1639 ミズホ国クオリティ
「認識が甘いな」
「甘いって、どういうことかな?」
「敵がいるのだろう?」
「……否定はしない」
「そいつは悪党なんだよな?」
「私はそう考えている」
「俺たちがサリュースの依頼を受ければ、立ち塞がるのは確実なんじゃないか?」
「そうだね」
「だったら酷いことになると思っておいてくれ」
「おいおい、何をやらかすつもりだい?」
「それは相手の出方次第だな。
出てくる前にトドメを刺すこともあると思っておけば、そう驚くこともないだろう」
「いくら何でも、それは無茶苦茶じゃないかしらね?」
サリュースが呆れ顔で聞いてきた。
「そう言われても、これがミズホ国クオリティだからな」
「な……」
事もなげに放たれた俺の言葉にさすがのサリュースも言葉がないようだ。
が、そんなのは知ったことじゃない。
「俺たちにしてみれば大抵のことは普通だからな」
そう言ってからトモさんの方を見た。
「うん、普通だね」
軽く頷いて事もなげに答えるトモさんだ。
「国がひとつ消えるくらいは普通だ」
さすがはトモさん。
サラッと爆弾発言をしてくれる。
だが、サリュースに覚悟を促すにはちょうどいい。
「は?」
想定した通りと言うべきか、サリュースが間の抜けた声を出した。
いや、声だけではない。
その表情も一瞬だが鳩に豆鉄砲な感じになっていた。
それほど意外だったのだろう。
「国が消える?」
何を言っているのかと、サリュースは言い出しっぺのトモさんを見た。
「そう、国が消えるくらいはミズホ国では普通」
動じることもなくトモさんは繰り返して言う。
「それは普通とは言わないだろう」
呆れた様子でツッコミを入れてくるサリュース。
本気にはしていないように見受けられる。
想定したとおりの反応だ。
むしろ現段階で本気にする方がイレギュラーである。
だが……
「「「「「ミズホの常識は西方の非常識~」」」」」
ミズホ組がそろって声を上げた。
一瞬、呆気にとられたサリュースだったが──
「……冗談にしては質が悪いと思うのだが?」
渋い表情を見せながら問うてきた。
やはり本気にしていないのは明らかだ。
そう簡単に信じられないのは当然のことだよな。
「冗談やと思ぉたら痛い目見るで」
だからこそアニスは言わずにいられなかったのだろう。
「そうよね。
バーグラーの話とか耳に入ってるでしょ」
レイナが強烈な援護をした。
「ぶっ!」
サリュースが吹いた。
決して笑った訳ではない。
ギョッとした表情で──
「ちょっと!?」
と続けたのを見れば驚きのあまりってやつなのは明白だ。
が、だからこそレア感が際立つというもの。
他の5国連合の面々も似たような反応をしていたけどさ。
余裕のないサリュースというのがレアだと思わないか?
笑う余裕がないのも無理からぬ話をしているけどね。
あの一件は何があったのか事実だけを語れば笑うしかなくなるとは思うけれども。
王侯貴族がすべて行方不明とか。
王城がわずかな時間で灰燼に帰したとか。
結果として一晩で国が崩壊したとか。
こんなの普通には想像がつかないだろうから。
にわかにどころか絶対に信じてもらえまい。
事実を目の当たりにしなければね。
まあ、ゲールウエザー王国に吸収されてしまっているから信じざるを得ないとは思うが。
詳細を知ると違った印象になるはずだけど、そこまで教えるつもりはない。
いくら友好国とはいえね。
「ちなみに」
ここでノエルが入ってきた。
ちょっと珍しい気がする。
「ひとつ消したくらいじゃ普通とは言わない」
さらなる爆弾発言が待っていた。
「はあっ!?」
サリュースは驚きをあらわにしたかと思うと固まってしまった。
更にレアなものを見せてくれている。
すぐに再起動はしたけれど。
「冗談がきついな、お嬢さん」
苦笑いしながらノエルに声をかけた。
「冗談でこんなことは言わない」
淡々と返事をするノエルだ。
疑われたことを気にもとめていない。
それほどの話をしているからな。
「ノエルの冗談なんて滅多なことじゃ聞けないわよ」
レイナがマジな顔をして言った。
「せやな」
アニスも同意する。
「特に他人には言わないですよ~」
ダニエラがダメ押しな感じで補足説明までしてくる始末だ。
こうなるとサリュースに反論の余地はない。
「……………」
まさかという思いが拭いきれないのも事実ではあるのだが。
サリュースのもどかしげな表情がそれを物語っている。
驚きが大きいせいで満足に考えられないせいもあると思う。
それでも、まだマシな方だ。
他の面々は唖然呆然で固まっているからな。
半信半疑というのはあるだろう。
だが、5国連合の面々は泥棒貴族の一件を目の当たりにしている。
そこが否定しきれない要因だろう。
肯定しきれないのは規模が違いすぎるからじゃないかな。
かろうじて──
「さ、さすがふぁ、ハルトどにょ……」
ハイラントが感想を漏らしていた。
短い言葉なのに噛み噛みだったけど。
どにょって何だよと思ったさ。
俺は崖の上で飼われている魚の亜種なのか。
ついドジョウっぽい顔で連想してしまったさ。
頭文字が「ど」で始まる魚って他に思いつかなかったのでね。
まあ、ハイラントは整理しきれないながらも信じたようだ。
ヒステリックな貴族とか泥棒貴族の件はそれだけインパクトがあったのだろう。
他の面々とは違って後処理もしていたからな。
短期間で徹底して処理できていることを誰よりも理解していれば頷けもするか。
一方で、ツバイクは復帰が早かった。
どうにか完全なフリーズ状態から戻ってきただけな感じだったけどね。
我に返った次の瞬間には疲れ切ったように脱力して頭を振っていたし。
何やらブツブツ呟いている。
「もう驚かないぞもう驚かないぞもう驚かないぞもう驚かないぞもう驚かないぞ……」
ひたすら同じ言葉を繰り返している。
自己暗示をかけようとでもいうのだろうか。
おそらくは無意識なんだと思うが無理っぽい気がする。
それならウルメの方がまだマシだろう。
ツバイクとさほど変わらぬタイミングで復帰してきた後に俺の方を見てきたからな。
その目は真実を探し求めるように奥底を見通そうとしているかのようであった。
俺は何も考えず視線を返すだけだ。
そうしているとウルメの表情が徐々に気疲れしたものへと変わっていくのが分かったさ。
それがピークに達すると、何かを悟ったような目をして気まずそうに視線をそらされた。
そのまま遠い目をするウルメ。
ウルメなりに真実を見極めたということなんだろう。
受け入れるには些か重すぎたようではあるが。
罪悪感が少しだけ湧いてきたけど、俺にはどうしようもない。
自分の中で折り合いを付けてもらうしかないからな。
まあ、ツバイクのように驚きの余韻が続かない分だけ耐性ができつつあるみたいだけど。
残るは新規国民組だ。
オセアンは真っ白状態だな。
別に燃え尽きている訳ではないのだけど。
まともに考えられる状態ではないってことだな。
あの様子では、しばらく戻って来られないだろう。
無理に引き戻そうとすればパニックを起こしかねないので放置するに限る。
一応、スリープメモライズで情報は映像付きで渡してあるんだけどな。
もちろんショックが強くなりすぎないように工夫もした上でだ。
強い印象を抱かないように他の情報よりも鮮明さを落としたり。
その上で動画はダイジェストにしたり。
ショッキングなシーンはかなりぼかした静止画にしたり。
それでもきついと思える場面では悪夢にならないようバフを調整してかけたり、ね。
これ以上はないというくらいに気を遣ったつもりだ。
細心の注意を払ってメンタルケアも考慮に入れたからね。
あんまりやり過ぎると情報が曖昧になって譲渡する意味がなくなるし。
本当にギリギリだったんだけどなぁ。
何が良くなかったんだろう?
読んでくれてありがとう。




