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1613 ランスローはツッコミを入れたい

 オッサンが海苔巻きに齧り付いたまま固まっていた。

 噛み切れば具材をバラ蒔いてしまうであろうことに気付いたが故の硬直だと思われる。

 食べ物を粗末にできないという固定観念が、そうさせているのだろう。


 かといって口に入れたものを出すこともできずにいる。

 それもまた不作法であり、はしたないという思いに囚われているせいか。


 故に進めず退けずの状態に陥ってしまったものと考えられる。

 結果として思考まで止まってしまったようだ。


 絵に描いたような「誰か助けて」状態。

 口が塞がっているので声にも出せない。


 せめて呻けば誰かが気付いて察してくれるはずなのだが。

 現状では、かぶり付いて何をしているのだろうとしか思われないのではないだろうか。


 仮に俺のように気付いた者がいたとしても、固まっているだけではね。

 本人が助けを必要としているのか、何とかしようと考えているのかも読みづらい状況だ。


 他人からは「落ち着けよ」とツッコミを入れられて終わりのような気がする。

 冷静になれば、そこまで慌てる必要もないのだし。

 思考停止させてしまったのが問題なのだ。


 このままでは埒が明かない。

 オッサンが自力解決する可能性は著しく低いと判断した。


 とりあえず巻き寿司がのっていた空いた皿をオッサンに押し付ける。

 固まった状態で視線だけ動かしてこちらを見ようとしてくるオッサン。


 どういうことかと目で訴えてくる。

 それすら考えられなくなっているとは重症だ。


「それで受ければ落としてもテーブルの上にバラ蒔くことはないだろ」


「っ!」


 オッサンが目を見開ききって短く唸った。

 目から鱗が落ちたを絵に描いたかのようだ。


 そこまで画期的なことをした訳じゃないんだが。


 あくまでオッサンが慌てすぎていただけの話と言える。

 落ち着いて考えれば他にもやりようはあったし。


 せっかく途中でブレーキをかけて止まれたのだ。

 そこで噛み切らなければ、どうとでもできた。


 にっちもさっちもいかないなら吐き出すのもありだっただろうさ。

 下品なのは否めないとは思うがね。


 それに深く口の中に押し込むなら、しょうがないで済まされたと思うのだが。


 これも下品と言われれば否定はできない。

 が、吐き出すよりは遥かにマシなはずだ。


 五十歩百歩などと言われることはないくらいには。

 少なくともこの場では誰も気にしなかったと思う。


 オッサンは気にしていたんだろうけど。

 行くべきか行かざるべきかなんて顔をしてたからな。


 とにかく、想定された被害は起こらなかったんだ。

 良しとしておこう。


 オッサンは皿の上にばらけた具材を食べるのに苦労してたけどな。


 箸がわりの小さなトングで具材のひとつひとつを摘まんでは口に運んでいる。

 具材を潰さないよう、そっと丁寧に。


 当然、その動きはゆったりしたものとなる。

 そばから見ていると焦れったくなること間違いなしのスローな動きだ。


 動画で見たナマケモノに匹敵するなと思ったくらいにな。

 本人は気にした様子もなかったが。


 むしろ、こぼさなかったことに安堵しているせいか穏やかな笑みすら浮かべていた。

 実に幸せそうである。

 食べ物を粗末にしなかったことを神様に感謝しているんじゃなかろうか。


 当人はそれで構わないのだろう。

 が、注目していた者たちにはストレスの溜まる光景であった。


 俺もエリスも見ていたのは途中までである。

 見続けても精神衛生上よろしくないからな。

 他の面子も大半がそうしていた。


 中には、それができない者もいたが……


「えーいっ! チマチマとっ」


 それまで横目でガン見していたランスローが吠えた。

 ギョッとしてそちらを見るオッサン。


「海苔巻きなんてのはなぁっ」


 言いながら横目で注文パネルを操作する。

 海苔巻きの皿が出てきた。


 それを手づかみで口の中にすべて押し込む。

 どうだとばかりにオッサンの方を見ながら高速でモグモグしてグッと飲み込んだ。


 プハッと一息ついて──


「こうやって一口で食えばこぼさずに済むだろうが」


 鼻息を荒くさせながら主張した。

 実演して説教をかますようなことだろうか。


 実際、オッサンは呆気にとられるばかりだったからな。

 直後には戸惑うような感じになっていたけど。


 下品な行為には強い抵抗があるのだろう。

 神官だったことを考えれば無理からぬことか。


 そういう意味では屋台飯はカルチャーショックを受けそうな気がするけどな。



 □ □ □ □ □ □ □ □ □ □



 海苔巻きひとつに苦戦したオッサンであったが。

 いざ食べてしまうと気に入ったらしい。


 躊躇うことなく、ふたつ目を注文していた。

 意外である。


 しかも今度は一口で食べきってしまう。

 これまた意外だった。


 手づかみではなくトングを使ってはいたけどな。

 食べ方もランスローのような豪快さはない。


 どうにか口の中に押し込んだって感じの不器用さがあったし。

 生まれて初めて大口を開けようとしたかのように見受けられたさ。


 なんというか一念発起して挑戦してみた感が凄く伝わってきた。

 見ていてもどかしい感じはあったけどな。


 それを見てニヤリと笑みを浮かべつつサムズアップするランスロー。

 挑戦したことに満足したようだ。


 オッサンは照れくさそうにペコッと軽く頭を下げた。

 そして咀嚼中であることに気付くと赤面して俯いてしまう。


「お前は乙女かっ」


 笑いながらランスローがツッコミを入れている。


「訳が分かりませんよっ」


 さすがに言い返すオッサン。

 男の娘と言うにも無理があるからな。

 オカマとかオネエなら、まだしも。


 もちろん、オッサンにそういう雰囲気はない。

 ランスローが、はあっと深く溜め息をついた。


「気付いてないのかよ」


「え?」


 何を? と言いたげな顔で固まるオッサン。


「恥ずかしがって俯くとか、いい年したオッサンの仕草じゃないっての」


「うっ」


 指摘されて初めて気が付いたらしく、オッサンが引きつった顔でビシッと固まった。


 皆がドッと笑う。

 ちょっと停滞していた空気が少し明るくなった気がした。


 それだけオッサンが注視されていた訳だ。


 別にイケメン俳優みたいなオーラを纏っているってことはないんだけどね。

 整った顔立ちはしている方だとは思うが、ザ・オッサンという雰囲気の方が強いし。


 別の言い方をするなら、所作が野暮ったいというところか。

 窓際族的な雰囲気があると言ってしまうと言い過ぎだとは思うが。

 仕事は普通以上にできるもんな。


 でなきゃ武王大祭で本戦の主審を任されたりはしないだろう。

 どちらかと言えばのレベルだとは思うが、決して鈍くさい感じではなかった。

 今のイメージとはギャップがある。


 おそらく事前にかなり練習したんだと思う。

 慣れればテキパキと動けるみたいだな。


 逆に慣れていないことになると、途端にモッサリしてしまう。

 判断に迷いが出てしまうのだろう。

 自分に自信が持ちきれていないのかもしれない。


 それでも訓練しだいで改善できるならマシな方じゃないかな。

 もしも国民になってくれるなら学校で矯正できると思う。


 まあ、食べ始めたばかりで気にするようなことじゃないか。

 せっかく和やかな感じになったんだ。


 オッサンが被害を被った格好ではあるがね。

 笑われたことにも恥ずかしそうにしていたし。


 ただ、指摘されたばかりなので居心地が悪そうにもしていた。

 おそらく再び赤面しながら俯きそうになっていたんじゃないかと思う。

 完全に癖として体に染み付いているんだろう。


 なくて七癖あって四十八癖とも言うしな。

 どうにか耐えきったようではあるけれど。


 笑われたことに対する羞恥心についてはスルーすることにしたようだ。

 オッサンは諦観を漂わせながら遠い目をしていた。

 どこか決意を感じさせる雰囲気も感じる。


 世間で揉まれて生きていく覚悟ってところか。

 神官の職を辞してきたからには神殿の庇護がないからな。


 俺は内心で頑張れと応援した。


読んでくれてありがとう。

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