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1608 ハルト、腹が減ってヘマをする

 オッサンが絶句したまま固まっている。

 武王大祭の本戦で主審を務めていた時からは想像できないほど動揺しているな。


 決勝の最後の最後で固まっていた時よりボロボロだ。

 あの時は単に固まっているだけだったからな。

 今は驚愕の表情で凍り付いていると言った方がいいような状態だし。


「その様子では指示通りの確認が終わるまで賢者に札を渡すなと手紙に書いていそうだな」


 更に驚かせてしまうかもと思ったが、言うだけ言ってみた。

 でないと話が進まないだろうし。


「────────っ!?」


 飛び上がらんばかりにオッサンが驚いてしまう。

 悲鳴が声になっていないあたり、ビビりすぎじゃないかと思うのだが。


 言い当てたからこそ驚いたというのは分かる。

 が、いくら何でも大袈裟だ。


「別に取って食ったりはしないから心配は無用だぞ」


 なだめるために声を掛けたつもりだったのだが……


「────────────────っ!?」


 更にオッサンが驚いた。

 効果がないどころか逆効果である。


 ここまで来ると、あまりにも不可解だ。

 今の言葉なんて落ち着かせるために言った訳だからな。

 訳が分からん。


「……………」


 いや、もしかすると手紙に書かれていたのかもしれない。

 俺がこんなことを言うから本人確認の代わりとせよみたいな感じでな。


 そう考えると、やたらと驚くのも分からなくはない。

 半信半疑で指示に従ってみたら、その通りになったのだとしたら。


 だが、まだ札を渡してこない。

 本人確認には充分でも、まだ何かが足りていないのだろう。

 手紙に書かれていそうな内容で俺が容易に予測しうる何かだとは思うのだが。


 この手紙の差出人がラソル様なら、きっと頭をひねらなきゃならなかったがな。

 しかも2択か3択くらいにまで絞らせておいて、そうなるようにしてくる。

 最後の最後で悩ませるって感じにするんだよ。


 それが無いだけでもありがたい。

 どうせならメールで教えてほしかったところだけど。


 一瞬、ラソル様の仕業かと思ったさ。

 署名があるので、それだけはない。


 脳内スマホはベリルママの作ったものだ。

 その中で与えられた当人が署名したものを別人が偽造なんてできるものじゃない。

 上辺だけ似せても管理神たるベリルママの認証を得られる訳はないのだ。


『そうか、署名か』


 思わず声に出して言ってしまいそうになった。


「その手紙、見覚えのない名前で署名があっただろう」


「どうしてそれをっ!?」


 飛び退かんばかりの勢いで仰け反るオッサン。

 そして疑惑の目を向けてくる。


「署名したのは俺じゃないぞ。

 名乗っただろう、ハルト・ヒガだと」


「そう言えば……」


「それに関係者以外が神官の宿舎にどうやって入り込むんだ?」


 俺は苦笑しながら問うた。

 そういう施設は神殿を訪れる信者の目に触れないような奥まった場所にあるからな。

 普通なら入り込めば誰かに見咎められるものだ。


 ミズホ組は普通じゃないので他の面子からジト目で見られたりするのだけど。

 5国連合の面々とかツバイクたちとかな。

 とはいえ、オッサンは影渡りのことを知らない訳で。


「あ……」


 俺の問いかけにオッサンは愕然とするのであった。



 □ □ □ □ □ □ □ □ □ □



 オッサンが復帰するまでしばし待たされましたよ?

 こちらとしては空腹が気になってしょうがないんですがね。

 オッサンはどうにか我に返ったものの動揺は抜けきっていなかったし。


「では、私が受け取った手紙は誰が……」


 呆然とした面持ちのまま呟くオッサン。

 関西人であれば、こういう場合は──


「知らんがな」


 と言うところか。

 まあ、ツッコミどころだな。

 ミズキによると突き放しているように見えて叱咤してもいるそうだ。


「しっかりしぃや」


 という意味も含まれているんだと。

 そういうニュアンスは余所の地方の人間には分かりづらいのだが。


 少なくとも俺がそれを言っても伝わらないのは目に見えている。

 上辺だけ方言を真似ても言葉に意味はこもらない。

 そういうのは、ずっと使い続けてこそ可能となるものだ。


 たとえ「しっかりしぃや」を声に出して付け足しても、伝わらないだろう。

 それ以前にイントネーションが変になって碌なことにならないのが目に見えているしな。


 そんな訳で真面目に考える。

 この場にミズホ組だけしかいないなら楽なんだけどな。


 手紙は神様が出した説で押し通すだけだ。

 信じるか信じないかは別問題。

 なんなら強引に信じさせるまで。


 ベリルママたちを呼び出すのは現状では無理があるが何とかなる。

 魔法やスキルでそれっぽく演出するまでだ。


 幻影魔法と【腹話術】スキルを駆使すれば……

 うん、普通に詐欺だな。

 あまり褒められた方法じゃない。


 ただ、本当に神様を呼び出すのも褒められないんだけど。

 土下座コース一直線なのは目に見えている訳だし。

 そうなった時は5国連合の面々やツバイクたちまでもが平伏してしまうのは確実だ。


 それを考えると俺たちが土下座されないのは実にありがたいことだ。


 え? なんで土下座される可能性があるのかって?

 称号持ちだからだよ。


 俺やトモさんは[女神の息子]だし。

 ミズキやマイカは[女神の娘]だからな。


 ラベルにすぎない称号が強く作用していたら……

 考えるだけでも恐ろしい。

 何処に行っても初対面の相手には確実に土下座されるなんて悪夢以外の何物でもないぞ。


 たぶん目の前のオッサンは俺たちの称号を知れば土下座してくると思う。

 元神殿関係者だけあって信心深いようだしな。


 とりあえず、神様説は横に置いておこう。

 それを口にすれば「なに言ってんだ、コイツ」状態になりそうだし。


 せめてオッサン以外にミズホ国以外の面子がいない状態でないとね。

 反論するために口を挟んでくる者も出てきそうだし。

 主にランサーとかランサーとかランサーが。


 ランサーだけじゃんというツッコミはなしだ。

 先頭に立ってくるのが、ほぼランサーで間違いないだろうってだけのことである。

 他にも5国連合の面々が追随してくるだろうし。


 特にスタークなどは理屈をこね回してきそうで面倒な気がするんだよな。

 そんなことになるくらいなら他の案を考えた方がいい。

 なぁーんにも思い浮かばないけどさ。


 だからこそ、真っ先に「知らんがな」が思い浮かんだのだ。

 ……堂々巡りだな。


 これではさすがに【多重思考】スキルで高速思考しても意味がない。

 腹が減ってるせいで考えるのが億劫になってるし。


『誰か良い案のある人ぉ~』


 藁にもすがる思いで、もう1人の俺たちに呼びかけてみるも──


『無理じゃね』


『オッサンの他に部外者がいるのが痛いよな』


『そもそも差出人の話だったじゃないか』


『誰が出したかなんてどうでもいいって』


『だよなー』


 返ってくるのは投げやりな返事ばかりである。

 さすがは面倒くさがりな俺。


 どうでもいいと思ったことには反応が鈍い。

 自慢するようなことじゃないがな。


 とはいえ、呼びかけたのは無駄ではなかった。

 よくよく考えれば脱線していた訳で。


 それに気付かせてくれたのは実にありがたい。

 ループするならスルーして本題に戻ればいいだけだ。


「署名はルディア、もしくはルディアネーナとなっていただろう?」


 言ってから俺は自分のミスに気付いた。

 このまま話を進めれば神様説まっしぐらじゃないか。


 いや、ルディア様は亜神なんだけど。

 そういうことじゃなくてっ!


 自分でボケて自分でツッコミを入れてる場合じゃないんだよ。

 オッサン1人だけならスカウトしてルディア様のことを説明して終わりで済むけどさ。


 部外者の多くが他国の王族だからな。

 この場でスカウトする訳にもいかない。

 オッサンの争奪戦が始まってしまいそうだ。


 では本当のことを説明するのかというと、これも問題がある。

 まず、信じてもらえないだろう。


 その場合は相手が王族ばかりというのが痛い。

 他国の代表がミズホ国の王はホラ吹きだと認識してしまうからな。


 それも一気に6ヶ国。

 ここフュン王国を初めとした5国連合。

 それにツバイクのアカーツィエ王国。


 もしかするとツバイクは信じてくれるかもしれないが。

 それでも5ヶ国あるのは痛い。


 下手すりゃ、友好国が一気に減少する恐れがあるんだからな。

 まだまだつきあい始めで関係性の薄い5国連合が抜けるのは痛すぎる。

 せっかく良好な関係を築けるかと思っていた矢先に致命的なミスをする訳にはいかない。


 とはいうものの、やらかしかけているんだけどな。

 このまま、しくじってしまうとシャレにもならん。


 空腹で雑な思考をしていたとはいえ迂闊すぎるなんてもんじゃないぜ、俺。


読んでくれてありがとう。

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