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1593 ウルメの狙いは……

「旦那はどう見ておるのだ」


 不意にツバキが聞いてきた。


「俺の主観ではウルメが威嚇してカエデが受け流しているだけのように見えるんだが」


「「「「「あっ!」」」」」


 驚いた一同が一斉に俺の方を見た。

 ランドたちも、その面子に含まれている。


「正解とは限らんだろう。

 何の根拠もなく感覚的にそう見えたってだけの話なんだから」


 それは事実である。

 故に細かく解説しろと言われても困るのだ。

 まさか散歩中に大型犬に遭遇した小型犬のように見えたとは言えないしな。


「でも、今までの意見の中で一番しっくりきますよ」


 ツバイクが興奮気味に語ると皆も頷いていた。

 何だか追及されている気分だ。



「そのあたりは後で本人たちから聞けば分かることだよ」


 頼むからこれ以上は聞かないでくれと言いたい。


 願いが通じたのか空気を読んだのか。

 それ以上は誰も聞いてくることはなかった。


 ありがたくはあるのだが、それはそれで何か物寂しい気持ちになる。

 沈黙が続くとね。

 現金なものである。


 が、試合が動かないと時間の経過が長く感じるんだよな。

 ピリピリした空気の均衡が崩れるまで、どれほど待っただろうか。


 実際にはそれほど時間が経過した訳ではない。

 俺の主観を皆に伝えてから数分ほどしか経っていないはず。

 にもかかわらず何時間も待たされたような疲労感が会場中に漂いつつあった。


「ウルメの奴、無茶するなぁ」


「何かしたんですか!?」


 驚きの表情で固まったままツバイクが視線を向けてきた。


「踏ん張りすぎってところかな」


「どういうことでしょう?」


 ツバイクの表情が困惑へと変わる。


「特に何かしたようには見えないのですが……」


「見た目はな」


「はあ……」


 生返事をするツバイク。

 そりゃそうか。

 見た目に変化がないなら他に何があるのかと思うのは当然だ。


「気を張りすぎなんだよ」


「気を、ですか?」


 まだまだ困惑を色濃く残したツバイクが重ねて問いかけてくる。


「殺気ではないんだが威圧してるのは分かるか?」


「はい、これだけ離れていても圧倒されそうです」


 ツバイクは冷や汗を流しそうな緊張した面持ちで答えた。


「それが分かるなら気付かんか?」


「えっ!?」


 意外なことを問われたと言わんばかりに目を白黒させるツバイク。

 必死になって考え込む様が見て取れた。


 だが、すぐに答えが出そうにない。


「今の状態はずっと大声を出し続けているのに等しいんだよ」


「大声ですか?」


「全力で声を出す。

 全力で気を張る。

 どちらも強い力がこもってる」


「そうですね」


 返事をしたツバイクはとりあえず納得したらしい。

 ただし、共通している部分があるということにおいてのみのようだ。


 そこから先はどう繋がりがあるのか。

 ツバイクの目はそう問いたげに見えた。


「それをずっと続けるとどうなる?」


 逆に俺は問い返す。

 少しは自分で考えないと本当に納得できるか怪しいものだからな。


 ツバイクは一瞬だけキョトンとした表情になったが──


「……………」


 空気を読んだのか、考える気になったようだ。


 思案顔になってウルメの方を見やる。


「ずっと大声を出し続ける……」


 そして呟き始めた。


「ずっと気を張り続ける……」


 明らかに独り言なんだが周囲の目は気にしていないようだ。


「同じ状態……」


 というより自分の世界に入り込んでしまっているようである。

 そろそろウルメに動きが出そうなんだがな。


 今のままだと考えに集中するあまり見逃してしまいかねない。

 目線だけ向けていても意識がそれていたのではね。


 ちょっと失敗だったかもしれん。

 すぐに答えを導き出すかと思っていたのだが。


「ん?」


 ツバイクが怪訝な顔になって声を発した。


「全力、全力か……」


 しだいに怪訝な色が薄れていく。

 どうやら辿り着けそうだ。


「あー……」


 不意にツバイクが脱力した。


「疲労しやすいということですね」


「そういうことだ。

 肉体的なものか精神的なものかの差はあるがな」


「何とも情けない話です」


 ガックリと肩を落とすツバイク。


「こんな簡単なことに気付けないとは。

 それもハルト殿がヒントを出してくれたというのに」


 力なく笑うツバイク。


「落ち込んでいる暇はないぞ。

 ウルメの初手は限界に近い」


 ハッと我に返ったツバイクが舞台の方へと視線を戻した。

 既にウルメの表情は険しいものになっている。

 見ようによっては、より気迫を込めているようにも見えるかもしれない。


 が、実情は異なっていた。

 ウルメの精神的な疲労が表に噴出しているのだ。

 今まではカエデに見透かされまいと顔には出さずに踏ん張っていたがね。


 いよいよ誤魔化せなくなってきた。

 それでも初手を諦めずに押し通そうとするウルメ。

 無駄に意地を張っているようにも思えるが、そうとも言い切れない。


 少しでも有利な状態で次の手につなげたいという思惑も絡んでいるはずだ。

 カエデを万全の状態で受けに回らせると勝ち目が薄いと読んだか。

 動揺させられないまでも気迫で上回り機先を制しようという考えが透けて見える。


 今までのカエデの戦いを見てきた上で出した答えなんだろう。

 そこにしか勝機を見出せないのはツラいところだ。


 狙いを悟られやすいからな。

 実際、そういう状態だと思う。


 カエデはウルメの気迫を受け流して平然としている。

 戦術にバリエーションがあるなら、早々に見切りをつけたいところだ。

 次の策を講じた方が消耗を避けられるからな。

 それができないからウルメは自分の策に固執しているのだけれど。


 が、もはや限界だった。

 一息ついて仕切り直すよりは間髪を入れずに動いた方がいいだろう。

 カエデも平気な顔をしているが、消耗がゼロということはない。


 気迫は受け流せてもウルメの動きをずっと見続けているからな。

 いつ向かって来てもいいように。

 ウルメほどではないとはいえ集中を乱す要因は抱えている訳だ。


 ひとたび動き出せば面白いことになるかもしれない。

 そんな風に考えた直後にウルメが突進した。


「動いたっ」


 ツバイクが思わずといった感じで叫んでいた。


「落ち着けって」


 俺はツバイクの肩に手をかけて押し下げる。

 興奮のあまり腰を浮かせてしまっていたからだ。


「あ……」


 今更のように自分の状態に気付いたツバイクが席に着く。

 その間もウルメから視線は外さなかったが。


「あっ」


 間合いに踏み込みかけたウルメが急制動をかけた。

 ガクンと頭が沈み込む。

 倒れ込むのかと思わせるほど深く。


 そこから再び突進。

 力士が立ち会いから低く突っ込んだような状態である。


 これが相撲なら低すぎると言わざるを得ない。

 何と言っても上から潰されやすいのだ。


 が、これは相撲ではない。

 潰されても負けではないから安心して突っ込める。


 何よりカエデの合気の技を封じるには低い姿勢が肝要だ。

 向こうにしゃがみ込まれると、それも絶対ではなくなるが。


 ちなみに下からかち上げられる心配もない。

 カエデは立った状態のままだからな。


 これが相撲だと、かち上げが顎に当たって失神することもあり得たが。

 というより特訓においてウルメも体験済みだ。


 相撲で対抗してくる対戦相手を想定して何度か立ち合わせたのだけど。

 ウルメが試行錯誤する中で低い姿勢を試した時に食らっていた。

 ものの見事に伸びていたさ。


 まあ、これも無いと踏んで思い切って姿勢を低くしたのだろう。


 ウルメの狙いは脚に組み付いて倒すこと。

 上手く倒せば投げに等しいダメージを与えられるからだ。


 受け身を取られることも考えられるがね。

 というより、その可能性の方が高いと言わざるを得ない。


 少しでもカエデを威圧できていれば違っていたかもしれないが。

 それでもウルメに迷いはない。


 突進を始めた段階で技に入っているのだ。

 たとえ一か八かだったとしても、迷いや躊躇いは技を鈍らせるだけである。


 どうにか組み付いて倒すのみ。

 勝負はそこからだと叫んでいるようなウルメの気迫を感じた。


読んでくれてありがとう。

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