1594 ウルメは攻める
ウルメがカエデを倒しにかかっているのは間違いない。
単に投げに等しいダメージを狙ってのことではないことも分かる。
カエデなら受け身を取る可能性が高いからな。
だとしても、そこで終わりではない。
倒せば投げられることもないとウルメは考えたようだ。
だからこそ勝機はそこにこそあると信じているのかもしれない。
だが、倒せばどうにかなると思っているなら甘いと言わざるを得ない。
仕方のないところではあるのだけれど。
ウルメは密着状態からの合気の技を知らないからな。
カエデは受けの状態から反撃することが多かったが故に相手に組み付かれたことがない。
それをどう捉えるかで攻め方は変わってくる。
単に手の内を見せていないだけなのか。
だとすれば、ウルメの突進は無謀ということになる。
逆に対抗手段が乏しいから組み付かせないのであれば……
ウルメはそうである可能性にかけたみたいだな。
誰も試していないなら、トライする価値はあるという訳だ。
ただ、そう易々と組み付ける相手でないことはウルメも承知している。
腕を取られては元も子もない。
合気の技には付け焼き刃で対抗できるものではないからな。
だからこそ腕を取られぬよう、より低い姿勢で組み付きにいくのだ。
胸に触れるだけに見える打撃も封じることができるし。
スライディングタックルで失敗した者もいるので滑り込みはしない。
機敏に反応できる余地は残している訳だ。
顔から相手の膝を目掛けて突っ込んでいく形になるので勇気は必要になるが。
そのせいだろうか。
「おおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」
ウルメが己を鼓舞するように吠える。
カエデの膝が眼前に迫っていた。
「もらった!」
叫んだのはツバイクだ。
タックルを仕掛けたウルメではない。
どれだけ感情移入しているんだよと思ったさ。
が、よくよく考えれば当然だと言えた。
自国民が西方でも有数の武術大会の決勝にまで勝ち進んだのだ。
それだけでも誉れ高いことである。
決勝でも勝ち目が薄いにもかかわらず堂々と戦ってみせているしな。
少なくとも一般の観客たちの目にはウルメが奮闘しているように見えているようだ。
中には熱心に応援している者たちもいる。
「いけえーっ、ドワーフ!」
「ぶっ倒せえっ!」
「転がせば勝負は分かんねえからな!」
「投げられんじゃねえぞぉっ!」
「俺たちゃ、お前の勝ちに賭けてんだからなっ!」
最後の声援でガクッときた。
道理で熱心な訳だ。
まあ、そういう面子ばかりではない。
「負けんなよーっ!
俺たちがついてるからなぁっ!」
応援は任せろと言いたいのだろうか。
熱意は感じる。
少なくとも賭け事に絡みそうな空気は感じない。
「攻めて攻めて攻めまくれーっ!」
まだ攻撃を始めたばかりなんだが。
これからを見越した応援と見るべきか。
「突っ込めえっ!」
恐れるなと言いたいのだと思う。
「押し出せーっ!」
それはさすがに無理がある。
始まったばかりで2人は舞台のほぼ中央にいるしな。
「勝てっ、勝つんだ、ドワーフ!」
何処かで聞いたような応援まで飛び出してきた。
このまま戦い続ければ、ウルメは試合後に燃え尽きてしまうんじゃなかろうか。
そんな錯覚を抱いてしまいそうになったさ。
まさか、そんなことはあり得ないけどな。
とにかくウルメへの声援が多かった。
何故か、カエデへの声援はほとんど無かったがな。
如何なる時も澄まし顔でいるせいだろうか。
実際のところは不明だ。
カエデに聞いても心当たりがないと言いそうである。
そんなことより、ウルメのタックルを気にすべきだな。
これを外せば勝機が遠のく。
スルリと流れるような動きでカエデが脇に避けた。
ウルメの腕の長さを考慮した距離の取り方だ。
「「「「「あーっ……」」」」」
観客たちが一斉に落胆の声を漏らした。
し損じたと思ったのだろう。
だが、それは早とちりというもの。
仕掛けた本人はまるで諦めていないからな。
というより織り込み済みだったようだ。
その程度のことは読めているとばかりに次の行動へと取り掛かる。
カエデの脇を抜ける瞬間に捻りを加えながらグルリと前転。
途中までは変則的な前回り受け身といった格好になっていた。
が、受け身を取って止まってしまうことはない。
なおも体を捻って体の向きを完全に反転させていた。
爪先でズルズルと滑りながら陸上のクラウチングスタートのような姿勢になる。
膝を曲げてエネルギーを溜め込むようにして止まったのは一瞬のこと。
爆発的な反転ダッシュを見せた。
そして、変わらぬ突進力でウルメがカエデに再び突っ込んでいく。
「「「「「おおおぉぉぉぉぉっ!」」」」」
消沈しかけていた観客が一気に沸き上がった。
「スゲえっ!」
「諦めてねえぞっ!」
「いいぞぉ!」
「その調子だぁっ!」
「いっけえええぇぇぇぇぇっ!」
観客のボルテージは上がる。
が、今のままでは早々に水を差されることになるだろう。
同じような突進を繰り返したところでカエデは回避し続けるのみだからだ。
今の回避で少しでもバランスを崩していたのなら話は違ったのかもしれない。
幾度となく繰り返すことで立て直しが困難な体勢にさせることも可能だったろう。
生憎とカエデの回避に揺らぎはなかったが。
もちろん今回もだ。
軸をぶれさせることなくスライドするように避ける。
すり足による独特の歩法がそれを可能にしていた。
古武術ならではと言える。
見慣れない者の目には摩訶不思議に映るのかもしれない。
「あれでよく躱せるものだ」
現にランドが感心していた。
「確かにな」
タワーが応じる。
「何度か見ているが、未だに理解できぬ」
「そういう技術だと思うしかあるまいよ」
フンと鼻を鳴らすランサーの方が達観しているようだ。
「あの若さで、それを身につけている方が俺には分からんね」
「そういうものですか?」
スタンが首を傾げる。
「技術であるなら習得すべく鍛練を積めば良いじゃないですか」
「少しは考えろよ」
ランサーが盛大に溜め息をついた。
「どういうことです?」
「身につけているのは、あの技だけじゃないだろうが」
「そうですね」
スタンは普通に返答している。
まだピンと来ないようだ。
「あんな高度な技を基礎中の基礎と言わんばかりに平然と使ってるんだぞ」
「……………」
スタンが黙り込んだ。
ようやくランサーの言いたいことに気付き始めたらしい。
その間もウルメは反転ダッシュを繰り返していた。
単調に見えるパターン化された動きだ。
かなり危険と言わざるを得ない。
姿勢が低い上に高速で移動しているからこそ捕まらずにいるというだけだ。
おそらくカエデはウルメの動きが鈍るのを待っているはず。
カエデ自身は疲れる要素がないのだからな。
勝負の分かれ目が早まるか否かはウルメのスタミナしだいってことになる。
しばらくは問題なさそうだけど。
いや、当面はと言うべきかもしれない。
ウルメも考えなしに反転ダッシュを繰り返している訳ではなさそうだ。
反転直前のズルズル滑っている間に呼吸を整えている。
完全に休める訳ではないが、ずっとダッシュし続けるよりは楽なはず。
加えてドワーフはスタミナがあるからな。
スピード派などとは比べ物にならないくらい長く我慢比べをすることになりそうだ。
短期決戦に見せかけて焦らしにかかるとは思わなかった。
なかなかどうして考えているじゃないか。
問題はカエデが焦らされるかどうかだが……
俺は難しいと考えている。
カエデは年齢の割に辛抱強い方だ。
そんなことを言う元オッサンの俺は気が短いんだけどな。
なんにせよ泥棒貴族の一件でそれを知った身としてはウルメが不利だと思う訳である。
それに普段はともかく試合ともなれば簡単には心を乱されないのもカエデの強みだ。
気持ちの切り替えは見事なものだと思う。
元オッサンの立つ瀬はない。
端からそんなものはないと言われると、返す言葉もないのだけど。
読んでくれてありがとう。




