1585 カエデ、責任を感じる
結局、その後も宿屋に帰り着くまで覆面男の話題が中心であった。
あーだこーだと意見が交わされる。
そんな中で1人落ち着かない様子の者がいた。
カエデである。
「あの……」
おずおずと声を掛けてきた。
試合の時の凜とした佇まいからは想像できないほどオドオドした雰囲気が漂っている。
「ん? 何かな?」
「こんなに悠長なことをしていて良いのでしょうか?」
「そんな風に見えるのか?」
俺としては何気なく聞いたつもりだったのだが……
「えっ、そのっ」
カエデはアタフタしてしまい、返事どころではない様子だ。
「別に怒ってはないから落ち着こうぜ」
「は、はひ」
ここにもいましたよ、ぼっち病の患者。
しかも、現時点で罹患中である。
武術家としてのスイッチが入っていない時はポンコツな部分がありそうだ。
「ウルメのことが気になるようだな」
「はい」
ウルメの名前を出すと急にシャキッとするカエデ。
武術家スイッチが入ったようだ。
ギャップが微笑ましくて笑えてくるのだが、どうにか我慢する。
この程度では【千両役者】スキルの世話にはならない。
多少のボロは出るかもしれんがね。
あんまり頼ってると冷徹キャラに見えかねないし。
そこはスキルを上手く使って柔らかく見せるようにすればいいんだろうけど。
頼りすぎると自分という存在がどんどん埋没してしまう気がするのだ。
そんな訳で自重している。
何も考えずに使ってしまう時もあるからダブスタとか言われそうだけど。
そこは臨機応変ということにしておいてほしい今日この頃。
四字熟語を使うと言い訳もシャープな感じがするが、実際は豆腐メンタルなだけだ。
あっちにフラフラこっちにフラフラしてしまうのである。
途端にダメさ加減が増してしまったな。
このまま思考に埋没すると鬱ってしまいそうだ。
引き際であろう。
長々と考え込んでしまったがカエデとの会話には直接は影響しない。
【多重思考】スキルで会話も並行して進めているのでな。
だからといって調子に乗っていると碌なことにならない。
会話中に別の思考によって急に落ち込んだりすることになりかねないからだ。
思い出し笑いをするより酷いことになりそうである。
「気にするな」
「えっ」
「試合の上でのことだ」
「ですがっ」
「直接、手を下したのはカエデではないだろう」
対戦したのは覆面男なのだ。
カエデが技を使った訳ではない。
覆面男が勝手に技をコピーしただけである。
「それでも責任はあると思います」
何を言い始めるのやら。
「そんなこと言い始めたら、なんでも自分の責任ということになってしまうぞ」
「うっ」
俺の言葉を受けてたじろぐカエデ。
それでも納得する様子は見られない。
「技を使われたのは自分が使ったからと考えたのか?」
「はい」
コクリと頷くカエデ。
「そりゃあ違うな」
「え?」
「覆面男が1枚上手だっただけだ。
あれだけの高度な技を見ただけでコピーできる奴はそうそういやしない」
西方にはな。
同行しているミズホ組なら完全な状態でのコピーもできてしまうからね。
まあ、コピーする以前の問題なんだけど。
見る前から使える状態だったから。
カエデには悪いが本人が思っているほど難易度の高い技じゃない。
覆面男にとってはコピーできるかどうかギリギリのところだったようだけど。
「いや、1枚は言い過ぎか。
完璧に使いこなせるだけの経験が奴にはなかった訳だし」
とはいえ今回の件で修正してしまうだろう。
「あの男の責任だと仰りたい訳ですか?」
「その通り」
俺は言い切った。
ここで曖昧な返事をするとカエデは自分の責任であると思い込みかねないからな。
「高度であろうがなかろうが技は技だ。
見せてしまえば成否にかかわらず真似をされる」
「それです」
カエデが強い口調で言ってきた。
「私の浮ついた心が、技を使ってしまいました」
苦々しい表情になるカエデ。
「真似をされる恐れがあるということを忘れたまま安易に……」
「もしくは完全に再現するなど不可能だと思って、か?」
ビクリとカエデが震えた。
「あれくらいなら見る前からできたぞ」
「え?」
一瞬、呆気にとられるカエデ。
「ああ……」
すぐに何かに気付いた顔になったが。
「同じ開祖の流派を継いでいる人がいましたね」
「いや、そういうことじゃなくて単に難しくないってだけだ」
「っ!?」
息をのむように愕然とするカエデ。
「武王大祭が終わったら子供組と模擬戦をしてみるといい」
「え……」
困惑の色を見せるカエデ。
「ミーニャたちのことニャー」
「そうなの」
「そうだよ」
「「よろしくねー」」
幼女たちがカエデの前に来てニパッと笑う。
カエデはというと、頬を引きつらせている。
「見た目だけで相手の実力を推し量ると痛い目を見るぞ」
カエデはギョッとした表情で俺の方を見てくる。
どうやら魔法使いとして認識していたようだ。
「魔法だけじゃなくて武術の腕前も一級品だ」
見開いていたはずの目を更に見開くカエデ。
まさかという思いを拭いきれないのだろう。
「そんな具合では明日の決勝では腑抜けた様をさらすことになるぞ」
「っ!」
カエデがビクリと身を震わせた。
そのまま、しばし黙考してしまう。
が、俺の方からは声を掛けない。
自分なりに考えをまとめようというなら待つだけだ。
「………………………………………」
待っていると、不意にカエデの雰囲気が変わった。
徐々にという感じではない。
それこそ室内灯のスイッチを入れたかのような切り替わりようだ。
己の状態を見つめ直して何かに気付いたというところか。
そこからさほど待つこともなく──
「私もまだまだ修行が足りません」
と言ってきた。
「そうでもないんじゃないか。
普通は、そんな短時間で己の固定化した考えを改められるものじゃないぞ」
「いいえ」
カエデは頭を振った。
「賢者様が気付かせてくれたからこその結果です」
こういうところに柔軟性があればな。
きっと自分で修正できたんじゃないかと思う。
が、指摘はしない。
きっと落ち込むだろうし。
明日まで続くと決勝戦に影響しかねない。
さすがにそこまではとも思ったが、絶対の保証がないのも事実。
リスクがあるなら無用な真似はすべきではないだろう。
君子は危うきに近寄らずとも言うしな。
「それはいいのです」
神妙な面持ちでカエデが言った。
「ウルメ殿が不調なのですよね」
それは確認するまでもないことである。
にもかかわらず、あえて言ってきた。
何かあると思わざるを得ない。
「仕方あるまい。
あれを食らって出血までしてるからな」
そこまで言って俺は違和感を感じた。
『出血だって?』
思わず声に出しそうになったが、どうにか堪えた。
これこそ【千両役者】スキルの助けを借りて何でもない風を装う。
同時に【多重思考】スキルで思考を加速させつつ、カエデとの会話と並列処理させる。
違和感の正体はすぐに分かった。
覆面男が技を使った部位だ。
正面から技を使っていた時は心臓に近い位置であった。
それにより少ないダメージで体にブレーキをかけさせていたのだ。
まともに心臓を狙わないのがミソである。
ひとつ加減を間違うと相手を死なせてしまいかねないからな。
本来はそういう目的の技のはずだけど。
まあ、峰打ちのような手加減に近い感覚か。
あれだって打ち所が悪いと死なせてしまいかねないからな。
カエデはそのつもりで最適な位置を見極めて使ったはず。
覆面男はコピーしただけだが、寸分違わず使っている時は問題なかった。
が、先程の試合ではどうだったか。
明らかに位置が違った。
心臓は確実に外している。
あれでは意図的に強く打つと言っているようなものだ。
どうして気付かなかったのか。
お祭り騒ぎにあてられて見過ごしてしまったとしか言えない。
何とも情けない話である。
それはともかく強く打つ理由はただひとつ。
出血させるためだ。
もちろん、そんなことをすれば反則負けになる。
普通はそんな真似をするはずがない。
しかしながら覆面男はその思い込みを利用するように実行した。
誰にも疑われず負けるためにね。
そうなると八百長を想像するところだが、それはないはずだ。
八百長防止のため試合前に宣言させられて魔法を用いた審理を受けるそうだからな。
完全に盲点を突かれてしまったよ。
読んでくれてありがとう。




