1632 根性で遊ぼうとする男
準備を整え、いざ出かけようと宿屋を出た。
が、遊びに行く前に片付けねばならない問題が待ち構えていた。
「なんで今日も来るんだよ」
外に出た俺の第一声がそれである。
招かれざる客とは言わない。
それでもそう言ってしまうのは──
「暇なのか?」
と思ってしまうからだ。
まあ、声に出して言ってしまっているけどな。
「暇な訳がなかろう」
目の下にクマを作った状態のハイラントが不服そうな顔で答えた。
そう、ハイラントたち5国連合の御一行様が定番の冒険者スタイルで来訪してきたのだ。
……おっと、いかんな。
この格好の時はハイラントじゃなくて剣士ランドだった。
名前を呼んだ訳ではないのでアウトではないのだけど。
慣れたとはいえ注意しないとミスをしでかすかもしれない。
むしろ、そういう時だからこそ油断することも考えられるしな。
「だったら仕事はどうしたんだよ?」
「今日の分は片付けてきたぞ」
「はあっ?」
普通に考えて朝一で終わっているなど尋常ではない。
処理の大半を先送りにしたとか言わないよな。
夏休みの宿題をギリギリまで溜め込む小学生じゃあるまいし。
そんなことをして国政に影響したらどうするつもりなんだろうか。
少しは真面目にやれと言いたい
「どうやって?」
一応、念のために聞いておく。
裏技とかあるかもしれないし。
「書類の決裁など寝る前に片付ければ良いだけのことだ」
そう言ってランドはフハハと高笑いした。
どうやら複雑な指示を必要とする案件はなかったようだ。
「ふーん」
それでも呆れるばかりだけどな。
「要するに睡眠時間を削ったんだろ?」
でなければ片付くはずもない。
遊びのためにそこまでするのかと思ってしまうけどな。
俺も人のことはあまり言えないんだけど。
だが、俺はランドほど条件が悪くはない。
エルダーヒューマンだし。
レベルも4桁に突入しているし。
いざとなれば魔法で誤魔化しもきく。
ランドはそのいずれにも該当しないからな。
「ハハハ、その通りよ」
またしても高笑いするランド。
テンションが高いのは寝不足が原因だろう。
おそらく仮眠もとっていないものと思われる。
「寝不足気味だったんじゃないのか?」
忙しい日が続いていたせいで睡眠時間を削りに削っていたはずなんだがな。
「おうよ」
ランドは、それがどうしたと言わんばかりにドヤ顔で返事をする。
「何故にそこまでするかねえ?」
理解しがたいところだ。
「面白そうだからに決まっているだろう」
フハハと笑うランド。
「バカじゃないのか?」
「なんだとぉっ!!?」
寝不足のせいでテンションが高くなっているだけでなく怒りっぽくもなっているようだ。
それを確かめたくて、わざと挑発してみたんだけどな。
予想通りの反応であった。
「アハハハハ」
サリュースが扮している軽戦士サリーが腹を抱えて笑う。
「言われているよ、ランドくん」
「やかましいわ。
ちょっとは考えろ」
「何をだい?」
ブリブリ怒るランドを前にしてもサリーは余裕の笑みを絶やさない。
それを見たランドは苦虫を噛み潰したような顔をした。
「あのなぁ……」
一旦ここで嘆息して言葉を句切る。
熱くなった部分をコントロールしようとしているようだ。
ランドもヒートアップしている自覚はあるのだろう。
「お前たちも言われているんだぞ」
言い返すランドの表情は憤慨の色を残しつつも、ザマアと言っているように見えた。
「何を言われているって?」
サリーが不思議そうな顔で聞いている。
心当たりがないのだろう。
そしてランドは、それに気づいていたからドヤっていたのだと思われる。
あまり意味はないけどね。
五十歩百歩とか、どんぐりの背比べのような感じになるだけだもんな。
「暇人でバカだってな」
ストレートに言っちゃうのはどうかと思う。
「暇人で?」
「ああ」
ドヤ度を積み増しながら返事をするランド。
「バカだって?」
「その通りだ」
更にドヤ度を積み上げる。
「いやいや、確かにそうかもしれないけどさ」
サリーがクスクスと笑う。
ドヤっているランドのことを、ちょっと哀れんでいるようにも見えた。
それを見たランドは鼻息を荒くする。
「何だと言うんだ」
「だってランドくんと違って今の我々は本当に暇人だからね」
サリーは残り3人の方を見ながら同意を求めるように言った。
ランスローが扮する槍士ランサーは意地の悪そうな笑みを浮かべ──
「俺たちゃゲストの立場だからな」
ぐうの音も出ないであろうことを言ってきた。
そしてルータワーが変装している重戦士タワーが続く。
「そういうことだ」
サクッと自然にランサーの言ったことに同意した。
「ランドよ、諦めろ」
無慈悲とも言えるオマケ付きで。
そして最後に口を開いたのはスタークが扮する魔法使いスタン。
「本国に帰れば山ほど仕事はあるでしょうけどね」
しみじみした様子で語り始めた。
「生憎と滞在先にまで持ち込んだりはしませんよ」
まあ、国家機密に該当するような案件ばかりだろうしな。
そんなものを持ち出してきたりはしないって訳だ。
いくら友好国とはいえ、できることとできないことがある。
「つまり、我々はランドさんとは決定的に違うということです」
淡々と違いを語る男、スタン。
いつもの優柔不断ぶりが鳴りを潜めているのはどうしたことか。
それほどランドに同じ扱いだと思われるのが不服だったのかもしれない。
こういうタイプは本気で怒らせると根に持つから厄介だ。
しかも尋常じゃないくらいにな。
不幸中の幸いと言うべきか、そういう状態ではなさそうではあるが。
何にせよ舐めていると痛い目を見るのは間違いない。
ランドもそのあたりは熟知しているようで……
「ぐぬぬ」
と唸りはするものの、変に言い返す様子は見られない。
売り言葉に買い言葉的な状況になるのを回避しているのだろう。
お互いをよく知っているが故に地雷は地雷原に踏み込む前に避けているっぽい。
さすがに出会って間もない俺たちなどとは付き合いの長さが違うだけのことはある。
「そういう訳なのだよ、ランド君」
サリーは追い打ちをかけているけどな。
これも付き合いの長さ故だろう。
踏み込める深さを理解している訳だ。
「睡眠時間を削るのも程々にしないとね」
「くっ」
ランドが悔しそうに歯噛みする。
それだけではなく唇を尖らせて言い返す。
「言われんでも分かっとるわいっ」
「分かっているなら目の下にクマはできないよ?」
「うぐっ」
ランドは返り討ちにあった。
むやみな反撃はカウンターの餌食になるだけである。
何にせよランドとして遊びたいがために本気を出したことだけは認めねばなるまい。
ここまでするバカは滅多にいないだろうしな。
バカはバカでも本物の大バカだ。
こういうノリは嫌いじゃない。
とはいえ魔法で寝不足を解消するまでのことはしない。
それをすれば嬉々として武王大祭の最終日まで遊びまくろうとするだろう。
いくら魔法で寝不足を解消できるといっても限度がある。
限界を超えれば体に反動が出てしまうだろう。
それでも無茶を続ければ寿命にさえ影響が出かねない。
ならば何もせずに限度が来た時に休ませた方がはるかにマシである。
今日、目一杯に遊べばダウンするだろう。
拡張現実の表示をオンにしてランドの状態を確かめるまでもない。
ただ、念のためにモニタリングはしておこうか。
宰相をはじめとした周囲の者たちから不興を買う結果になるのは勘弁願いたい。
俺たちが振り回したせいで倒れたとか思われたくないからな。
そうなってしまえば、信頼を回復するのは並大抵のことではないだろう。
築き始めていた友好的な関係が根底から崩れてしまう恐れだってある。
今日は昨日までと違って、より慎重に行動する必要がありそうだ。
ちょっと面倒くさい気もするが仕方あるまい。
そこを回避しようとするのは国としてぼっちコースを選択するようなものだからな。
せっかく向こうから歩み寄ろうとしてくれているのだ。
この関係を大事にしなければならないだろう。
読んでくれてありがとう。




