1633 危惧されること
とりあえずランドたちとは遊ぶことになったも同然だ。
意地と執念でつかみ取った自由時間を邪険にする訳にもいかないだろう。
できれば昨晩のうちに言っておいてほしかったがな。
「で、俺たちと遊べば面白そうだって?」
「そうとも!」
サクッと復活したランドが胸を張って返事をした。
自慢するようなことでもないと思うんだけどな。
「それは構わんが、プランはあるのか」
楽しみにしていたのだから、何かあると普通は思うよな。
だというのに──
「プランだと?」
怪訝な表情でランドが聞いてきた。
この時点でノープランなのはお察しである。
おそらくは時間切れだ。
気力や体力が尽きているなら、この場に来られるはずもないからな。
眠気をこらえながら仕事をするなんて非効率的なことをしてたんじゃ無理もない。
「何処へ行こうとか」
それでも一応は確認する。
寝ぼけて頭が回っていないだけの可能性も微少レベルで存在しうるからな。
「いや」
頭を振るランド。
具体的な場所は否定された。
観光名所とか穴場は自分たちで探さねばならないようだ。
「何がしたいとか」
演劇が見たいなんてのは西方のお祭りの時の定番である。
あるいは掘り出し物の骨董品を探したいとか。
王城内で飾るには不向きでも個人のコレクションなら誰にも文句は言われないしな。
いや、そうでもないのか。
価値が理解されないと周囲から邪険にされたりするからね。
注目の鑑定結果はCMの後でな某鑑定番組では依頼人からよく聞くシチュエーションだ。
まあ、趣味で集めるのは本人の自由である。
その結果が悲惨なことになるか否かは、また別の話ということだ。
「それも……考えてなかったな」
再び頭を振ったランドだが、今度は表情を硬くしている。
自分から誘いに来ておいてノープランであるということに気づいたからだろう。
お祭りを主催する国の者がそれはどうなのとツッコミを入れられても仕方あるまい。
俺たちは外国から観光に来ているんだから、どちらかと言えば案内される側だよな。
そこを失念するのは気配りが足りないと言わざるを得ない訳で。
やはり寝不足が影響していると見ていいだろう。
どう考えてもランドの頭は回っていない。
本人の気力はアクセル全開みたいなんだけど。
完全に空回りしている状態だ。
よくこんな状態で仕事を片付けてこられたものだと感心する。
ちょっと不安になってきた。
これはマズいかもしれない。
俺は【多重思考】スキルでもう1人の俺を呼び出した。
『はいよ、潜入捜査だな』
『捜査ではないが、やることはそれに近いな』
『分かってるって』
もう1人の俺は自信たっぷりである。
『斥候型の自動人形を忍び込ませて確認するだけの簡単なお仕事ですよ?』
『確認するだけならな』
本当はそれだけでも良くないことだが仕方あるまい。
変なミスをしていたら後々に影響しかねないんだしな。
つけを払わされるのは国民である。
生類憐れみの令みたいなのが発布されたらシャレにならん。
まあ、あれとは背景事情などが違うんだけどさ。
忖度でねじ曲げられて公布されたと聞いたことがあるし。
歴史学者じゃないので実際がどうなのかは知らんがね。
とにかく、潜入して確認をしなければ落ち着かないのは事実だ。
しかも妙なことになっていたら修正する必要があるし。
修正するのは、よほど変なのだけだが。
他国の政に関わることだからな。
まあ、手を出す時点でアウトだとは俺も思うんだけど。
なんにせよ、もう少し王としての自覚を持とうぜと言いたくなったさ。
俺が言っても説得力が無いとは思うけどさ。
「要するにノープランなんだろ?」
俺が嘆息交じりにそう問うと──
「ぐっ」
ランドがたじろいだ。
「……その通りだ」
躊躇いがちにではあるが、正直に答えるあたりは好感が持てるけどな。
「おやおや、普通は地元の者が案内するものじゃないのかい」
サリーがそんなことを言ってランドに追撃をかける。
「それくらいにしておいてやれ」
そう言って止めたのはタワーであった。
「さすがに仕事を片付けた後でそこまで考える余裕はなかったはずだからな」
「根性だよなぁ」
ランサーが苦笑しながら言った。
「私は信じられませんよ」
頭を振るスタン。
「そう言ってやるなって」
ランサーがかばっている。
「ランドもストレスたまってるんだろうしよ」
「そうではありません」
真剣な面持ちでスタンが再び頭を振った。
「ん~? どういうことだよ」
「極限状態で仕事をしたようなものでしょう」
どうやらスタンは俺が危惧したことと同じことを考えたようだ。
「ある意味、そうかもな」
ランサーは重く受け止めていないようだ。
「まともに仕上がっているとでも?」
深刻そうに顔をゆがめてランサーに問いかけるスタン。
普段は気弱そうに見える男が大迫力で迫っていた。
「お、おう……」
ランサーが顔を引きつらせて後ずさりする。
「そいつは問題だよな」
そう返事をしたものの、スタンは引く様子を見せない。
ランサーの言葉がその場しのぎの軽いものに聞こえたからかもな。
どうすりゃいいんだよと言わんばかりの顔でこちらに視線を向けてくるランサー。
こちらとしては、そんなこと言われても知らんがなの心境である。
不用意に地雷を踏んでしまったのはランサーだからな。
とはいえ何かフォローせねばなるまい。
さて、どうしたものかと考えたところで──
「大丈夫だろう」
そう言ってフォローに入ってきたのはタワーであった。
「うんうん、そうだね」
サリーもその意見に同意する。
何かしら根拠があるのだろう。
伊達に付き合いが長いわけではあるまい。
「ランドくんのところは補佐に入る人が優秀だからね」
直接的なことは言わないが、宰相のことだろう。
「うむ、チェックもしっかりしているはずだ」
タワーも保証している。
どうやら仕事のできる人物で間違いなさそうだ。
「ですが……」
にもかかわらずスタンが言い淀んでいる。
サリーとタワーの2人が保証しても懸念は拭いきれないようだ。
本当に心配性な男である。
まあ、この方がスタンらしいと言える気がするけどね。
「そもそも彼奴が許可せねば、ランドがこうして出歩けるはずもないのだ」
「え? そうなのですか?」
意外なことを聞いたとばかりに目を見開いて驚きをあらわにするスタン。
「そうそう、ランドくんがこっそり抜け出そうものなら……」
サリーが言いながらランドを見た。
「そんな恐ろしいこと、できる訳ないだろうが」
身震いしつつランドが言った。
どうやらフュン王国の宰相は辣腕家のようだな。
もしかすると、ゲールウエザー王国のダニエルのようなタイプなのかもしれない。
「だから心配いらないのだよ、スタンくん」
サリーがハハハと笑いながら太鼓判を押した。
「そういうことでしたら良いのですが」
スタンもようやく納得できたようだ。
ようやく表情から険が抜けていく。
それに合わせてランサーが密かに胸をなで下ろしていたさ。
先ほどまでの状況を考えれば、同情混じりの苦笑を禁じ得ないところである。
とはいえ、俺も考え直さねばならない。
チェック機構がしっかりしているのであれば俺の出番などないだろう。
『悪い、作戦は終了だ』
自動人形を忍び込ませて活動を開始していたもう1人の俺に呼びかける。
『了解した。
懸念は杞憂だったようだな』
『ああ、小さな親切は余計なお世話だった訳だ』
『仕方ないさ。
俺たちはフュン王国の内情まで分かっている訳じゃないからな』
『そうは言うがなぁ』
罪悪感が拭いきれるものではないのだ。
『胸を張ろうぜ。
最悪を想定して動いていたんだからさ。
もし、サリーたちが言うような右腕がいなければどうなっていたことか』
『それは分かるんだけどさ』
どうにも割り切れないものがある。
事実確認を怠って先走ったようなものだからな。
『良い方へ考えようぜ』
ポジティブシンキングか。
確かにそういう考え方は必要ではあるな。
これから遊ぼうかって時に落ち込んでちゃ意味がない。
『懸念が現実にならずに済んだんだからさ』
いや、ごもっとも。
くよくよしていても良いことなんて何ひとつないもんな。
読んでくれてありがとう。




