1623 初めてのケース
オッサンの札はメールに添付されていたファイルを開くための鍵でした。
模様に偽装したパスワードが書き込まれていたからね。
やったのはルディア様である。
こういう回りくどい真似はラソル様の専売特許な気がするのだけど。
……言い回しが古くさいかな。
十八番と言った方が分かりやすいかもしれない。
……これも古いか。
おはこと読まずにそのまま読んでしまう人もいそうだし。
いずれにしても日本人だった頃にこんな言い方をする人は見かけなくなっていた。
他に分かりいい言い方って何があったっけ?
万人に分かりやすく言えば得意技だろうか。
なんにせよ、ルディア様がやらかすような手段ではないと思う。
セキュリティ面を気にするあまりの行動だったのだろうか。
だとすれば、めずらしく心配性な部分が出ていると言わざるを得ない。
あるいは無意識にササッとやってしまった結果なのか。
果たしていずれであるのかは当人でなければ分からないだろう。
現状でそれを確かめるのは躊躇われるけどな。
どれだけ忙しいのか俺たちには分からないし。
聞くとするならルディア様たちの仕事が一段落ついてからだ。
俺が今すべきは添付ファイルを開いて中身を確認することであろう。
そんな訳で、さっそくパスワードを打ち込んでいく。
3桁も入力しなきゃならんので普通なら面倒くさくて仕方ないところだ。
故にテキストエディターを開いて解読した文字をそちらに入力する。
パスワード入力欄はせせこましくて入力しづらいんだよな。
だから直に入力はしない。
入力し終わったら間違いがないか確認だ。
大事なことなので確認は2回やりました。
で、確認が終わったらテキストエディター上からコピペでドン。
読み解きながらパスワード入力欄へ直接入力していくより精神的な負担は少ない。
直に入力するのは入力をミスったり読み間違えたりすると修正が面倒だもんな。
その点、テキストエディターでの入力は修正が楽だ。
文字入力に特化したソフトだからね。
某OSに標準で入っているのは使いにくいけど。
いま俺が使っているのは、もちろんそういう不便な代物ではない。
日本人だった頃に愛用していたフリーウェアを参考にして自作したものだ。
元祖は使いやすかったけど面倒な部分もあった。
テキストエディターにしては設定項目がやたらと多かったのだ。
使いやすさとトレードオフな部分だと言えるので仕方のないところだろう。
故に俺が脳内スマホ上で自作したものは俺仕様にして設定項目を略したけどね。
誰か他の人が使うならともかく、俺しか使わないからそれで充分なのだ。
「……………」
脱線している場合じゃないな。
とにかく添付ファイルを開くことには成功した。
成功して当然なんだけど。
見ればテキスト情報の羅列である。
改行とか一切してなかったですよ。
そんなこと気にしていられなかったのかな、ルディア様って感じだ。
思考入力で無意識に詰め込んだものと思われる。
これなら一瞬で終わるだろうし。
ただ、余裕がないのは丸わかりになるけどね。
やっつけ仕事感が半端ないもんな。
その割には細工がおちゃらけ亜神のイタズラ的なのが残念なところである。
オッサンをフリーズさせたりカエデを使ったり。
とはいえ、リアルタイムでリモートコントロールしている感じではない。
時限式の術式をベースにしているっぽい。
そこに条件にかみ合ったらメインの術式が発動するようセットされていたようだ。
というかテキスト内の言い訳の部分に書かれている。
余裕がないのでこういう方法を取らざるを得なかったみたいだね。
忙しさのあまり切羽詰まって身内を参考にするしかなかったとかだろうか。
いや、ルディア様なら意識的には絶対にラソル様のやり方を参考にはすまい。
無意識にやった結果がたまたまこうなったんだろうけど……
やはり、何だかなぁと思ってしまうのはラソル様的だからか。
何にせよルディア様の残念な部分を見た気がする。
まあ、忙しい中でもこちらを気にかけてくれたことには頭が下がる思いなんだが。
オッサンが持っていた札が暗証番号になっているとは思わなかったし。
渡せば分かるとは聞いていたが、そういうことだとは考えもしなかったさ。
日本人としての記憶を持たなきゃアルファベットや数字とは分からなかっただろうし。
仮に文字を拾い出せても何かの暗号文だと誤解されると思う。
暗証番号という概念自体が西方にはないからな。
意味のない文字の羅列を見て頭を悩ませるのがオチだ。
ミズホ国民ならすぐに当たりを付けられるだろうけど。
まあ、誰もその先の行動を実行したりはしないはずだ。
そもそも肝心のファイルは余人には手に入らないのだし。
俺の脳内スマホに届いていたメールの添付ファイルだからな。
これ以上ないくらいセキュリティもバッチリである。
ついでにオッサンの本人確認もバッチリだ。
札の入手方法が本人から語られている上にフリーズしてしまったからね。
ルディア様の仕業なら他人がどうこう干渉できる訳もない。
最強の本人確認だろう。
そして添付ファイルの中身を読んだことでどうすれば良いのかは分かった。
事情の説明はもちろん、何をすれば良いのかの指示も書かれていたからな。
端的に言えば所定の情報をメモライズの魔法で流して国民にしろってことだ。
元より国民としてスカウトするつもりだったのだが。
スカウトする方法が些か強引すぎるんじゃなかろうか。
まさか先にメモライズで情報を流し込むことになるとは思わなかった。
そうしないと復帰しないようにしてあると書かれているのを見た時はガックリきたさ。
そんなの誰にも分かる訳ないじゃないか。
おまけにカエデも同じようにしておけって無茶振りの追加もしてくるし。
そういや、こちらも途中からおかしくなり始めていたもんな。
最終的にはオッサンの荷物をあさり始めるし。
本人らしからぬ行動に何か変だと思わなければ荒っぽい方法で止めていたかもしれない。
添付ファイルを読み終わってからドキドキし始めている。
明らかにルディア様らしからぬ方法だ。
添付ファイルに書かれていなければ、ラソル様の仕業かと疑ったかもしれない。
本人的にも良いとは思っていないと書かれていたしな。
札の手渡しなんてオッサン自身にやらせる方が穏便ではある訳だし。
ただ、そのためには低下させた意識を覚醒状態にまで持っていかないとダメだそうで。
その場合は記憶に混乱が生じかねないという。
それはカエデも一緒ではないかと思ったが、読み進めると少し違った。
動ける程度まで徐々に意識を低下させてギリギリのところで操る形にしたようだ。
その上で行動後にオッサンと同じくらいまで意識を低下させる。
これだと本人の認識が曖昧になるらしい。
あとで思い出すことがあっても夢の中の出来事だと認識するのだとか。
方法については善し悪しはあるだろうが理解した。
問題はカエデにそれをさせた理由の方である。
端的に言えばリトライのチャンスを与えたかったということだ。
どうやらスカウトを断った時のカエデは遠慮していたというのである。
気持ちの上では誘われたことが嬉しかったらしい。
好き好んで孤高を貫いている訳じゃないってことだ。
俺のように選択ぼっちだったのだろう。
そう思うと親近感が増すというものである。
だが、それ故に迷惑になるんじゃないかと考えたみたいだな。
大きな事件に巻き込まれた上に尻拭いまで俺たちにさせてしまった。
何の恩返しもしないままに世話になるのは良くない。
だからこそ何かしら恩返しをするのが先だ。
そう考えた末に断ったというのが真相なんだとか。
『……………』
言葉が見つからない。
何だかなぁ、の心境である。
読んでくれてありがとう。




