1610 オッサン、尻込みする
俺は適当な席に座るとパネルを操作して注文した。
オッサンは何をしているのか理解できずに困惑の視線を向けてきている。
「……………」
いちいち説明するつもりはない。
百聞は一見にしかずだ。
頼んだ寿司が流れるレーン下の段差部分から寿司が出てくる。
それを見たオッサンが──
「─────っ!?」
声なき悲鳴を上げつつギョッとして身を強張らせた。
回転寿司のシステムが高度な魔道具であることを察したからだろう。
続いて、あうあうと呻き声を発しているのが聞こえてきた。
横目で見れば頬を引きつらせているのがありありと分かる。
何の予備知識もなければ、こんなものなのかもしれない。
ハイラントたちはここまでじゃなかったんだが。
俺たちの非常識ぶりを少しは把握していたからと考えれば、こんなものか。
まだマシな反応をしていた訳だ。
この様子だとオッサンの方が一般的な西方人の反応に近い気がする。
だが、俺は気にせず寿司を食うのだ。
気にしてたら、またフォローすることになって食べそびれてしまうからな。
そんな訳で動揺しているオッサンから目をそらす。
まずは卵の握りから。
柔らかくて軽く咀嚼するだけでフワッとした甘みが口の中に拡がっていく。
何度も噛み込んで味わいを楽しむ類いのものではないのでササッと食べられる。
それもあっての選択だ。
早く腹に送り込みたいが故にな。
噛み終われば湯飲みに注いだお茶で流し込んで次に備える。
続いてはコウイカだ。
イカは種類によっては弾力が強くて噛むのに四苦八苦することがあるが、これは違う。
柔らかくて食べやすい。
とにかく腹に詰め込むのが先だ。
続いては寿司ではなく茶碗蒸し。
やはりサイズは小さいが、とりあえずは人心地つけそうである。
「あの、お邪魔します」
おずおずとしながらもオッサンが席に着いてくれた。
食べる意思ありってことだと勝手に判断させてもらったよ。
座るだけで食べないつもりとか言われても困る。
その時は強引に食べさせるまでだ。
飲酒の強要じゃないんだし問題は少ないだろう。
「はいよ」
返事をしながら横目でオッサンを見た。
物珍しげに回転寿司のレーンを見ている。
まあ、無理もないか。
知らない食材を使った知らない料理だからな。
そのせいか見てるだけの時間が続く。
「好きに皿を取って食べていいんだぞ」
「あっ、えっ?」
オッサンは流れている寿司皿を眺めて固まっている。
未知のものに対する抵抗感か。
それとも遠慮から来るものか。
後者は些か考えにくいか。
やや遠慮気味ではあったものの、あまり抵抗なく座ったからな。
空腹には勝てなかったということだろう。
その割りには勧めても手を出さないんだけどな。
「好き嫌いはあるか?」
神殿関係者はそういうのがないかと勝手に思っていたが、そうではないのかもしれない。
宗教的意識から生ものがダメとかも考えられる。
ルディア様からはそういう話を聞いていないのだが。
それは他の亜神も同様だ。
食事でタブーにしているものはないと聞いている。
食べ物を粗末に扱うのはダメだというのは当たり前のことだしな。
好き嫌いについてもタブー視まではしていないみたいだ。
褒められたものではないとは聞いたけどね。
どうしてもダメなものってあるもんな。
辛いものや酸っぱいものは許容できる範囲が人によって違うだろうし。
カレーは甘口でないとダメだとか。
薄めに味付けした酢味噌和えでも咽せそうになるとか。
そういうタイプは少数派ではあると思うが、レアと言うほどでもない。
トマトのようなグシャッとした食感がダメという者もいる。
似たようなタイプに生ものがアウトだという者たちがいた。
どちらも日本人だった頃に見かけたことがある。
モンブランのザラッとしたクリームが苦手で栗が食べられなくなったなんて者もいたな。
カニカマのせいで普通のカニも食べられなくなったとかいう話も聞いたことがある。
ただ、近年のカニカマは昔ほど掛け離れた味でもないと思う。
カニそのものとまでは言わないけどさ。
なんにせよ、オッサンにもそういうのがあるかもしれないと考えて然るべきだった。
配慮が足りなかったな。
空腹のせいで応対が雑になりすぎていたと反省する。
これが緊張を強いられるような状況下なら、この程度で雑にはならなかったはず。
オッサン相手だからだろうか。
本当は相手を見て態度を変えるのは良くないのだが。
無いとは言えない。
女の子ならもっと丁寧にやっていたと思う。
それが証拠に、俺はまだオッサンから名前を聞いていない。
こちらから名乗ったのは当然としてもだ。
オッサンはまだ名乗っていない。
今更、俺の方から催促するのもどうかと思う。
名乗らなかったからといって礼儀がどうとかは言うつもりもないしな。
ただ、オッサン呼ばわりすることについては許容してもらわねばならない。
名前くらいは【天眼・鑑定】スキルを使えば楽に分かることだけど。
知られていないはずの名前を俺から言われたら、オッサンはどうなることやら。
卒倒しかねないくらい驚くのは間違いないだろう。
そういうトラブルは御免被りたいものである。
まあ、名前については食後にスカウトするタイミングで聞けばいいだろう。
問題はオッサンに好き嫌いがあるかないかだ。
「いえ、極端な味付けでなければ普通に食べられる方かと思いますが……」
困惑気味に答えるオッサン。
言い淀む感じがあるのは、目の前の寿司を判断しかねてのことか。
初めて見るなら味の想像もつかないだろうしな。
「極端に辛いとかは無いな。
多少、酸っぱくはあるかもしれんが」
「酸っぱいのですか?」
想像がつかないらしく、オッサンは首を捻っている。
「米……、穀物の部分に酢をかけてあるからな。
酢を大の苦手としているなら、もしかすると受け付けないかもしれないという程度だ」
「苦手というほどではありませんが……」
そんな風に返事をしながらも言い淀むオッサン。
言葉の説明だけでは想像がつかないだろうし無理からぬところか。
認識の齟齬が誤解につながるなんてザラにある訳だし。
あるいは、ネタの方に問題を感じているかだな。
生のネタが多いからな。
サーモンとかマグロなんかは特に生っぽく見えるし。
生肉だとは思わないだろうけど、魚を食べる習慣がないと何とも言えないところだ。
そんなことを考えながら次の皿をふたつ注文。
スッと出てきた皿に乗っていたのはマグロの握りだ。
どちらもトロではなく赤みである。
それを見たオッサンがギョッとしていた。
あんまり肉っぽく見えないものを選択したつもりだったんだけど効果はなかったようだ。
片方はオッサンにと思ったが回避した方が良さそうである。
こうして考えると、ランスローのチャレンジスピリットは凄いものだと思った。
いきなりウニだもんな。
このオッサンには無理だろう。
そう思いながら2貫そろえてチョンと醤油をつけて口に放り込む。
モグモグと咀嚼すると口の中に独特の香りが拡がっていった。
マグロと酢飯と醤油が渾然一体となっていく。
自分のルーツが日本にあると実感する瞬間だ。
今までの空腹ストレスが一気に解消されたと感じる。
ついつい追加注文してしまいたくなったさ。
だが、寿司はこれだけではない。
すんでの所で踏み止まった。
それに寿司以外にも屋台飯があるからな。
尚のこと他のものが入る余地を残しておかねばならない。
いくら腹が減っていても胃袋はブラックホールではないのだ。
上級スキルの【フードファイター】は熟練度がカンストしてるけどね。
称号の方も[大食いの鉄人]なんてものまで持ってるし。
まあ、称号はラベルであって効果を上げたりはしてくれないけどさ。
スキルにしたって限度がある。
一般スキルよりは上位だけど神級どころか特級と比べてもかなり見劣りするからね。
自重は大事だってことだ。
読んでくれてありがとう。