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1600 決着か?

 ウルメが組み付いてからの攻防は長くは続かなかった。

 スタミナ切れである。

 どちらかは言うまでもないだろう。


 全力で動き続けたウルメ。

 躱し去なすことで省エネな防御を続けてきたカエデ。

 比べるべくもない。


 ここ一番で注ぎ込むべき体力的な余力がウルメに無かっただけのことだ。

 実力差を埋めるためとはいえ考えさせられる内容となったはず。


 過ぎた時は戻って来ない。

 が次の機会があるなら、それを生かすことは可能だ。

 試合後に検討すれば糧にできるだろう。


 とはいえ試合が終わった訳ではない。

 急速に力を失ったウルメではあったが歯を食いしばって足掻こうとしていた。


 蹴りは使えない。

 力の入らない状態で踏ん張りが利かなくなれば一気に逆転されてしまう。


 両手も塞がっている。

 片方がカエデに組み付くために。

 これを手放すのも蹴りと同様に下策だ。

 カエデに関節を極められたもう片方の腕から投げ技に持って行かれるだろう。


 残るは……


「せえぇいっ!」


 掛け声と共に伸び上がるウルメ。

 カエデの顎を狙った頭突きだ。


 密着した状態から繰り出すそれは威力はともかく躱しづらい。

 故に極められた関節をフリーにできるかもしれないと踏んだようだ。


 その上で両手で組み付きにいこうと目論んだか。

 上手くいけば押し合いで去なされ続けた状況から脱することができる。

 スッカラカンに近い体力ではあるが、まだやれるかもしれない。


 微かな希望にかけた一撃だった。

 組み付いた手で身動きを封じれば躱せまい。

 ウルメの気迫からそう言っているように感じられた。


 その主張は決して間違ってはいない。

 ウルメの頭突き攻撃は外せば大きな隙となるが、当たればリターンは小さくないからだ。


 だが、見落としもある。

 押さえ込みに使えるのは片方の腕だけ。

 己の腕も封じられていることを完全に失念していた。


 思考が回っていないせいだろう。

 原因が疲れによる集中力の低下なのは明らかだった。


 こればかりは、どんなに気を付けていようと防げるものではない。

 消耗を避けつつ戦っていたのであれば、この状況には至らなかっただろうし。


 だから、カエデに反応されてもウルメは対処できなかった。

 あっさりとウルメの腕を手放し密着状態のまま体を捻り込むカエデ。

 向き合った状態から背中を押し付けるような格好になる。


 その体勢に入る間にカエデはウルメが必死に押さえ込んでいた腕を取っていた。

 たったそれだけで頭突きは不発に終わる。


 それだけではない。

 ウルメの伸び上がろうとした勢いまで利用されようとしていた。


 カエデが背を向けウルメに密着した状態のままグルリと背を丸める。

 それだけで、いとも簡単にウルメの両脚が浮いた。


 その瞬間──


「くっ!」


 ウルメが悔しげに呻いた。

 頭突きも届かなかったのかと。

 集中力が低下したせいで対応された瞬間に気付けなかったのだ。


 ここで今一度、途切れかけていた闘志を再燃させるウルメ。

 どうにかカエデの投げに耐えきって素早く離脱してみせる。


 そう決意を抱いて歯を食いしばった。

 ダメージが入ると分かっていれば耐えられるとばかりに。


 ズシン!


 地響きがしそうな音がした。

 実際、観客席には届かないだけで主審は振動を感じていたのだと思う。


 もちろん、この音はウルメの背中が舞台の床に叩き付けられたことによるものだ。


「がはっ!」


 歯を食いしばって耐えようとしていたはずのウルメが苦悶の声を発した。

 己が伸び上がる動きをまるまる利用された格好だからな。


 だが、瞳の輝きは失われていない。

 どうにかギリギリで耐えきったようだ。


 が、耐えただけでは足りない。

 素早く起き上がって距離を取る必要がある。

 その先のことを考えるのは、それができてからだ。


 ウルメが上半身を起こしにかかる。

 が、一足遅かった。


「ぐぅっ!」


 背負い投げで掴まれていた腕がねじり上げられたのだ。

 強引に振り解くこともできぬほど完璧に関節が極められている。


 それでもウルメは抗った。

 憤怒の表情で起き上がろうとする。


 今度はカエデも遠慮はしない。

 手を離さなければウルメの腕が折れても不思議ではないのだが。

 折れるより先に痛みで失神してしまうことも考えられる。


 ここまで来ると意地の張り合いみたいなものだ。

 失神させるのが先か。

 どうにか起き上がって次につなげるのが先か。


 起き上がったところで満足に動ける訳はないのだが。

 それでも、この意地の張り合いに関してだけはウルメに軍配が上がりそうな気がした。

 カエデは反則負けをしないよう微妙にコントロールしなければならないからな。


 ギリギリの調整をするのが困難という訳ではない。

 その状況においてウルメが根性で耐えきるように思えてならないのだ。


 既にボロボロでフラフラのはずなんだが。


「「「「「……………」」」」」


 ミズホ組の面々でさえ言葉を失っていた。

 一般の観客たちは言わずもがなであろう。

 正に不屈の精神。


 カエデもそれを敏感に感じ取ったらしい。

 表情をほとんど変えないながらも、身に纏う空気は鋭い刃のようだった。


「────────っ!」


 ウルメがどうにか上体を起こした。

 問題はここから立ち上がれるかだ。


「ぐうぅぅぅおぉ─────っ!」


 最後の力を振り絞って全身に力を込めるウルメ。

 さあ、立ち上がろうとした次の瞬間。

 ウルメの首にスルリと絡みつくものがあった。


「なっ!?」


 想定外の事態に思わず声を発するウルメ。

 それはカエデの脚だった。


 膝裏を使ってウルメの首を挟み込んだのだ。

 もちろん、片腕は関節が極められたままだ。


「ぐっ」


 呻き声を漏らすウルメの顔が赤くなっていく。

 どうにか外そうと空いている手で掴んで引き剥がそうとした。


 が、力が込められる様子は見受けられない。

 それどころか立ち上がろうとする動きも止まってしまっていた。

 頸動脈を締め上げて、まともに意識を保てなくなってきているようだ。


 こうなっては根性で乗り切ることもままならない。

 根性さえも技で封じてしまったか。


 あれだけの執念と意地を見せつけられたというのに淡々と対応してくるとはね。

 危機感を募らせた結果かもしれないが……


 不謹慎だが「恐ろしい子」の台詞が頭の中で飛び交っていた。

 戦闘センスの塊と言わざるを得ないだろう。

 ウルメの本気を前にしても、たじろぎさえしなかったのだからな。


「─────っ……」


 そしてウルメは落ちた。

 主審のコールを待たずにカエデは一旦ウルメから離れた。


 ウルメは曲げた己の膝に上体を預けるように伏している。

 カエデがそうなるようにしたんだけどな。

 でなきゃ、みっともなく寝転がって伸びた状態をさらしていたことだろう。


「っ!」


 主審が息をのんだ。

 激闘にあてられていた側面はあるとは思う。

 その上で結末は失神だからな。


 動揺して咄嗟には判断力が戻って来ないようだ。

 その間にカエデは再びウルメに近づく。


「お、おいっ……」


 主審がカエデに声を掛けた。

 が、意に介さずウルメの肩に手をかける。

 試合を止めればカエデも従っただろうがな。


 反対の手をウルメの背中に添えて肩を軽く引いた。

 同時に背中に添えた手を瞬間的に強く押し込んでいる。


 一見すると体の内側にダメージを与える技のようにも見えたが少し違う。

 項垂れるようにしていたウルメの頭が軽く跳ね起きた。


「うっ……」


 失神していたウルメが目を覚ます。

 それを確認したカエデが、そっとウルメから後ずさりして離れた。


「………………………………………」


 しばらくボーッとした状態で座り込んでいたウルメだったが。


「っ!」


 不意にハッと気付いたようになってキョロキョロと左右を見渡した。


 が、眼前の舞台上にカエデはいない。

 横には主審がいたけれど。


 その主審は何か言いたげにしていたものの、特に声を掛けられることはなかった。

 試合が継続しているなら何かしら促してくるはずなのだが。

 そういう雰囲気がまるで感じられない。


 どういうことなのかウルメには何が何やらサッパリ分からなかった。

 ハッキリと覚えているのは意地で立ち上がろうとしていたあたりまで。


 そこから先は脚で首を挟まれて頸動脈を締め上げられたのだったか。

 記憶が明確ではないが、そんな気がする。

 ならば目が覚めた時の状況と照らし合わせれば結果は読めるというもの。


「俺は負けたのか……」


 確認するようにウルメは呟いた。


読んでくれてありがとう。

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