1588 決勝戦の朝
ウルメは治癒を受け入れた。
周りが見えていなかっただけなので納得すれば意地を張ったりはしない。
それなりにショックを受けていたけどな。
「危うく覆面の人を貶めるところだった……」
膝と両手をついて絶望感あふれる表情でこんなことを言うくらいだ。
メンタルがボロボロのまま試合することになるんじゃないかと危惧したほどである。
治癒で体を治しても意味ないじゃん、なんてツッコミを入れたくなったさ。
追い打ちになりかねないから言わなかったけど。
そんな心配をよそに翌朝には立ち直っていた。
打たれ弱いんだか強いんだか分からない男である。
「それじゃあ治癒するぞ」
「よろしくお願いします」
結局、試合当日になってから治癒魔法を使うことになった。
ウルメが納得しても体の方が受け付けなかったからな。
再生レベルの魔法までは使わないと決めていたので待たざるを得なかったのだ。
でないと神官たちに根掘り葉掘り聞かれる恐れもあるからな。
ウルメにもどういう状態でどうすれば良いのかは説明したし。
再生の治癒魔法に関連する部分については省略したけど。
なんにせよ、朝まで待ったのは神官たちが本当にギリギリまで治療した結果だ。
皮肉としか言い様がない。
本当は真夜中の間に魔法を使える状態にはなっていたんだけどね。
まさか、夜中にウルメを叩き起こして治療する訳にもいかないだろう。
睡眠不足で集中力を欠くことになっても嫌だし。
え? 眠らせたままでも治癒魔法は使えるって?
使えるけど、やりたくないね。
夜中にコッソリ忍び込んで治癒魔法を使うところを想像してほしい。
不気味だろ。
ストーカーじゃないんだからさ。
想像しただけでも寒気がするよ。
そんな訳で起き抜けに治癒して皆で朝食を取った。
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身支度を調えて宿屋の外に出た。
昼までにはまだかなり余裕のある時間帯だ。
が、今日は武王大祭の決勝戦である。
早めの会場入りを果たしたい。
その前に軽く屋台巡りもしておきたいしな。
あまりに早い時間帯なのでカエデやウルメも途中まで同行することとなった。
ウルメも万全の状態である。
朝食を大盛りで3回もおかわりしたほどだ。
まあ、前日の夕飯で控える必要があったからな。
というより体調不良では、もりもり食べる元気などなかったさ。
今朝はその反動が出たってことだろう。
さすがに普段からあの量は食べないらしく、ツバイクたちも唖然としていた。
身内を呆れさせるほどだから調子に乗っているのかと警戒したよ。
食べ過ぎで試合時間に遅刻しましたとかアホすぎるもんな。
もしくは体の切れが悪くて試合に影響したりなんてことも考えられた。
そんな訳で、密かに消化魔法であるディジェストをスタンバイしていたのは内緒だ。
結局、使う機会はなかったけれど。
特に苦しそうな様子を見せることもなくウルメが食事を終えたのでね。
「もしかして普段はもう少し食べるのか?」
念のため、コソッとツバイクに聞いてみた。
「いえっ、あそこまでは……」
どうにかという感じで答えたツバイクは困惑気味である。
「俺たちが提供していた量で不足していたってことはないんだな」
「もちろんです」
コクコクと頷くツバイク。
「ただ……」
「ただ?」
「宴の時などは、こんな感じになります」
「……それは判断の難しいところだな」
普段は節制して我慢している可能性が出てきた。
その場合、今朝の食事量がウルメの標準ということになりかねない。
「ええ」
ツバイクが頷きつつも渋い表情を見せた。
「あれは我慢強い男ですから」
「だよな」
短い付き合いだが、特訓にも立ち会ったしな。
よく分かる話である。
だが、それで思い出した。
特訓中でも食事の量はさほど増えていなかったことを。
いくらウルメでも体力を使う特訓でヘロヘロになっているのに食事を我慢するだろうか。
もしもそうだとするなら、どれだけストイックなんだよということになる。
別に空腹を我慢して腹を鳴らしまくったなんてことはなかったし。
単純に腹が減っていたのとは違うような気がする。
食べようと思えば際限なく食べられるが、普段は普通の量で事足りるというところか。
まるでフードファイターである。
なんにせよ、本人も──
「試合前に食べ過ぎるのは良くないですよね」
などと言っていたので、セーブはちゃんとできているはずだ。
食いだめしておいて昼抜きで試合に挑むということも考えられる。
主催側の用意する食事が微妙であるのはカエデから聞いているしな。
そういうことにしておこう。
誰しも妙な癖のひとつやふたつはあるものだ。
俺も妄想癖があるし。
ツバイクは紙フェチだし。
うん、それでいい。
決して理解不能だから逃げた訳ではない。
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試合会場近くで5国連合の面々と合流する。
「やあやあ、絶好の決勝日和だね」
サリーが上機嫌で挨拶してきた。
俺が挨拶を返す前に──
「曇ってるぞ」
ランサーがツッコミを入れた。
「それに肌寒い」
とか言う割に薄着である。
そのことについては誰もツッコミを入れない。
指摘すれば槍を振るうのに厚着では云々と反論するのが目に見えているからだ。
単なるコスプレなのにな。
一応はそれらしく槍が使えるようだけど。
街中で使う機会などあるはずがないのだ。
そのあたりを説明しても納得しないのは容易に想像がつく。
故に誰も何も言わないのだ。
「無粋なことを言うな」
ただ、発言そのものについてはタワーがたしなめた。
「雨さえ降っていなければ良いのだ」
「それ、フォローになっていませんよ」
スタンが呆れたと言わんばかりのジト目でタワーを見やる。
「む、そうか?」
いまひとつピンと来ない様子のタワーが首を傾げた。
「それは、すまぬ」
言いながらタワーは空手家が挨拶するような頭の下げ方をした。
仁王立ちで謝られてもなぁとは思うのだが。
「いやいや、気にしちゃいないよ」
軽く笑い飛ばすサリーである。
「ランサーがああ言ってくるだろうと思っていたからね」
「ぐっ」
掌の上で遊ばれていたってことか。
そんなやり取りをしていると……
「誰か走ってくるぞ」
「んー?」
ランサーが真っ先に振り返る。
が、往来を行き交う人々が見えるだけだ。
「何処にいるんだよ。
いねえじゃねえか」
「確かにな」
タワーも往来の向こうを見やるような仕草で確認するが走る人影は見当たらない。
「すみませんが私にも見つけられません」
スタンも同様だった。
サリーは何も言わずに肩をすくめている。
ただ、その目は説明を求めていた。
本当に来るのかというより、どうして分かったのかと問いたげに見えるのは気のせいか。
「大丈夫ニャ。
ちゃんと来てるニャ」
何が大丈夫なのかよく分からないが、ミーニャが太鼓判を押してくれた。
「来てます来てますなの」
ルーシーもだけど、台詞はどこかのハンドパワーなオジさんっぽい。
たぶん動画を見たんだとは思うが。
「もうすぐ見えるよ」
そしてシェリーが予告する。
「「ドタドタしてるから分かりやすいよねー」」
ハッピーとチーが顔を見合わせるようにして頷き合っていた。
種明かしをしているが、5国連合の面々は呆気にとられてしまっている。
その目は「なに言ってんだコイツら」と訴えていた。
だが、子供組はお構いなしである。
「「「「「来たよ~」」」」」
その言葉を受けて再び振り返るサリーたち。
ちょうど人をかき分けるようにして姿を現した者がいた。
まだ距離があるのだが……
ドドドドドドッ
地響きさせているのかと錯覚させるような迫力満点の激走を見せるオッサンがいた。
一直線で俺たちの方へ向かって来る。
まるで俺たちを目標にしているかのようだ。
最初からそうだった訳ではないだろう。
俺たちの背後には試合会場の出入り口があるからな。
少し距離があるから会場入りする人たちの邪魔にはなっていないが目立っている。
お陰でオッサンの方でも俺たちを視認したようだ。
それで目標を変更されたとなると、騒動の予感しかしないんですが?
読んでくれてありがとう。
 




