1582 覆面談義?
「それまでっ」
ウルメが膝をついた時点で主審が試合を止めた。
例の体内にダメージを与える技だと気付いて素早く判断したものと思われる。
それは間違っていないだろう。
無理をさせてしまうとダメージが積み増すことになるからな。
武王大祭を主催する側として神殿関係者としてそれは看過できない訳だ。
どのみちウルメはまともに動ける状態ではなくなっている。
白熱した試合展開など望むべくもない。
覆面男がウルメを場外に落とすまで待つのは観客を白けさせるだけだ。
ウルメがギブアップするのを待つのも同様である。
いずれの場合も蛇足であり無粋というものでもあろう。
「負けてしまいましたか」
ツバイクが残念そうに呟いた。
まだ審判団は協議にすら入っていないのだが。
とはいえ、そう思ってしまうのは無理からぬこと。
ウルメはまともに動ける状態ではないのだ。
舞台の床に膝をつき両手もついてしまっている。
誰の目にもどうにか体を支えているようにしか見えない。
心なしか覆面男から緊張感が感じ取れた。
いや、焦りか。
「背中側から使うのは初めてだから加減をミスったとでも言いたげじゃな」
シヅカが呆れたように嘆息しながら言った。
「そうなのですか?」
カーラが問う。
気付いていなかったようだ。
「覆面の者を見たであろ?」
「はい」
「どう思うたのじゃ?」
「些か緊張しているなと。
たぶん結果を待つ間の周囲の空気に影響されたのだと思っていました」
「ふむ、確かにそういう見方もできるじゃろうな」
一応の理解を示すシヅカ。
「じゃが、今もそう思うか?」
その上で問い直してくる。
「いいえ」
カーラは頭を振った。
「自分の考えに少し疑問を持っていましたので。
言われてみて腑に落ちました。
覆面男はそういう雰囲気に飲まれるタイプではなかったはずですし」
「うむ、そうじゃな」
苦笑しながら頷くシヅカ。
「思い返してみれば、この試合中にも動揺から立ち直るのに時間を要していました」
「左様じゃ」
シヅカがからからと笑う。
「あれはあの立ち居振る舞いからは想像できぬほどに繊細じゃぞ。
覆面をしておるのは試合で相対する者に表情からそれを悟られぬためじゃろうて」
「えーっ!?」
レイナが驚きの声を上げた。
シヅカの推理がよほど予想外だったのだろう。
その後はポカンと口を開けたまま絶句してしまっている。
「しょうなのぉ?」
トモさんが引き継ぐように疑問を口にした。
まあ、トモさん自身は驚いてはいないんだけど。
物真似がしたくてウズウズしていたのだろう。
「このタイミングで、わざわざ荻久保さんの物真似をするの?」
ミズキにもツッコミを入れられていたし。
マイカはミズキが先にツッコミを入れたせいかジト目でトモさんを見ているだけだ。
そしてトモさんは視線をそらすんだけどな。
ただし、キョドる芝居つきで。
芸の細かさを追及しているのかサービス精神が旺盛なのか。
両方な気もするけどね。
なんにせよシヅカにはスルーされてしまうんだけど。
「そう考えれば、しっくりくるであろう?」
「そうかなぁ?」
首を傾げるレイナ。
疑問を口にしちゃいるが、きっと何かを考えた末のことではないだろう。
想像がつかないから説明してねってことだ。
丸投げする気、満々である。
「アンタなぁ……」
呆れた様子で深く溜め息をつくアニス。
思わずツッコミを入れてしまったという感じか。
こういうことは、ちゃんと考えないと気が済まない質だからな。
「なによぉ」
レイナが頬を膨らませながら唇を尖らせる。
「アニスは分かるって言うの?」
「想像くらいはできるで」
「ぐっ」
即答されたのを受けてタジタジになるレイナ。
「面白そうじゃな。
答え合わせという訳でもないが、聞かせてもらおうではないか」
ニヤリとシヅカが笑った。
「ええけど、シヅカはんと同じかは分からんで」
「構わぬ。
異なる意見も歓迎するぞ」
「さいですか」
アニスは不敵な笑みを浮かべたままのシヅカと違って乗り気ではないようだ。
まあ、レイナにツッコミを入れたのも条件反射に近いものがあるからな。
内心では面倒なことになったと頭を抱えているのかもしれない。
場合によってはレイナから何を言われるか分からんし。
そんなアニスの都合などお構いなしにシヅカは話を続ける。
「違うなら妾の視野が狭かったということじゃ。
そのことに気付けるのは得以外の何物でもなかろう?」
少なくとも損にはならない。
「そらそうやけど」
「同じならば、妾の推理もより信憑性が増すしの」
「そういうことでっか」
言いながらアニスは頭を手でかきつつ嘆息した。
どちらかというと、それがメインの目的なんだろうとアニスも悟ったようだ。
よほど自信があるらしいとも。
仮に互いの推理が異なっていたとしてもレイナのようにクレームはつけてこないだろう。
そういう計算を働かせたらしい。
半ば諦めの表情を見せつつ話す気になったようだ。
「まず、あの覆面が繊細かどうかやけどレイナはそこも違うと思うんかいな」
「あんまりそんな感じに見えないわね」
レイナの返答に「やっぱりか」と言いたげな顔をするアニス。
「なによ、文句ある?」
「大いにあるで。
レイナ、忘れてるやろ」
「何をよ?」
「ハルトはんが覆面は神経質なやっちゃて言うてたやん」
「あ……」
一瞬だがレイナが固まっていた。
忘れていたのは明白である。
「しゃーないなぁ」
呆れた様子で嘆息するアニス。
「それで、どうやねん?」
あえて深くは追及せずに本題に戻った。
「ま、まあ、否定はしない、わよ?」
レイナは精一杯の虚勢を張っているのが見え見えな感じで返事をしている。
下手に指摘を続けられるよりスルーされる方が応えるらしい。
毎度のように通じる手でもないとは思うが今回は有効だったようだ。
「ほな、覆面は繊細やいう前提で話は進めさせてもらうで」
アニスとしてはさっさと話を終わらせたいと思っている様子。
それが功を奏することもある。
「え、ええ、いいわよ」
レイナがガクガクとぎこちなく頷いた。
そう簡単には動揺した状態から抜け出せないらしい。
「残る問題は覆面をする理由やな。
シヅカはんは相手に繊細さを表情から読み取られんようにするて言うとった」
これに疑問を差し挟んだのがレイナである。
ただ、先にクリアになっている問題があるので残りは半分だ。
「うちはこれも同意見や。
少なくとも単なるええカッコしいとは違うと思うで」
「根拠は?」
言葉少なに問うレイナ。
まだまだ動揺した状態から抜け出せないのが見て取れる。
「繊細な男が常にポーカーフェイスを貫けるて思うんか?」
「難しい……かな」
首を捻りながらも否定しないレイナ。
「せやったら、あの男が覆面被ったんも納得いくやろ」
「うーん」
レイナは唸る。
納得しきれないようだ。
「別に表情が読まれてもフェイントに使えるでしょ」
「確かにそれはできるやろな」
アニスは否定しなかった。
「せやけど、フェイントできるくらい芝居が上手い必要があるで」
すぐに引っ繰り返したがな。
「でも、そういう可能性が残るでしょ」
「あんまり残らんな」
アニスは肩をすくめた。
特に向きになっている様子はない。
自然にそう思っているようだ。
「どうしてよ?」
レイナは不服そうに頬を膨らませた。
「何度も言うけど、ハルトはんもシヅカはんも覆面が繊細なやっちゃて言うてるやん」
アニスはここが肝だとばかりに強調して言った。
「ぐっ」
先程、認めたばかりのレイナはタジタジになる。
「うちもそう思う。
繊細で神経質な男が自分の意志でコロコロ表情を変えられると思うんか?」
役者であれば違ってくるだろうがな。
「うぐっ」
返事に詰まるレイナ。
「むしろ逆やろう。
考えてることが顔に出てしまうんやと思うで」
「……………」
レイナは無言である。
「いくら強ぉても顔に出るんは致命的や。
相手に考えてることが読まれかねんからな」
駆け引きが必要な場面では特に致命的であろう。
「ほな、実力だけで勝負するにはどうすればええ?」
アニスは問うが返事はない。
答えはもう出てるでしょとレイナは睨み返すだけだ。
不服げであるのは敗北したのを自覚したせいだろう。
「ポーカーフェイスもできん。
役者みたいに表情を変えることもできん。
それやったら隠してしまえばええと考えへんか?」
「……………」
やはり返事はない。
「つまり、そういうこっちゃ」
読んでくれてありがとう。




