1595 弱い手札の中に切り札はあるか?
ウルメがカエデのメンタルをどう評価しているか。
そこが勝負の分かれ目となる鍵だ。
俺はウルメが想定している以上だと思っている。
同じ宿に宿泊することにはなったものの、だからこそ接触を避けていた。
事情があるからこそ情が芽生えかねないと考えたのだろう。
決勝戦が終わるまでは交流を持たないようにしたいと申し出を受けたくらいだ。
徹底している様はストイックと言う他なかった。
交流を持ったから勝敗に影響したと言い訳したくなかったのだとは思うが。
堅苦しいというか生真面目すぎるんだよな。
どう考えても情報収集の観点からはマイナスだろうに。
貪欲に情報を得ようとしたって構わないと思うのだが。
接触を避けたのは既に勝負が始まっていると考えたからだろう。
だったら情報戦を仕掛けるのも勝負のうちではないか。
まあ、ウルメはそういうのを卑怯として嫌う気がするけどね。
そういう姿勢を貫くウルメが悪い訳でもない。
俺としては好感が持てる方だ。
一方で勿体ないことをしているとは思う。
現状におけるウルメの手札が弱いからな。
実力は明らかにカエデが上。
勝っているのはパワーとスタミナくらいだ。
それでどうにかできるほど甘い相手ではないこともウルメは承知しているはず。
技は遠く及ばず。
スピードでも負けている。
パワーを生かした突進力だけなら互角に持ち込めそうだが、そういう勝負ではない。
手札が弱いとはそういうことだ。
有効だと思っても使わせてもらえないのでは意味がない。
どうにか工夫しようと足掻いても徹底して使えなくされる。
あるいは用途を限定されてしまって有効な札になり得ない。
本来なら切り札になり得たものが捨て札同然ではね。
残る手札で戦おうにも何が切り札になるのやらといったところだ。
どれも切り札にするには決定力に欠ける。
これでは勝ち目など見えてくるはずもない。
工夫してやりくりしようとしている努力を否定するつもりはないのだが。
その工夫が水泡に帰しかねないほど手持ちの札が少ないのもある。
多くが捨て札にされてしまっているからな。
こうなると、手札が少ないなりに工夫しようとしてもカエデに読まれる恐れが出てくる。
切り札に何を使うかまでは読めなくてもね。
焦らし作戦だけで戦うのであれば、狙いが読みやすい。
精神的に揺さぶりをかけようとしているというだけのことだからな。
そこから切り札に持ち込もうとするのは困難であると言わざるを得まい。
相手の思惑を知ってしまえば、あれこれ迷うことがなくなる。
迷わなければ焦ることもないって訳だ。
あとは切り札が来る瞬間を見極めるだけ。
どんな手を使ってくるか読めなくても集中を切らさなければ対応は難しくあるまい。
この段階で焦りがあるなら、あるいはとは思うのだが。
「あれが基礎で身につけたものだと考えると恐ろしいですね」
スタンが嘆息を漏らした。
「他の基礎もどれだけレベルが高いのかと思ってしまいます」
「だろう」
然もありなんとランサーが頷いた。
「おそらくは基礎の範疇にはないであろう例の打撃も理解不能だしな」
酷い言われようだが、それだけカエデが強者であると思われている証でもある。
ウルメの勝ち目が薄いということも。
「手の内はまだまだ隠し持っていそうですし」
「それだな」
ランサーが大きく嘆息した。
「ありゃあどう見たって様子見って感じだ。
まるで獲物の動きを見極めているハンターだぜ」
「ハンターなら獲物が隙を見せるのを待ちますよね」
確認するようにスタンが問う。
「待つだろうな」
当然だとばかりにランサーが頷く。
「あれだけ動き回ってりゃ疲れてくるはずだ。
そこから仕留めにかかっても遅くはねえし」
「クレバーですね」
「当たり前じゃないか。
ハンターなんだからな」
「そうでした」
ランサーたちもウルメの状況を理解している。
問題は当人がどう出るかだが……
諦めない。
反転ダッシュのことごとくを躱され続けてもウルメは愚直に攻め続ける。
悪く言えばワンパターンなのだが。
ただ、批判は聞こえてこない。
勢いが衰える様子を見せないからだろう。
「おい、何時まで続くんだ?」
「知らん」
「俺たちに聞くなよ」
「誰に聞いても分かる訳ねえって」
「ここまでペースが落ちないとは思いもしなかったからな」
呆れか驚きかというような声があちこちから聞かれる。
それはそうだろう。
ウルメが反転ダッシュを開始してから、かなりの時間が経過している。
それのみをカウントしても本戦で最長だと間違いなく言える。
他の試合がそれなりのペースで消化されていたとはいえ。
比較するまでもないほど時間を使っているのは事実だ。
それでいて動きが鈍っていない。
「どんなスタミナしてんだか」
観客の1人が嘆息を漏らしそうな呆れっぷりを見せるのも無理からぬことだ。
「ドワーフってタフだよな」
「いやぁ、アイツが特別なんだろう」
それは正しい認識である。
ウルメの体力は同程度のレベルにいる者たちの中では最強と言っても過言ではあるまい。
「それを言うなら女の方もだぜ」
そんなことを言う観客がいたが、これはスタミナのことを言っている訳ではない。
「だよな。
あれだけ回避し続けてもミスらねえ」
ウルメの体力が特別ならばカエデには別の特別がある。
「ドワーフがスタミナの化け物なら、アイツは集中力の化け物だよ」
「いやいや、分かんねえぞ」
反論する者もいたが。
「もしかしたらギリギリかもしれねえじゃねえか」
「とてもそんな風には見えないんだが?」
「そこは顔に出てないだけだろ」
「ここからじゃ細かな表情まで分かんねえって」
「そりゃそうだ」
「そうだとしてもドワーフのスタミナは脅威だぜ」
反論した男がそう主張するのも無理はない。
ウルメは未だに勢いを維持したままなのだ。
それでいて余力が感じられる。
さすがに息は乱しているが。
それすらないのであればゴーレム疑惑が持ち上がっていたかもしれない。
ここまで動きの良いゴーレムなど西方ではまずお目にかかれないとは思うが。
「そうかもしれんがなぁ」
「いくら脅威と言ってもよ、永遠に続けられる訳じゃねえって」
「そうそう」
「誰も永遠に続けられるなんて思ってねえよ」
そんなのはゴーレムにだって不可能だ。
魔力が切れれば止まってしまう。
「けど、戦ってる相手はそれに近い印象を抱いてもおかしくないぞ」
「そうかぁ?」
「とても、そうは思えんがな」
「それはお前らが戦ってないからだ。
正確な動きで延々と攻撃の予備動作をされてみろ。
シャレにならんプレッシャーを味わうことになるぞ」
「それを味わうのは俺たちじゃないからなぁ」
「そうそう」
「えーい、ああ言えばこう言いやがる。
とにかくドワーフのしつこさが奇跡を呼ぶかもしれねえだろが」
「奇跡って、お前……
カエデとかいう女の方に賭けてたじゃねえか」
「負けてもいいのか?」
「へっ、それがどうした。
ここまでのものを見せてくれたんなら、ドワーフが勝っても文句はねえよ」
なかなかの潔さである。
「まあな」
「それは言えてるかもしれん」
「そこまで言われちゃケチのつけようがねえよ」
最終的に論争は潔さを見せた男の粘り勝ちとなったようだ。
「だけど不思議なもんだよな」
「何がだよ?」
「思わねえのか?」
「だから何をだよ?」
「普通なら、ここまで単調な試合を見せられたらヤジのひとつも出てくるもんだぞ」
「「「「「あー……」」」」」
「不思議とケチをつける気になれないんだよな」
「俺も」
「俺もだ」
「むしろ、永遠に見ていたい気になるぜ」
「そりゃ言い過ぎだ」
「ハハハ、それくらいドワーフの動きが鈍らないのがスゲえってことさ」
「それはあるか。
上手く言えんが、恐ろしいほど狂いがないのがな」
「分かるぜ。
あそこまで正確だと見入っちまう」
「凄みがあるよな」
「見ていて気持ちいいつーか」
「飽きが来ないって言えばいいんじゃないのか」
「おー、そうそう、そんな感じだ」
読んでくれてありがとう。




