1627 住民異動の届け出をしよう
「オセアン・リヴィエール、38歳です」
まるで衛兵の尋問を受けているかのようにオッサンが縮こまりながら名乗った。
「いや、年齢まで聞いてないよ」
思わず苦笑しながらツッコミを入れてしまったさ。
でないと「住所不定、無職です」とか言い出しかねない。
本人が言わなくてもトモさんが言ったりする恐れもある。
日本人だった頃にはニュースとかでちょくちょく聞いたフレーズだからな。
このままだと犯罪者のイメージとシンクロしてしまいかねない。
これ以上、微妙な雰囲気になるのは勘弁願いたいんですがね。
「すみません、すみません」
ペコペコと謝るオッサン。
実にオッサンらしい。
あ、オッサンじゃなくてオセアンだったな。
なんか微妙にオッサンに近い名前だけどさ。
もうオッサンでいいんじゃないかなと思ってしまいそうになる。
そういうのは良くないとは思うんだけど。
ただ、覚えやすくはあるな。
実年齢的にもオッサンって感じだし。
逆にオセアンと呼ぶ時にオッサンが口から出てしまわないように気をつけないと。
「謝らなくていいぞ、オセアン」
「は、はひ」
一応は一言で止まってくれた。
噛み噛みの返事なので精神状態はボロボロっぽいけど。
この調子では些細なことで謝りマシーンに逆戻りしかねない気がする。
「どうせ歳は住民票に書いてもらうからな」
「住民票ですか?」
「そ、国民として正しい情報を登録するためのものだ」
「なんだか難しそうですね……」
オセアンが引き気味である。
ドン引きとまでは言わないが、ちょっと怖じ気づいてはいるみたいだな。
今までシステマチックなものに縁がなかったようだし無理もないのか。
意外に神殿もユルユルだよな。
「そんなに難しいものじゃないぞ」
そう言いながら記入例を書き記したサンプル住民票を提示した。
「これは……」
受け取ったオセアンは目を見開いてサンプルに見入っている。
ひとつひとつの欄を確認しながら目を通しているようだ。
「おーい」
「……………」
軽く呼びかけてみたが返事がない。
この様子ではしばらくは戻って来ないだろう。
「カエデはどうだ?」
そんな訳で、応対の相手をチェンジだ。
カーラから先に住民票を渡されてサンプルと睨めっこで記入を始めている。
「難しいですね」
力なく笑いながら答えるカエデ。
「ふむ、そうか。
それはすまないことをした」
あまり口を出さないようにカーラには言っておいたのが良くなかったようだ。
読み書きはできると聞いていたので大丈夫だと思ったのは早計だったようだな。
「いえ、謝ってもらうようなことではないと思うのですが」
困惑しつつも普通に返事をしてくるカエデ。
これがオッサンだと恐縮しきりで話が進まない気がする。
どっちが年上なんだか分からんな。
「とりあえず分からないところを聞こうか」
「この現住所の欄が……」
困ったように眉根を寄せるカエデ。
「自分は決まったところに住んでいる訳ではありませんので……」
「あー、そこな」
カエデのように旅を続けている者だと確かにどう書いていいのか困るだろうな。
「出身国はフュン王国でいいのか?」
「いえ、違う国です」
「税金はどこに払っている?」
「今はフュン王国です」
「だったらフュン王国とだけ書いておいてくれ」
「それでいいのですか?」
「構わんよ」
俺がそう言うと、カエデはすこしばかり困惑の表情を浮かべた。
それを解消すべく──
「どこから来たのかさえ分かればいいんだ」
簡潔に説明したつもりだったのだが。
「はあ……」
カエデの返事は今ひとつ手応えの感じられないものであった。
どこか納得がいかない部分があるのだろう。
「大事なのは、これから住む所の方だし」
さらにフォローを入れてみる。
ちなみに、これは日本の住民票でも同じだ。
海外への転入出は国名を書くのが決まりである。
あくまでも大事なのは国内の住所の方だからね。
国外の住所は国名さえ正しければ、後は知らんがな状態なのである。
ただし、国名は正式なものを書かなければならない。
王国や共和国の場合は、その部分を略してはいけない訳だ。
その割にはイギリスはイギリスで良かったのは何故なのか。
あれは未だに謎である。
イギリスが王国であることを知らない人の方が少ないと思うのだが。
王室の話題とかテレビで見たりするもんな。
学校でも世界史で習う訳だし。
まあ、正式な国名まで知っている人はそんなに多くはない気がする。
実際は○○および○○連合王国なんて感じの長々とした国名だ。
○○の部分はどちらも長いので書かなくて済むなら届け出をする人は助かると思う。
「それもそうですか」
納得したカエデが現住所にフュン王国と記入する。
だが、すぐに困惑の表情が戻ってきた。
今のやりとりだけでは万事解決とはならなかったようだ。
理由は分かっている。
「次は新住所か」
「えっと、はい」
「新しく住む所を割り当てていないんだから記入しろと言われても無理だよな」
サンプルは新しい住処が決まっている状態を前提にしている。
故にカエデが書き込めないのは当然だ。
「そこは仮住所=ジェダイトシティと書いておいてくれればいい」
ここはセールマールの世界とは違うミズホ国独自の点だ。
住所不定を無くすために考案した。
言うほど工夫もできてないけどな。
苦肉の策というか、そんな感じだと思ってほしい今日この頃である。
「仮住所ですか?」
「新しい住所の割り当てが決まったら正式な住所への住民異動をしてもらう。
今日と同じ手続きを後日に行って新住所を確定させる訳だ。
手続きが二度手間の形になってしまうから面倒だとは思うだろうけどな」
「いえ、それは大丈夫です」
カエデは割と平然とした様子でさらっと答えた。
別にこちらを気遣った上での発言ではないようだ。
「仮に決めておくことで漏れをなくそうという発想は素晴らしいと思います」
細かく説明した覚えはないのだが、カエデは二度手間になる理由を理解していた。
普通は何度も手続きするのを面倒くさがって終わりなんだけどな。
何にせよ理解されるのは嬉しいものである。
「そ、そうか?」
少しだけだが照れくささを覚えて返事を噛んでしまったさ。
「はい」
フンスと鼻息も荒く答えるカエデである。
ドヤっているところを見ると偶然に気づいたっぽい。
ここまで細かな手続きは初めてだろうし、そんなものではなかろうか。
冒険者の登録なんて名前が書ければ終わったも同然だからな。
「こういう部分的に融通を利かせながらもキッチリしたものは良いですよね」
どうやらカエデは思った以上に生真面目さんのようだ。
ますますルディア様に似てると思ってしまいましたよ。
「そう言ってもらえて何よりだ」
ものぐさなタイプの人だと嫌がられてしまうからな。
ただ、住民登録をおろそかにする訳にはいかない。
もしも幽霊国民なんてことになってしまったら色々とマズいことになる。
一番の大事は社会保障が受けられなくなることだろう。
医療関連は学校で魔法を覚えれば大抵は自分でなんとかできるようになるけれど。
それでも職にあぶれた場合のことなんかも考えておくべきだろう。
失業保障とか受けられないと状況によっては飢え死になんてことになりかねない。
これも学校に通った後であれば冒険者としてやっていける実力はつくんだけど。
つまり幽霊国民は学校に通えないから詰んでしまうって訳だ。
まあ、一度うちの国民になったからには幽霊国民なんて真似はさせないさ。
称号[過保護王]は伊達じゃないっ!
某グランダムのパイロット風に言ってみました。
特に意味はありません。
言ってみたかっただけってことだな。
え? 真面目にやれ?
フヒヒ、サーセン。
読んでくれてありがとう。




