表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1632/1785

1619 帰り際に

「いやいや、すまないね。

 本当に御馳走になったよ」


 サリュースが馬車に乗り込む前に挨拶してきた。


「堪能させてもらった」


 続いてハイラント。


「感謝する」


「旨かったぜ」


 ルータワーとランスローもそれぞれの言葉で続いた。


「変な時間に押し掛けてすみません」


 そしてペコペコと謝るスターク。


「今更、蒸し返すのかよ」


 ランスローがすかさずツッコミを入れていた。


「それは我々が言うとこではなかろう」


 ルータワーが被せるようにツッコミを入れる。


「んだとぉ?」


「常識的に考えろ」


 喧嘩腰なランスローの反応を切って落とすルータワー。


「ぐっ」


 自覚はあるらしく、ランスローも短く唸って引き下がった。

 危うく口喧嘩が勃発するところだったな。

 このまま2人で漫才風の喧嘩を続けられてもね。


 まあ、喧嘩するとは言っても微笑ましい感じではあるけどな。

 たとえ殴り合いになっても国同士の戦争に発展することはないだろう。


 でなきゃ他の5国連合の面子が本気で止めているはずだ。

 残りの3人はいつものことだとばかりの反応を見せている。


 スタークはちょっとハラハラしてるけど、これは本人の性格によるところが大きい。

 長引けば止めるが、すぐに終わるならしょうがないなって感じで見ているし。

 場所とタイミングさえ考えてくれるなら俺も3人と同じようなことを思っただろう。


 だが、まだやることがある身としては勘弁願いたい。

 やるなら帰ってからにしてくれと言いたいところである。


 俺が京都の出身だったなら──


「ぶぶ漬けでも食うか?」


 と聞いているところだ。

 この場合、意味が分からずに本当に食べていこうとする恐れがあるけれど。

 言葉の中に込められた意味はまるで違う。


 端的に言うと「帰ってくれ」を遠回しな表現にしたものだ。

 実に分かりにくい話だけど。


 これについては日本人だった頃に京都出身の人に聞いたことがある。

 ぶぶというのは京都の言葉でお湯のことだそうだ。


 つまり、ぶぶ漬けとはお湯をかけた御飯ということになる訳で……

 その話を聞いた時は驚いたものだ。


 ずっとお茶漬けだと思っていたからね。

 標準語に直せばお湯漬けだから言いたいこともなんとなく分かって納得もしたけど。


 ちなみにお粥でもないそうだ。

 冷めた御飯をかき込みやすいようにお湯をかけたものと考えればいいみたいだな。


 必ずしもそうとは限らないようだが、そう考えると先の言葉も頷けるだろ?

 どう考えても客に出すようなものじゃないからな。


 パサついた冷や飯の湯がけなんて味気ないにも程がある。

 そういうことをされたくなければ帰れという遠回しな嫌みが含まれている訳だ。


 長くお茶漬けだと思っていたからピンと来なかったんだよな。

 お茶漬けって凝ったものを作れば、それなりに豪華なものができるし。

 それなりの範疇に留まりはするのだけれども。


 でも、人に出すものだから普通は可能な限り見栄えのするものを出そうとするよな。

 まさか、あえて普通よりも見劣りのするものを人に出すなんて考えもしなかったさ。


 そういう思い込みが理解の妨げになっていた訳だ。

 分かりづらくて当たり前である。


 ともかく、ぶぶ漬けモードは回避された。

 5国連合の面々は箱馬車の中へと乗り込んでいく。

 御者の変装をしているランスローだけは御者台に座らざるを得ないんだけどな。


 で、御者台に座った途端に無表情になった。

 あれは我慢をしている顔だな。

 かなりストレスが溜まっているようだ。


 直前まで上機嫌だったのが嘘みたいに思えてくる。

 このまま帰してしまうと今夜の印象が悪くなってしまうじゃないか。

 せっかく持て成したというのに台無しである。


 恨むなら自分のクジ運を恨んでくれと言いたいのだが。

 それを言ったところでランスローの機嫌が回復するものでもない。


『しょうがないなぁ』


 効果が見込めるのは突き放した言葉の鞭より現実的な飴である。

 とはいえリアルの飴を用意しても仕方あるまい。

 子供じゃないんだからランスローが喜ぶとは思えない。


 いや、一概にそうとも言い切れないのか。

 西方だと砂糖は高級品みたいだし。


 王侯貴族にとっては、さほど珍しくはないのだろうけどね。

 それでも砂糖を用いた料理や菓子のバリエーションは乏しい訳で。

 サリュースがデザートを中心に食べ過ぎたのも無理からぬことなのである。


 それはともかく、俺が用意する飴は比喩的表現であってリアルな甘味ではない。

 お開きにする前には既に用意していたお土産だしな。

 今から飴に変えるのはその手間が無駄になる訳だ。


 その方が適切だというなら話は別だが。

 ただ、5国連合の面々にとっては飴よりも価値のあるものだと思っている。

 故に変えるつもりもない。


「ランスロー、これを持っていけ」


 竹の皮で包んだお土産を渡す。

 他の面々にもカーラとツバキが渡していく。


「何だ、これは?」


 中身が見えないために困惑の表情を浮かべるランスロー。


「土産だ」


「そりゃあ、すまないな」


 御者台に座った直後の無表情から一転して申し訳なさそうな顔をするランスロー。

 自分の態度が大人げなかったと思っているのかもな。


「で、中身は何だ?」


「押し寿司と巻き寿司の詰め合わせだ」


 酢飯に刻んだガリを混ぜたものなので、より腐りにくくなっている。


「夜食にするも良し。

 明日の朝食にするも良し」


 それくらいまでなら問題なく持つはずである。

 念のために魔法で腐りにくくなるようにはしてあるけどな。

 食中毒とか起こされても困るし。


「おおっ」


 ランスローの表情が一瞬でほころんだ。


「恩に着るぜ」


 満面の笑みで礼を言ってきた。


「そんな大層なもんじゃないぞ」


 たかが1人前1食分の土産である。


「ハルト殿っ」


 ハイラントが箱馬車の窓から顔を出して呼びかけてきた。


「すまないな」


 こちらもニコニコである。

 カーラかツバキから中身が何であるのかを聞いたのだろう。


「何の手土産もなく押し掛けておきながら御馳走になってしまったのに」


「気にしなくていい」


「そういう訳にもいかんだろう」


「その通りだ」


 ハイラントの後ろからルータワーが言ってきた。


「今夜の借りはいずれ返させてもらう」


 そして、もうひとつの窓からサリュースとスタークが顔を見せた。

 スタークは後ろの方から覗き込むような格好でだけど。


「うんうん、ルータワーくんの言う通りだよ。

 我が国に来た時には大歓迎させてもらうからね」


「自分もです」


「ありがたい申し出だが、目立つのは無しで頼むわ。

 派手にやらかすって言うなら訪問は辞退させてもらう」


「アッハッハ、それは大変だ」


 楽しげに笑いながら、そんなことを言うサリュース。

 とても大変なようには見えない。


「分かったよ。

 目立たぬように熱烈歓迎させてもらおう」


「矛盾しているんだが?」


「なぁに、やりようはあるさ」


 ニヤリと笑ってウィンクするサリュース。

 微妙に嫌な予感がするのだが。

 何か目論んでいるのは間違いなさそうだ。


 とはいえ、これから友好国としてやっていこうという相手に妙な真似をするだろうか。

 考えなしの輩ならばともかく。


 まあ、その時に考えるとしよう。


「我が国へ来訪の折は是非とも今回の借りを返させてもらいますよ」


 スタークがサリュースの肩越しに言ってきた。

 押し退けるような真似はできなかったのだろう。

 相手は5人の中で唯一の女子だしな。


 仮に他の面子だったとしても性格的に無理だったとは思うが。


 これで王太子なのだから大丈夫なのかねと心配になってくる。

 大事な場面では、しっかり者になることを願っておこう。


 願うだけなので特に魔法的な効果はない。

 こういうのは苦労するほど当人の糧となるからな。

 ずっと持続する魔法で守られていたんじゃ経験を積むことだってできやしない。

 何か問題があって手助けが必要なら、その度に対応した方がいいだろう。


「期待しておこう」


「はいっ」


 俺の返事を受けてスタークも朗らかな笑みを見せた。


読んでくれてありがとう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

下記リンクをクリック(投票)していただけると嬉しいです。

(投票は1人1日1回まで有効)

小説家になろう 勝手にランキング
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ