表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1609/1785

1596 ウルメ、ペースダウンする

 決勝戦はなおも続いていた。


 試合をしている2人の緊張感は途切れる様子を見せない。

 人間の集中力なんて、そう続くものでもないんだがな。


 それに引っ張られているかのように観客たちも試合を見守っている。

 ダレた様子を見せる者はいないようだ。


 あれやこれやと展開を予想したり応援したりはしているが。

 純粋に試合を楽しんでいると見ていいだろう。


 ただ、まったく変化がない訳でもなかった。

 ほとんどの観客は気付いたようには見えないが。


「ふむふむ、さすがに落ちてきたのかな?」


 そう言ったのはサリーだった。

 言葉通りウルメの動きがわずかに鈍っている。

 それでも驚異的なスタミナではあるのだが。


 今までからするとウルメのスピードは9割程度になっていた。

 サリーはよく見抜いたと言えるだろう。


「落ちたと言えるのか?」


 タワーが疑問を差し挟む。

 ウルメの状態を見抜けなかった訳ではないようだが。


「意図的にペースを落とした感じに見えるがな」


 ランサーもタワーの考えに同調していた。


「それも含めての落ちてきた、ではないですか?」


 フォローするようにスタンが言った。


「ふむ、体力を温存しようという意図か」


「そういう考え方もあるかね」


 とりあえず2人とも納得したようだ。


「いえ、その見解はどうかと思いますよ」


 スタンが逆に浮かない顔をしてしまったが。


「なんだってんだよ」


 ランサーが不機嫌そうに問いかける。


「あのペースを未だに維持しながら体力温存というのが信じられないのですが」


「まあ、普通じゃねえってのは分かるさ」


 仏頂面で嘆息するランサー。


「どんな修練を積んできたのか分からんくらいにはな」


 ランサーが頭を振る。

 その表情は淡々としたものだ。


 呆れか諦めか、あるいはその両方か。

 想像することさえできないと考えるのを放棄した結果だろう。


 ウルメのスタミナの秘訣は、いわゆる高山トレーニングというやつである。

 住んでいる環境で人一倍の努力をした結果だ。


 西方人には想像もつかない方法だと言える。

 酸素濃度の薄い場所でトレーニングを積めば心肺が強化されるなんて常識はないからな。

 知らなければ真似などできるものではない。


 ずっと住み続けているなら、結果的に高山トレーニングをしていたことになるだろうが。


 西方の人里で条件を満たす場所は極めて少ないから偶然そうなることも無さそうだけど。

 大山脈はドワーフの国がほとんどで西方人が住むことはできないし。


 まあ、ジェダイトシティで長期滞在すれば似たようなことはできるか。


 とはいえダンジョンで高山トレーニングはできない。

 ダンジョン内はまた環境が異なるからな。

 空気は地表と変わらない。


 したがってトレーニングするなら外で野良魔物を狩るのがせいぜいということになるか。

 ミズホ国側で駆除しているので、そうそう見つけられないとは思うがね。


 そうなると実入りの問題が出てくるので現実的な方法ではないことになる。

 元から野良魔物が少ないから高山トレーニングを知っても試す者はいないだろうけど。


「スタンよ、己の常識だけで考えようとすると痛い目を見るぞ」


 タワーがそんな忠告をした。

 ハッとした表情を浮かべるスタン。

 身に覚えがあるらしく、ばつが悪そうにしている。


「では、タワーさんはどう見ているんですか?」


「俺には聞かねえのかよっ」


 すかさずランサーからツッコミが入った。

 が、スタンは動揺した様子も見せず──


「最初にウルメくんが意図的にペースを落としたと言い出したのはタワーさんですから」


 しれっと反論した。


「くっ」


 絵に描いたような、ぐぬぬ状態となるランサー。

 スタンはスルーしてタワーの方を見やった。


「どう見るかと言われてもな」


 困り顔で嘆息するタワー。


「見た通りのことを言ったまでだ」


「えーっ……」


 スタンは納得がいかないとばかりに抗議の声を上げた。


「どう考えても今までの攻撃は布石だろう」


「そうなんですか?」


「そこからか……」


 疲れた表情を見せるタワーが溜め息をついた。


「そんなことを言われても……」


 スタンも困り顔になる。


「どう見ても単調な攻撃だっただろう」


 タワーにそう言われて、スタンが少し考え込む。


「……確かに同じ攻撃しかしていませんね」


 そして、頷きながら返事をした。


「あれでよくカエデさんに攻撃されなかったなとは思いましたが」


「そこは、そうだな。

 単調だからこそ何かあると思ったのかもしれん」


「逆を言えば、そう思わせるウルメの作戦かもしれねえぞ」


 復活してきたランサーが言った。


「単調に見えて、何かしら駆け引きがあったのかもしれんな」


 タワーも同意するように意見を付け足した。


 俺は何もないと思うがね。

 駆け引きしているようには見受けられなかったからだ。


 カエデは作業に徹している。

 ウルメの切り替えをひたすら待っているからだろう。

 その瞬間を見逃さず即応できるように。


 ウルメは愚直すぎて複雑な思考の入る余地が無さそうだったし。


 まあ、布石という点については同意するがね。

 何らかの意図を持って同じ動きだけを続けている。


 あえて目を慣れさせることで他への反応を遅れさせるためというのが最有力候補だ。

 それ以外の候補はちょっと考えられなかったりするけど。


 あとは何を隠し球に持ってきているかだな。

 今から楽しみではあるのだがウルメの方針は持久戦なので根気が必要そうだ。


「つまり、細かなところまでは分からないと」


「当然だろう。

 何を考えての攻撃なのか分かるような見え見えの手を使うのはバカだけだ」


「それと脳筋な」


 ランサーがドヤ顔で不足していると言わんばかりに付け足した。

 言い得て妙だとは思うが、わざわざ言わなきゃならんほどのことでもないと思う。

 故にタワーも一瞥することもなくスルーしている。


 スタンは──


「あー、はいはい」


 同意する返事はしたものの、適当さは隠そうともしてなかった。


「ぬぅ……」


 悔しそうに表情を歪めるランサー。

 またしても、ぐぬぬ状態で沈没していく。

 タワーにもスタンにもスルーされたので自力で復活するまであのままだろう。


「すると、一見すると単調に見える攻防の中に高度な駆け引きが含まれている訳ですね」


「おそらくな」


「え? 分からないのですか?」


 そう言ってからスタンは「あっ」と声を上げた。


「攻撃と同じことですね。

 駆け引きも、あからさまに分かる訳がありませんか」


「そういうことだ」


 自分で気付いたスタンに頷いて肯定するタワーであった。


「どうしても知りたいのであれば本人に聞かねばな」


「それは残念です」


 スタンがそんな風に言うのは聞く機会があるかどうか分からないからだろう。

 知ったところで余計に落胆することになると思うのだが。

 駆け引きなど何もないのだから。



 □ □ □ □ □ □ □ □ □ □



 8割7割と更にペースダウンしていくウルメ。

 その間隔も短くなってきた。


 さすがに観客たちも気付いてざわめき始める。

 落胆の声が多いのは否めない。


 が、諦めずに気合いを入れて応援する声もまた多く聞かれた。

 それどころか足を踏み鳴らし手を叩き全身を使って応援するものが続出する。

 やがてそれは大きなうねりとなって会場中を包み込んでいた。


「凄いものですね」


 カーラが感嘆の声を漏らす。


「まったくだな」


 ツバキがしみじみした様子で頷いた。


「ひたむきな姿にこそ人は感動するのかもしれぬ」


「結構な人気者になってしもうたな。

 あれでは大祭が終わってから大変じゃぞ」


 シヅカがクックと喉を鳴らして笑った。


「どういうことですか?」


 リオンが聞いてきた。


「分からぬか?

 これだけの観客に顔を覚えられたのじゃぞ」


「凄いですよね」


 素直に感心するリオン。

 だが、己の疑問にヒントをもらったというのに何処かズレている。


 シヅカとしては苦笑するしかなかった。

 姉のレオーネもしょうがないなと言いたげな顔をしている。

 他の面子も微笑ましげにリオンを見ていた。


 当の本人は気付いていなかったが。

 クリス並みの天然ぶりである。

 世間ズレしていないが故だな。


 まあ、俺は可愛くていいと思う。


「リオン」


 レオーネが呼びかける。


「なぁに、お姉ちゃん?」


「疑問の答えは見つかったのかしら?」


「あっ」


 指摘されれば自分のズレにも気付く訳だ。


「えっと、えーっと……」


 慌てて考え始める。


「とりあえず、それは保留にしておいた方がいいぞ」


「えっ!?」


 俺から声を掛けられて驚くリオン。


「試合が動きそうだ」


読んでくれてありがとう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

下記リンクをクリック(投票)していただけると嬉しいです。

(投票は1人1日1回まで有効)

小説家になろう 勝手にランキング
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ