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1592 ようやく始まる

 長かったセレモニーも終わった。


「ようやくか……」


 思わず嘆息が漏れたさ。


「仕方ありません。

 これでフィナーレとなる訳ですから」


 カーラは特に疲れた様子も見せずに淡々と語った。

 辛抱強いものだ。

 決勝戦が待ち遠しくなかったと言えばウソになるだろうに。


 月の女神を称える歌は聞き応えがあったけど。


「来賓が全員、挨拶するってなんだよ」


 開催国であるフュン王国を代表して国王のハイラントが挨拶するのは分かる。

 長いから聞いていたいとは思わなかったけれど。

 その上、5国連合の面々がそれぞれに話をする機会があるとは思わなかったさ。


「こういうのは次回の開催国の来賓が代表してとかするものじゃないのか?」


 しかも各々が長い。

 どうたらこうたらと小難しい言葉で飾り立てるから余計に長くなるし。


「恒例というか慣例というか、そんなものだな」


 ウンザリした表情でランサーが語る。

 本物がここにいる以上、長々と喋っているのは代役の影武者だ。

 ボロを出して正体がバレるかもしれないのに省略とかしないのには感心させられた。


 まあ、ランサーの言ったことがすべてだろう。

 伝統というやつだな。


「うへえ……」


 思わず声が漏れたさ。

 勘弁してほしいものである。


 そういうものは簡単には変えられないから厄介なんだよな。

 見直しを図ると伝統を盾にして抵抗する者も出てくるのが目に見えているし。


 そういう面々は頑固で譲らないのが相場だ。

 それでも抵抗勢力が少なければ押し通すこともできるのだけれど……

 歴史ある大祭だと変化を好まない者は多そうである。


「まあ、そう言うな。

 俺たちだって辟易してるんだ」


 聞かされる側に回ったから分かったという雰囲気ではない。

 スピーチする側が諦めているとかシャレにもならないんですがね。


「今回は代役で少しだけ楽ができたがな」


「少しだけだって?」


 大いにの間違いではないだろうかと思ったのだが。


「あの文言は自分で考えなきゃならんだろ」


 何を当然のことを聞くのかと言いたげな目を向けてくるランサー。


「へー、文官任せだと思ってたんだが」


「素案はな」


 自分でも考えないといけないらしい。


「自分の言葉に直さんと言わされてる感が出ちまうじゃねえか」


「あー、それはあるか」


 そうでなくても偽物が喋っている訳だからな。

 より本物っぽく見せるには、そういう部分で妥協できまい。


「あれを考えるだけでも一苦労なんだぜ」


「素案は用意されるんだろう?」


「俺1人だけなら問題ないんだよ」


 ウンザリした表情で嘆息するランサー。


「4人で違うことを言わなきゃならんのだぞ」


 来賓全員というのが問題になる訳か。

 見ればサリーたちが疲れたような顔で苦笑いしている。

 擦り合わせで苦労したようだ。


「10年に1回なら同じ文言でも気にならんと思うがな」


「甘い、甘いぞ、ハルト殿」


 タワーが頭を振りながら言ってきた。

 その表情は重苦しささえ感じる。


「前回と似ているというだけで神殿にクレームをつけてくる輩がおるのだ」


「マジか……」


 実に面倒くさい話だ。

 各自が被らないだけでは終わらないんだからな。


 そしてスピーチした来賓には直接ケチをつけないのも厄介なところだろう。

 神殿関係者では無礼なことを言ったからと逮捕したりはできない訳だし。


「あまりに苦情が多いと神殿の業務に差し支えかねん」


「うわぁ……」


 そこまでとは思わなかった。


「記録に残して神殿で公開しているのがな」


「過去の分も閲覧できるという訳か」


「うむ、そうだ」


「……………」


 これは来賓の挨拶を省略などできるものではないな。

 熱心なファンが大勢いそうだし。


 確かウルメの爺さんもその口ではなかったか。

 クレーマーになるほど熱を入れているかは分からんが。


「記録を残さないというのも、できないんだろう?」


「もちろんだ。

 武王大祭は確実に伝承されねばならん」


 記録に残すことで失われるリスクを減らしている訳か。

 誰でも閲覧できるなら、より多くの記憶に残せる。

 何らかのトラブルで一時的に大祭の実施が困難になっても再会しやすかろう。


 それを考えると詳細な記録を残して閲覧をできるようにすることの意味は大きい。


「そのせいで国に帰ってからケチをつけられる場合もあるんだよな」


 ランサーがそう言いながら頭の痛い話だとばかりに頭を振った。


「国王とか宰相あたりにお小言をもらう訳か」


「そういうこった。

 情けない挨拶で国の権威を失墜させるつもりかってな」


 直に言われることもある訳だ。

 しかも帰って落ち着いた頃に記録の複製が届くのだろうし。


 王族といえど楽はできないってことだな。


「楽ができないのはよく分かったよ」


「そりゃ、どうも」



 □ □ □ □ □ □ □ □ □ □



「始めっ!」


 主審のコールにより試合が始まった。

 それまで焦らされたのは何だったのかと誰かを問い詰めたくなるくらいあっさりとね。


 派手服オヤジもとうの昔に姿を消している。

 どうやらオッサンもあの服に思うところがあったようだ。


 それでも着なきゃならなかったとは、さぞや葛藤があったのだろう。

 客寄せのためと説明を受けて強要されていたのかもしれない。

 実際がどうなのかは知らないが。


 まあ、それはどうでもいい。

 ようやく始まった試合の方に集中しよう。


「「……………………………………………………」」


 立ち上がりは静かなものだ。

 カエデもウルメも自然体で身じろぎひとつしない。


 こういうお見合い状態は観客を苛つかせるものだが。

 観客席でヤジを飛ばすものは誰1人としていない。


「「「「「……………」」」」」


 それどころか静まり返ってさえいた。

 両者の間にある張り詰めた空気が伝播したかのようだ。

 結界の内側はそうでもないけどな。


「これは意外な展開だね」


 トモさんが首を傾げている。


「速攻はないにしても踏み込むと思っていたんだけどな」


「ウルメさん、何かあったんでしょうか?」


 フェルトがそんな心配を口にする。


「特にそういう風には見受けられないけど」


 トモさんはウルメが問題を抱えているようには見えないようだ。


「単に踏み込めないだけでは?」


「隙が見当たらないせいで踏ん切りがつかないとかありそうよね」


 ABコンビがそんな風に推測している。


「何も問題がないからこそ迷いが生じたかな」


 そんな風に予測したのはルーリアだ。


「どうだろうか」


 レオーネが疑問を呈する。


「そういう気配の揺らぎは無さそうだが」


「ふむ、言われてみればそうだな」


「それじゃあ威圧されて動けないとか?」


 リオンが姉を見ながら問いかけた。


「分からないわね」


 レオーネは頭を振る。


「2人の実力差を考えれば、そう見えなくもないのだけど……」


「むしろ逆のように見えなくもないようなってところかしら」


 エリスが姉妹の会話に入ってきた。


「そうだな。

 何かチグハグというか、そんな感じだ」


「エリスさんは、どう見ますか?」


 リオンの問いにエリスは肩をすくめた。


「お姉さんと同じよ」


 レオーネの方を見ながら苦笑いを浮かべる。


「それ以上のことは、ちょっと想像がつかないわね」


 レオーネのことを気遣ってという訳でもなさそうだ。

 本当に想像がつかないのだろう。


「そうですか。

 これはもう本人たちにしか分からない駆け引きがあるのかもしれませんね」


 そんな話をそばで聞かされていたツバイクはオロオロしっぱなしだ。


 気が気じゃないのは分からなくもない。

 見た目ではウルメがどういう状態なのかサッパリ分からないからな。

 どうしてもミズホ組の会話が気になってしまう訳だ。


 まあ、5国連合の面々も気になっているようではある。

 舞台上で対峙する2人をオペラグラスで見やりつつも耳がピクピク動いている。

 未だに動きが見られないせいだとは思うが。


読んでくれてありがとう。

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