1622 カエデの変化と異常行動
ツバイクにウルメのフォローをしてもらおうと思ったのだが……
「いいのですか?」
やや心配そうに問われてしまいましたとさ。
現在進行形で俺が困っているのを見ているからだろうな。
ウルメなら自己調整ができるので単独でのケアも問題ないと言いたいのかもしれない。
世話焼きな男である。
そういうのが嫌いって訳じゃないんだが──
「ウルメはお前さんの国の民だろう」
そちらを優先すべきだと思うのだが。
ツバイクは王太子なんだし。
それを思うと苦笑を禁じ得ない。
「ちゃんと労ってやれよな」
よくやったの一言しか聞いていないのは、どうかと思うぞ。
言外にそういう空気を漂わせておいた。
さすがにツバイクもマズいと思ったのだろう。
「……そうさせてもらいます」
逡巡する間がわずかにあったものの素直に頷いていた。
こちらとしても願ったりの展開である。
適当な口実を考えるまでもなくアカーツィエ組と別行動ができるようになったからな。
そんな訳でツバイクたちとは別行動となった。
で、俺は理力魔法を維持したままオッサンを部屋に運ぶ。
カエデも無言で付いて来た。
ただ、何かがおかしいのだ。
何がおかしいのかと問われても、こうだと明確には言えないのだけど。
先ほどから微妙な違和感を感じているのだけは間違いない。
「……………」
当人にバレないよう軽く観察したくらいでは、それが何であるのかは分からなかった。
物静かで余計なことを口にしないのは元からだし。
そこが何故か気になるんだけどな。
自分でもよく分からない奇妙な感覚だ。
何かあるとは思うものの、それが何であるのかは分からずじまい。
実にもどかしいったらありゃしないんですが。
結局、違和感の正体に気づけぬまま部屋へと到着しそうになっている。
とりあえずカエデに感じている違和感はスルーだ。
部屋に入った後のオッサンの扱いをどうするかが問題になるからな。
意識が内面に向いたままであろうオッサンをどう扱ったものか。
今の状態で強制的に座らせると関節周りを怪我させかねない。
が、部屋の中で全員が立ったままというのも微妙にシュールな気がするし。
かといってオッサンだけ立たせておく訳にもいかないだろ?
意識が内面から戻ってきたときに自分だけ立っている状態なのは驚くだろうし。
全員が室内で立ったままなのも違和感がありそうだけど。
とにかく、どうにかしないとな。
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皆でゾロゾロと廊下を歩き部屋まで戻ってきた。
理力魔法で引っ張ってきたオッサンは最後尾だ。
ここまでは特に何もなかったので良しとしよう。
結界の中だからなくて当然、あれば大事である。
問題は、ここから先だ。
オッサンに己の内面世界から戻ってきてもらわないことには立たせたままになる。
そういう結論に達した。
無理をしないのが一番だ。
が、問題は他にもある。
オッサンの意識が帰ってきてくれないと話が進まない。
一体、何を考えているのやら。
復帰してきたら、そのあたりは是非とも聞いてみたいところである。
なんてことを考えていたら……
「「「「「ふぁっ!?」」」」」
皆でそろって素っ頓狂な声を出してしまっていましたよ。
俺も含めてね。
それもそのはず。
あり得ないものを目撃してしまったからである。
「ななな何してるのさっ」
慌ててカエデに声をかけたら、この様である。
「舌が回ってないよ、ハルさん」
トモさんに指摘を受けてしまったさ。
「それどころじゃないって!」
反論するも時すでに遅し。
カエデがアウトな行動を実行し終わってしまっていた。
「あー、もう、何やってんだよぉ」
愚痴りたくもなろうというものである。
オッサンの肩掛け鞄をあさってブツを抜き取ったのだから。
俺たちの前で堂々とな。
あまりのインパクトに動けなかったさ。
金縛りにあったようなものかもしれない。
「ん?」
何かおかしい。
こちらを向いたカエデだが、目の焦点が合っていない。
皆も気づいたようだ。
一瞬で身構えるミズホ組一同。
何人かは魔力を高め始めていた。
「いや、いい」
俺は手は使わず言葉だけで皆を制した。
そう大げさにすることでもないと分かったからな。
皆はバリバリに警戒心をあらわにしていたが。
これはカエデの変わり様の怪しさだけが気になっているせいだろう。
無理からぬところだ。
今の今まで何の変化にも気づかなかったのだからな。
怪しいところは何もなかった。
カエデの気配も変わらぬままだったし。
室内の様子がおかしいということもなかった。
まあ、変化は少し前からカエデの中で起きていたようだけど。
それも今になって、ようやく気づく程度のものだ。
分かってしまえば恐れることはない。
意表を突かれたから必要以上に警戒してしまう皆の気持ちも分からんではないがね。
俺としては、あまりにも意外でちょっと呆気にとられてしまったけれど。
こういうのを憮然自失というのだろうか。
我を失うのはわずかな時間ではあったけれど。
驚きの度合いが些か強めだったのは事実だ。
決して怒った訳ではない。
「良いのか、主よ?」
代表するようにシヅカが聞いてくる。
一応、魔力の収束は止めてくれた。
細めた目でカエデを見据えたままだけどね。
軽く半身になった構えも解いてはいない。
油断しないのは良いことだ。
「ああ、構わない」
事情が分かれば皆の緊張も解けるだろう。
カエデがややフラフラした足取りで俺の方へと向かって来る。
「「「「「っ!?」」」」」
それを見て緊張を高めるミズホ組。
何人かは逆に構えを解いていたが。
「なんじゃ、そういうことじゃったか。
まるで何処かの御仁のようなことをするのう」
シヅカもそのうちの1人だ。
気づいたようだな。
「「「「「え?」」」」」
気づかなかった面々が呆気にとられてそちらを見た。
「ほれ、見ておれば分かるわ」
苦笑しながらシヅカは視線で指し示すように俺の方を見る。
ちょうどカエデが手にしたものを差し出してこようとするタイミングだった。
「「「「「っ!」」」」」
さらに緊張を高めるミズホ組。
「大丈夫だって」
「心配ないない」
「危なくないよ」
元日本人組がなだめにかかっている。
そのお陰もあってか、カエデに飛びかかろうとする者は出てこなかった。
ナイスフォローに内心でサンキューと言っておく。
そして俺はカエデからそれを受け取った。
例の手紙に添えられていたという札である。
「やはりな……」
これ自体は何の変哲もない札だ。
アミュレット風に模様が書き込まれているように見えるがね。
ただ、模様に見えても術式を構成している訳ではない。
材質だってありふれた獣の皮をなめしたものである。
これを見た大半の者は価値のある物だと感じはしないだろう。
しかしながら、これこそがオッサンには重要な意味をなすキーアイテムなのだ。
そう、まさしく鍵である。
一見すると模様じみた部分がパスワードになっているのだ。
カリグラフィー風に書かれた文字や数字を横からギュッと圧縮させた感じだな。
しかも文字はアルファベットなのに数字の方はアラビア数字ではなく漢数字である。
西方人には絶対に解読不能だ。
ミズホ国民でも読み解くのに苦労させられるほど分かりにくくなっているほどだし。
ちなみに、全部で3桁に到達する面倒くさいパスワードだ。
そこまでしなくてもセキュリティ的に大丈夫だと思うのだが。
俺の脳内スマホ内に届いたメールの添付ファイルで使うものなんだし。
これがラソル様のイタズラというなら頷けるのだけど。
いや、それはそれで頷きたくはないけどね。
メールの送り主的にそれはない。
ルディア様だもんな。
読んでくれてありがとう。




