しても馬車よりずっと早く到着するぞ」
俺の返事に満足そうに頷くサリュース。
ルータワーは忘れていたとばかりに天を仰ぎ見た。
まあ、バスのスペックを教えたりはしていないんだが。
それでも今までのあれこれで察したのだろう。
「こちらから全員で出向いてみるのも一興なんじゃないか?」
ランスローがクックックと喉を鳴らして笑った。
「やめておけ」
ルータワーが顔をしかめさせながら言った。
「なんだよぉ」
不満げに唇を尖らせるランスローだ。
「バカに灸を据えるにゃ、ちょうどいいじゃねえか」
「バカはお前だ、ランスロー」
頭を振ってハイラントが言った。
「んだとぉ?」
「詰め所には他にも衛兵たちがいるというのを忘れるな」
「そうだな、そんな真似をすれば他の衛兵たちが卒倒しかねん」
「うっ……」
惨状が想像できてしまったのだろう。
ランスローが言葉を詰まらせた。
「ちぇっ、しょうがねえ」
舌打ちしつつも、ランスローはごねることはしなかった。
これがそこらにいる粗野な冒険者であれば、感情まかせに暴言を吐いたかもしれない。
そういうのがなかったのは、ちゃんと考えている証拠だろう。
できれば、指摘される前に深く考えてほしいところではある。
「業腹なのが解消できるかと思ったんだが実害があっちゃダメだな」
ランスローは残念そうな顔をして言った。
「その気持ちは分からんではないがな」
論外だと切って捨てたはずのハイラントも部分的には理解できるようだ。
勧善懲悪ものは嫌いじゃないと見た。
「それについては同意しよう」
ルータワーもか。
まあ、無理からぬところはあると思う。
「やれやれ、これだから男どもは」
呆れたようにサリュースが嘆息しながら頭を振った。
「ちょっと待ってくださいよ」
心外だと言わんばかりにスタークが抗議する。
「私は何も言ってないじゃないですかっ」
不満を隠そうともせずに食ってかかった。
そうは言うが、顔に書いてちゃ意味がない。
サリュースもそれが分かっているのか、苦笑いをするばかりである。
「何ですか」
不服そうに言ってくるスターク。
「言わなくても語りたいというのが見え見えなのだよ」
「くっ」
スタークは何故バレたなんて驚愕の顔を隠そうともせずに声を漏らした。
そんなだから見え見えなんだよ、とは言わない。
指摘したくらいで簡単にどうにかできるものでもないだろう。
それに今のままの方が面白そうだ。
「で、どうすんだよ?」
ランスローが全員に対して問うてくる。
良い案があれば採用しましょう的なスタンスをとっているが完全に他力本願だ。
まあ、あまり細かいことを指摘しても煙たがられるだけだな。
「全員で行くのはともかく、ハイラントが行って直に沙汰を下すのは面白そうだぞ」
俺がそう言うと──
「それも全員で行くのと変わらんではないか」
即座にルータワーがツッコミを入れてきた。
詰め所の衛兵たちへの心理的な影響が大きいのは承知の上だ。
護衛の騎士たちが同行するのは確実だから威圧的にもなるだろうし。
だが、小隊長に対するプレッシャーにもなるのは事実である。
そこを再認識させれば、いいとこ取りを考える切っ掛けにはなるって寸法だ。
要は衛兵がいない状況を作り出せばいいのだから。
問題はそれを思いつく者がいるか否か。
5人いれば、誰か思いつくんじゃないかな。
読んでくれてありがとう。