1580 意見が食い違うこともある
先に落ち着いたのはウルメの方だった。
「どうやらウルメにも運が残っているようだな」
「どうでしょうか?」
マリアが疑問を呈してくる。
覆面男も遅れはしたが、さほど変わらぬタイミングで雰囲気を変えていたからな。
「ほぼ同時ならラッキーな方だぞ。
覆面男が先なら確実に腕を取られて終わってた」
「それは……」
何かを言いかけてマリアが小さく頭を振った。
「そうですね」
そして肯定し頷いた。
最初は既にウルメは万策尽きたも同然の状態だと言いたかったのかもしれない。
が、覆面男のサイドにも想定外が発生したからな。
成し遂げたのはウルメである。
事実として目撃した以上それを否定することはできない。
故に断定してしまうのは良くないと思ったのだろう。
「まだ運があるとは言えそうです」
マリアが自身の考えをそんな風に結論づけた。
「諦めなければ奇跡は起こるものよね」
穏やかな笑みを浮かべながら言ったのはエリスだった。
「それは少し言い過ぎではないですか?」
怪訝な表情を浮かべてマリアが問う。
「あら、そう?」
「あれを奇跡などと言ってしまっては戦っている本人に失礼でしょう」
マリアの言葉を受けてエリスが一瞬だがキョトンとした顔になった。
が、それも束の間。
すぐにフフッとフンワリした笑みを浮かべる。
「なんです?」
マリアの顔が怪訝さを増していた。
「誰も対戦相手を動揺させたフェイントが奇跡だなんて言ってないわよ」
「なっ」
「ある意味、奇跡的ではあると思うけどね」
それは仕方あるまい。
実力差は明白だからな。
それを一度は相手の想定を超えてみせたのだ。
奇跡ではなくても奇跡的と評しておかしなものではない。
あるいは小さな奇跡と言った方が観客受けはするのだろうか。
「──っ」
マリアが声には出さずに呻いて渋い表情になる。
エリスの言葉を否定できないのは認めざるを得ないというところか。
「それに奇跡が一度きりなんて言ってないわよ」
「え?」
「諦めなければ何度でも起こせるかもしれないじゃない」
楽しげにエリスが笑う。
逆にマリアは眉間に皺を寄せていた。
「奇跡は投げ売りされている商品とは違うのですよ」
そう言って反論する。
「いいじゃない、別に」
笑みを崩さないエリス。
「奇跡が連続するのもまた奇跡でしょ」
「……………」
何も言い返せずに嘆息するマリア。
どうにも言葉が見つからないようだ。
言いたいことは多々あれど、という心境なのだろう。
ああ言えばこう返ってくるのが目に見えているからな。
付き合いの長いマリアならば、このあたりが引き際だと感じているはずだ。
ただ、心がそれを許してくれるかは別の話である。
有り体に言ってしまえば「ぐぬぬ」な状態になっている訳だな。
さぞや悔しかろう。
「ほらっ、2人が動き出すわよ」
エリスが舞台の方を向くようにマリアを促す。
実に爽やかな笑顔でね。
マリアの気持ちが如何なる状態かは想像がついているだろうに。
「はあっ……」
大きく嘆息したマリアはその誘導に逆らうことなく従った。
どうやら変に罪悪感を抱かれるよりは諦めもつきやすかったみたい。
なんにせよ、舌戦が加速しなくて良かったよ。
リオンなんてハラハラして見守っていたからな。
他の面子も大丈夫なのかと言いたげにしていたし。
例外もいたけどな。
見慣れているであろうクリスとか。
顔に「こんくらいは普通やん」と書いているかのような感じのアニスとか。
同じく冷めた目をしていたレイナとか。
なんにせよ、今は再び動き始めた試合に注目だ。
ウルメの方が先に復帰した。
が、先手を取ったのは覆面男であった。
「おっと、もう仕留めにかかるのかな」
トモさんがちょっと意表を突かれたとばかりに声を上げた。
「そうではないようですよ」
フェルトが応じる。
その言葉通り、覆面男は攻撃を仕掛けた訳ではなかった。
「「「「「おおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」」」」」
観客席が一気に沸き上がる。
覆面男が3人に増えたからだ。
正しくは、残像現象を利用してそう見えるようになったと言うべきだろう。
「今度は素早い兄ちゃんの真似かいな」
アニスがツッコミを入れるようなノリで言った。
「真似って言うよりアレンジじゃない?」
レイナが疑問形で指摘する。
「こっちの方がより高度な状態だし」
「簡単な技はどうにでも料理できるっちゅうアピールかいな」
嫌みなやっちゃなぁと顔をしかめるアニス。
「さあ、それは本人に聞いてみないと分からないわね」
レイナは冷めた感じでそれを流していた。
「奴の心境はどうであれ、ウルメに対する返礼だな」
リーシャが真剣な面持ちで言った。
勝負所になると踏んだようだ。
「観客へのアピールとも言えますよー」
ダニエラがアッケラカンとした調子でリーシャにツッコミを入れる。
「その両方」
ノエルがボソリと呟いた。
「欲張りなやっちゃな」
苦笑いしながらアニスがそんな感想を漏らした。
「アンタほどじゃないわよ」
すかさずレイナのツッコミが入る。
「なんやて!?」
一瞬でヒートアップするアニス。
売り言葉に買い言葉な状況だ。
これでレイナが応じれば売買成立でいつもの口喧嘩が始まるだろう。
だが、受けて立つ前に──
「やめないか」
リーシャが止めに入った。
「試合はここから正念場を迎えるんだぞ。
つまらんことで試合観戦の邪魔をしてくれるなよ」
「「へーい」」
さすがと言うべきか。
冒険者パーティである月狼の友においてリーダーだった威厳は健在なようだ。
「せやけど、あれで何がしたいんやろ?」
切り替えたアニスが首を傾げる。
「観客へのアピールでしょ」
レイナは当然のことじゃないと言いたげな顔をしている。
「それは分かってるっちゅうねん。
うちが言いたいのは、あれをするだけやったらプレッシャーにはならへんってことや」
「あー、そういうこと」
なるほどと納得するレイナ。
「攻撃する気配がまるでないみたいね」
「せや、左右に動いとるだけやで」
厳密に言うとウルメを中心にして弧を描く感じでスライド移動しているんだが。
「そんなのウルメには通用しないわよ。
迂闊に手を出すほど馬鹿じゃない限りは」
「せやんなぁ……
そのうちスタミナ切れして動きが鈍るやろから、それ待っても遅ないで」
それは見立てが甘いと言わざるを得ない。
「そうでもないみたいだ」
そう言ったのはルーリアであった。
ノエルがその発言に頷いている。
それを見た2人が怪訝な表情で顔を見合わせた。
「何か見落としてるみたいやで」
「何かしらね」
アニスとレイナは軽口を叩いていた先程までとは異なる真剣な目を舞台の方へと向けた。
覆面男の動きに注目しているようだ。
それでは見落とすんだよな。
まあ、いずれ気付くとは思うが。
そのタイミングが遅れることになるのは、ほぼ確定的だ。
せっかく客席から見ているのに狭い視野で見ようとするなんて勿体ない。
「こら、アカンわ」
アニスがすぐに匙を投げた。
「ちょっと、諦めるの早過ぎよ」
苦言を呈するレイナ。
「諦める訳やあらへんがな」
「じゃあ、何なのよ?」
「視点を変えなアカンて言うてるんや」
アニスが不機嫌そうに嘆息した。
見落としに気付けないのが、もどかしいのだろう。
「視点ねえ……」
レイナが唸りながら舞台の方を見直す。
「ん?」
「どないしたんや?」
「ウルメがちょっと退いてない?」
怪訝さを露わにした顔で疑問を口にするレイナ。
「えっ?」
アニスも同じような表情で舞台の方を凝視する。
「ホンマや……
気付かんかったわ」
「これって覆面野郎がプレッシャーをかけてるってことよね」
「もしかしてジワジワ前に出てるんか」
「正解だ」
2人のやり取りを黙って見ていたルーリアがここで会話に入ってきた。
「観客が気付かぬほどの遅さで前に出ている」
さすがにウルメは気付いていない訳がない。
圧に負けてビビっているならその限りではないが、そういうこともなさそうだ。
が、その表情は険しい。
舞台の際の近くで下がらされているという自覚があるからこそだな。
読んでくれてありがとう。




